表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

17~18話

       17


 翌日、シルバは夜間警護だったが、敵の地球からの飛来はなかった。早朝に寮に戻り、リィファに軽く挨拶を交わして、睡眠を取った。

 起床は午後一時に近かった。起きるなりシルバは着替えを始める。

「ずっと一人にしといて悪かったな。俺が寝てる間、何をしてた?」

 カポエィラ用の上着を腕に通しながらシルバは話題を提供した。できるだけ優しく聞こえるように、気をつけたつもりだった。

 リィファは小さく、どこか寂しげな笑みを浮かべた。

「ジュリアさんが貸してくれた本を読んでました。わたしなりに楽しく過ごしてましたので、大丈夫ですよ。気にしないでください」

(知らない場所で目覚めて、年上の男と同居。燥ぎ屋のジュリアでもない限り、すぐには慣れねえよな。ゆっくりやってくか)

 おどおどした小声を耳にしながら、シルバは決意を再確認をしていた。

 ほとんど会話のない昼食の後、二人は昨日の丘に向かった。昼の丘は日の光に満ちており、遠くの山々は美しく、雄大な自然を感じさせる。

 準備運動が終了した。シルバは立位でジュリアと向き合い、両目をじっと見据える。

「八卦掌の要は、敵の死角を突く足捌き。門外漢なりの分析だが、どう思う?」

 平静に尋ねると、リィファは後ろ手を組んだ。背筋は伸び切っており、シルバを見返す視線には熱が込められていた。

「八卦掌の歩法には、爪先を内に向ける扣歩(こうほ)と外に向ける擺歩(はいほ)があって、相手の背面への移動に使われます。どっちもとっても重要ですので、先生の言う通りだと思います」

 訊いてもいない内容を、リィファは必死げにはきはきと説明した。

(やる気は『買い』だな)と、シルバはひそかに納得する。

「ありがとう。そこで、だ。正確に速く歩くには、安定した身体の制御が大事になってくる。だから初めに鍛えていく。俺の真似をして、手を広げて片足立ちになれ」

 すっと言葉を切り、シルバは右足一本で立った。伸ばした両手は、肩の高さに持っていっていた。

「はい! 先生」

 びしっとした即答の後に、リィファも同じ体勢になった。ふらつかずに綺麗な姿勢を保っている。

「両目を閉じて、立ち続けろ。できるだけ長くな」

 シルバが端的に命じると、リィファは閉眼した。上半身がぐらつくが、地面上の右足を細かく動かしてなんとか片足立ちを保っている。きゅっと引き結んだ口からは、本気がひしひしと伝わってきた。

(真面目で素直、か。もう二、三個は上の、妙にかっこつけたがる年頃じゃこうはいかないよな。ジュリアにリィファ。つくづく俺の周りには、見習うべき年下がいる)

 以後もシルバは、バランス訓練を課していった。リィファは終始、真剣に行っていた。


       18


 鍛錬は、午後四時に終わった。二人はその足で役所に向かい、武闘会への参加手続きをした。

 シルバの予想通り、やる気の全然なさげな職員はリィファの事情を尋ねず、通り一遍の説明をするだけだった。入校の時期に関しては、武闘会後になるという話だった。

 役所を辞した二人は、帰途に就いた。一度、通って道がわかったのか、リィファはシルバの右斜め前を行っていた。右足、左足、左足、右足の順で擺歩、扣歩を繰り返し、半円状にくるくると身体を回しながら。

 リィファが左を向いた時、シルバは顔を眺めた。幼い印象だが集中で澄んだ表情をしていた。

(常に訓練を意識、か。良いじゃねえか。すぐ試したがる辺りは子供っぽいが、純粋なのは長所だな)

 リィファの動きを注視しつつ、シルバは思索をしていた。

 五秒ほど歩いていると、びりっとリィファの足下から小さく音がした。リィファは、「あっ」と口を開いてしゃがんだ。

「すみません、シルバ先生。わたし、靴を壊しちゃいました。ジュリアさんが、せっかく貸してくれたのに。どうしましょう」

 申し訳なさそうに告白したリィファは、悲しげにシルバを見上げてくる。

(初めて名前を呼ばれたな。ちょっとは信頼されてんのか?)

 シルバは、リィファの靴に視線を落とした。小さな茶色の革靴は、内側の先の部分が僅かに破れていた。

「死にそうな顔をすんな。ジュリアはアバウトだから、直して返せば許してくれる。……いや、違うな。『ごめんね、すぐ破れちゃう靴なんか貸しちゃって。怪我はなかった?』っつって、逆にお節介を焼かれると見た。変なところで気を揉むからな」

 シルバが冷静に予想を告げると、リィファは納得するかのように小さく微笑んだ。

「シルバ先生とジュリアさんって、本当に仲良しですよね。こないだ出掛けた時もジュリアさんは、ずうっと先生の話をしてましたし。なんか羨ましいです。深い絆を感じて」

 優しげなリィファの指摘に、シルバは意表を突かれた思いだった。

「六年以上の付き合いだからな。仲が良いかは知らんが、ジュリアについちゃあ色々理解してるつもりだよ」

 苦し紛れに返事をする。だが、リィファは訳知り顔でシルバを暖かく見詰め続けている。

「靴屋に持ってって修理してもらおう。ちょうど職人街は、帰り道にあるから」むず痒い思いを抱きながら、シルバはリィファを追い越した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ