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9~10話

       9


 シルバとトウゴは、ジュリアを追って中に入った。

 調理器具を確保した三人は、家の裏の草地に移り、ゆっくりと腰を下ろした。

 水を張った三脚付きの鉄鍋の下に、トウゴはたくさん炭を置いた。火打石と鉄片を何度かぶつけて火花を熾し、炭の近くの杉の葉に点火をする。

 炭に火が移ってしばらくすると、鍋の水が沸き立ってきた。

 トウゴは、木の大皿上に載せておいたベーコンとキャベツを、手で豪快に鍋に入れていった。傍ら、真剣な顔でしゃがむジュリアは、木の棒で炭を動かした。火の強さの調整だった。

(親子の絆ってやつか。俺が、永久に手に入れられないもの。ガキどもを教え導き、ジュリアには己の情熱を注ぎこむ。今の生活に不満があるわけじゃあないが、やっぱり正直、羨ましい、よな)

 親子二人の息の合いように、シルバの胸に感慨が訪れた。だが気持ちを切替えて、二つの大皿を脇に避けた。

 五分ほど経つと、液体がうっすら色づいてきた。膝立ちのトウゴは小皿の塩を一抓み入れて、レードルでスープを掬った。

 ジュリアはすばやく前屈みになった。顔をレードルに近づけ、ふーっとスープを吹いて冷ます。

「ありがと、ジュリア」

 トウゴはレードルに口を付け、味見をした。

「素晴らしい夜に相応しい、完璧な味わいだな。二人とももう食えるぞ。母さん直伝、俺が芸術の域にまで高めたスペシャル・スープを、心行くまで堪能せよ」

 レードルから顔を上げたトウゴは、芝居がかった口調で勧めてきた。

「ありがとうございます。では、遠慮なく」と、シルバは、真顔のトウゴを直視して丁重に返した。


       10


 全員にスープが渡った。声を揃えた「いただきます」の後に、鍋を囲んだ夕食が始まる。

 頭上の満天の星は宇宙の果てしなさを感じさせる。風はさやさやと吹き、夜の神秘性を幾許か深めていた。

「フットボールか。近頃の修身の授業は、鍛錬以外にもいろいろするんだな。ああいや、文句を付けてるんじゃあないぞ。良いじゃないか、フットボール。楽しいし、友達と一緒に頑張れる」

 背中をやや丸めた胡坐のトウゴは、確信に満ちた口振りだった。気易い表情で、細長い楕円状のパンをスープにどっぷりと浸し、大きく齧り付く。

 スープをこくりと飲み込んで、ジュリアはトウゴに物言いたげな視線を遣った。

「お父さん、聞いて聞いて。あたし今日なんか、新技をハツメー(発明)したんだよ。首はこう、ぐっと右にやっといて」

 ジュリアはさっと、顔を九十度、右に向けた。

「そんで左にばしっと蹴るの。みんな『おおっ! その手があったか! さっすがジュリアちゃんだぜ! すごい、すさまじいっ! だーれも付いちゃあいけないぜ』って感じでね。もう、あたし注目、独り占め。」

 真剣な顔のジュリアは、説得するようにすらすらと話した。背筋は張っているトウゴと同じ胡坐姿だ。大好きな父親の真似をしているみたいで、シルバには少し可笑しく感じられた。

「確かにジュリアは、授業は精力的に取り組んでますよ。毎日一度はやらかす空回りが、玉に瑕ではあるけど」

 器を傾ける手を止めたシルバは、半ば茶化しで静かに指摘をした。

 即座にジュリアは、「むむっ!」とでも言い出しそうに顔を顰める。

「センセー! あたし空回りなんて、十二年の長ーい人生の中で一回たりともしてないです! それに、カポエィリスタに空『回り』なんてメーヨキソン(名誉棄損)です! センセーはセンセーなんだから、そのへんはきっちりしなきゃあダメだとあたしは思うのです!」

 両手を強く握るジュリアは、「です」をやたらと強調して喚いた。

「そうかそうか、それは結構。空『回り』うんぬんのよくわからない言い分もまあ流してやる。けど、誰だったけな。授業の最初に空気を読まず、空回りの象徴みたいなアウー・セン・マォンを見せつけてくれた人は」

 シルバの冷静な指摘に、ジュリアは「うっ」という表情を浮かべた。

「いや、違うよセンセー。あれは。あたしじゃあないよ。生まれたときに生き別れたあたしの双子『ジュリエ』が瞬間的に入れ替わって……」

 ごにょごにょとジュリアはよくわからないことを呟いている。

「で、でもさでもさ。フットボールって楽しいよね。なんで、修身の授業の中でしかやらないんだろ? 専用の授業、作ったらいいのに」

「格闘技なら自衛の手段にもなるし、一石二鳥だからな。フットボールはあくまでスポーツだ。あんまりたくさんは、時間を掛けられない」

「なるほど。わかりやすくてためになる説明、ありがと。なんてゆーか、みんな色々考えてるんだねー。さすがは大人だ!」

 シルバが平静に答えると、ジュリアは納得のいった風に感慨を口にした。

 僅かな間を置いて、穏やかに微笑んだトウゴが口を開く。

「今朝の授業についちゃあ、俺は何も言えない。詳しい状況を知らないからな。ただジュリア。毎日、後悔をしないように、ぜーんぶの事に取り組んでくれ。空回りなんか気にせずにな。人間なんていつ死ぬかなんてわからんからさ」

 トウゴは、いつにない静穏な口振りだった。

 唐突な重い台詞に、シルバはやるせない気分になる。

 母親の件が浮かんだのか、ジュリアはふっと思い詰めたような面持ちになった。やがて「うん」と、こくんと頷く。

 その瞬間、ジュリアの上方で何かがきらりと光った。しばらく注視したシルバは、すばやく立ち上がった。あまりにも見覚えのあるシチュエーションだった。

「ジュリア、トウゴさん! 離れててくれ! 人型の奴が、このあたりに落ちてくる! 俺がずっと、夜間警護で相手にしてる連中だ!」

 シルバはただちに、ぴしりと叫んだ。ジュリアとトウゴは起立し、敷地の端までダッシュで向かった。

 空気を切る音は、どんどん強くなっていった。シルバが注意を促してから十秒も経たないうちに、トウゴたちとは逆の端に落下。ドゴウッ! 国中に響き渡りそうな、轟音を生じさせた。

 シルバは、飛来した物に目を凝らし始めた。土煙はしだいに収まっていき、姿が徐々に明らかになる。

 服装は銀色ずくめで、いつもの侵略者より二回り小さかった。初めは俯せだったが、すぐに手を突きむくりと立ち上がる。


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