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第10話 YouTuber向きのあの子

「スープも飲めばいいんですか? 分かりました」


 少女は俺と大将の言い争いを気にも留めずに鍋を持ち上げると、ごくごくとスープを飲み始めた。スープは浴槽の栓を外したように少女の口のなかへと吸い込まれていく。俺と大将は圧巻の光景を前に口を開けたまま固まった。


「ふう、これでいいんですよね? ご馳走様でした! 美味しかったです!」


 少女は空になった鍋をテーブルに置くと、もう一度両手を合わせ、屈託のない笑みを浮かべた。その可憐な笑顔に俺と大将は毒気を抜かれて顔を赤らめた。こんなに魅力的な女の子が聳え立つ活火山のような爆盛ラーメンをぺろりと平らげたなんて信じられない。


 いち早く平静を取り戻した俺は大将をじろりと睨み付けた。


「ストップウォッチ、動いたままだぞ」


 俺の声に反応した大将はストップウォッチを停止させ「25分37秒……」と呟いた。


 俺は惜しみない拍手を送った。少女は俺をちらりと見てから「ありがとうございます」と照れ臭そうに言った。


 素晴らしい挑戦だった。見届けることができたのは僥倖だ。昨日の引退配信から心ここにあらずだったが、励みになった。


 この数分で一気に老け込んだ大将は、立ち眩みを起こしたように足をもつらせ、カウンターに寄り掛かった。業突く張りのエロジジイの完全敗北に気分爽快ざまあみろな展開かと思いきや、大将は付き物が落ちたような清々しい表情を浮かべた。


「完敗だ。約束通り1万円はお嬢ちゃんのものだ。それだけじゃねえ、この店もお嬢ちゃんにくれてやる。俺の家も貯金も全部だ」


 おい爺さん正気を失ってるぞ。そんなに負けたのがショックだったのか。


「そこまではさすがに……」


 少女は困ったように笑んだ。いきなりそんなこと言われたらそりゃそうなるよな。


 大将は最後に「今日はもう店仕舞いだ」と付け足し、食器を下げ始めた。後で1万円を受け取った少女は「また来ますね」と言ったが、大将は「今度来る頃にはもっとすごいラーメンを用意しておくぜ」と宣言した。立ち直りが早い。これは俺も見習うべきかもしれない。


 少女は栄えある完食者第一号として大将と写真を撮ることになった。大将は俺にカメラを手渡すと「ローアングルで撮ってくれ」と指示をしてきた。大将のスケベぶりに俺は呆れながらも、お代もタダになったということで、通常のアングルでカメラを構えた。その後で笑顔でピースサインをしている少女と、腕を組みながら少女の胸を横目で凝視している大将のツーショット写真を撮った。こんなスケベ丸出しな写真を店に飾るとか恥ずかしくないのか。


「今日はありがとうございました」


「そりゃこっちの台詞だ。まだまだ若いモンも捨てたもんじゃねえってところを見させてもらった。また来いよ」


「もちろんです」


 少女は大将と固い握手を交わしてから、日の光が差す暖簾の向こうへと消えて行った。


 嵐が過ぎ去ったように店は静かになった。


 大将に「早く出て行け」と催促された俺は店を後にした。


「強烈な印象だけを残していったな」


 遠目に少女が歩いている後ろ姿が見えた。俺は来た道を引き返した。


「YouTuber向きだったな、あの子」


 とんでもない量のラーメンをスイーツのようにぺろりと平らげた金髪碧眼の美少女。あの顔を忘れることは決してないだろう。


 俺にも何かしらの長所があればYouTuberとして成功していたかもしれない。


 そんな悔しいような悲しいような思いを抱いていると、スマホが鳴った。


『お疲れ様です。ご飯はちゃんと食べましたか?』


 ママー・テレサからのメッセージだった。


『今ラーメンを食べ終えたところだぞ』


 手早く返信をすると、1分もしない内に返事が来た。


『奇遇ですね! 私もたった今ラーメンを食べてました。とっても美味しいお店でした』


「休日にラーメンか。社会人らしいっちゃらしいな」


 俺は独り言ちてから『油物は控えたほうがいいんじゃないか?』と返した。


『大丈夫です。ラーメンは週三で食べて胃に馴染んでますから』


「週三でラーメンとかマジかよ」


 これはもうぽっちゃり体型間違いなしだ。年を取ると消化力が落ち、脂肪が付きやすくなるのが一般的だ。単身赴任中の俺の親父もそうだ。若い頃は痩せていたが、今は狸の置物のような体形をしている。梓に「太ってるパパは嫌」と言われてから毎朝ジョギングをするようになったらしいが、全然効果が出なくて困ってる、と一人で晩酌しながらおふくろとビデオ通話で話しているところを見たことがある。先ず酒を止めろって話だ。


『その内一緒にお食事できるといいですね』


「……オフ会とかそういうのはやりたくないんだよな」


 中学時代にのめり込んでいたソシャゲのオフ会での出来事だ。女子だと思っていたギルド仲間が、実は可愛い女の子ムーブをしていたおじさんだと当日に知り、ショックを受けてオフ会の会場から脱兎の如く逃げ出したことがある。


 あの頃の俺は今より純粋でアホだった。勝手に期待を膨らませて相手は現実でも可愛い女の子だと思い込んでいたのだ。あの行動は自分も相手も傷付ける行為だった。


 もうあんな失敗は繰り返したくない。俺は『機会が合ったらいいかもな』と濁した。


 俺はいい具合に膨らんだ腹を摩った。腹ごしらえは済ませた。この後は町を散策するつもりだったが、お腹が膨れて歩くのが面倒になってきた。並盛でも結構な量だった。爆盛を平らげた少女は正真正銘の化物と言える。


 俺は商店街にある老舗のスーパーで買い物をしてからタクシーを捕まえて家に帰った。

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