11~12話
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銀服は、シルバたちをじっと見詰めている様子だった。生気を感じさせない棒立ちは、いつも以上に不気味だった。
「センセー! あたしも手伝うよ! 危ないやつはみんなで囲んで、ぱぱーっとやっつけちゃおう!」
危機感を匂わせるジュリアの声が、耳に飛び込んできた。
「問題はねえよ! 落下の衝撃が危険ってだけで、こいつらとんでもなく弱い! 十二のお子様の手助けは要らねえ! 突っ立って見学してろ!」
シルバは早口で切り捨てたが、本音ではない。すでに家族を失っているトウゴたちは、少しでも危ない目には遭わせたくなかった。
「……わかった、見とくよ。でも死なないで。一生のお願い」
(死なねえよ。死ぬわけがないだろ)心の中で即答したシルバは、ジンガに移行する体勢になった。
次の瞬間、直立不動だった銀服が動きを見せた。
腰を僅かに落とした半身で、右前の左足はまっすぐで、右足は膝を曲げている。頭の高さには左手を、臍の高さには右手を据えており、球を掴むかのように両掌を窪ませていた。
(いつもの芝居染みた構えじゃあない? 色の派手さといい……)
今までの連中とは違うってのか? シルバが惑っていると、銀服はそのままの両手でするすると接近してきた。足は爪先から付けており、上下の重心移動が少なかった。氷上を歩くような未知の歩法に、シルバの混乱は加速する。
銀服が右手の甲を打ちつけてきた。シルバは上げた左手で防いだ。
すると銀服は、上腕を接触させた右手を反時計回りに回した。シルバの左手を乗り越えて、腕を制しながら滑っていく。そのまま腹部へと掌底が叩き付けられる。
衝撃。銀服はすかさず左足の踵で脛の低いところを狙う。痛みを覚えたシルバは、大きく後ろに跳び退った。
先ほどと同じ奇妙な足取りで、銀服が追ってきた。シルバはベンサォン(押し倒す前蹴り)を繰り出す。だが焦りでいつもの切れはない。
銀服は左足を引いた。シルバの蹴りを僅かに外して、内から外へと左手を動かす。
右踵を掴まれたシルバはよろけた。銀服は踏み込んで、右の手刀で頭を狙う。
シルバは左手で受けた。
だが銀服は、小指側を前にした右足をシルバの左足の後ろに遣った。シルバの反応を予測していたかのような滑らかな挙動だった。
銀服の右手がシルバの左手を滑っていった。腹を押されて右足を引っ掛けられたシルバは、左側から転倒。
が、すぐに立ち上がり、間合いの外へと退いていく。
「シルバ君!」
切羽詰まって、トウゴが叫んだ。
「大丈夫です! 動作は妙にぬるぬるしてて掴みづらいけど、見た目通りパワーは全くない! もう落ち着いたから、一人でやらせてくれ! ここは俺の戦場だ! 俺が片をつける!」
銀服から目を離さないまま、シルバは大声で答えた。
初めと同じ姿勢を取る銀服を見据えて、精神集中。注意深く、ジンガで近づいていく。
銀服の攻撃が及ばないところで、シルバは前進を止めた。右足を引いて一回転。左から右に伸ばした右足で大きく弧を描く。
銀服は斜め後方に避けた。
(読めてんだよ!)
シルバは、位置を微調整してもう一度右回り。ぎりぎりまで左足を残して捻りの力を溜め、一気に開放する。
二度目のアルマーダが銀服の側頭部に決まった。銀服は地面に倒れ込み、仰向けになって動きを止めた。
(どうにか勝てたか。だが余裕綽々とはお世辞にも言えねえよな。……もっと強くならねえと、誰も守れやしねえぞ)
苦々しい思いを抱きつつ、シルバは銀服を注視し続けていた。
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「さすがは、あたしの師匠! 連続アルマーダ、もー、かんっぺきに決まったね! こりゃあ、ばっちし、戦闘不能でしょ!」
敵が倒れて緊張が解けたのか、ジュリアの声にもう曇りはなかった。
するとしだいに、銀服の銀の衣装が薄らいでいく。ほどなく衣装は完全に消滅した。
姿を現したのは、少女だった。
少女は幼く、ジュリアと同年代と見えた。艶やかな髪は漆のような黒色で、前は額が出ており、後ろは首の中ほどまでの長さだった。
小さくて細顎の顔は、雪のように白い。整った目や鼻も小振りで、少女の繊細で儚げな印象に一役を買っていた。
服装は、光沢のある青を基調とした半袖長ズボンである。腰には帯が巻かれており、そのままでは開く胸元を白い紐で括って留めていた。美しくはあるが、武道着としても通りそうな感じだった。
「中身、女の子だったの? あたしてっきりむさくるしいおじさんだと……」
驚きで声を弾ませたジュリアは、ぱたぱたと近づいていった。離れた位置からそーっと首を伸ばし、少女の身体全体を見渡す。
「一回、うちに連れてこうよ。悪者っぽいけど、なんか苦しそうだしさ。センセーの破壊キックを食らったこの子を、外には放っとけないよ」
シルバに心配げな顔を向けるジュリアは、控えめな調子で提案してきた。
「話を聞く必要もあるしそうするか。この時間だと役所も閉まってるしな。ただしジュリアは離れてるんだ。俺とシルバ君でやる」
厳粛に告げたトウゴが歩き出し、二人は少女を担ぎ上げた。