33~34話
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シルバとテンガの激闘の一方で、リィファは、白髪のフランと対峙していた。死の宣告からややあって、フランはおもむろに身構えた。軽く握った右手は腰に、開いた左手は真っ直ぐ、肩の高さに据えている。
フランの引き裂くような笑顔に、リィファは強い圧力を感じていた。
(大丈夫。わたしは勝つ。必ず勝てる)と自己暗示のように繰り返しつつ、飛び込むタイミングを計り続ける。
ふぅっと、リィファは長い吐息をした。が、終わる間際、フランの身体がぶれた。
ぱんっという音が自分の顔からした途端、頬がびりびりし始めた。フランの、電光石火の攻撃の結果だった。リィファは堪らず、後ろに仰け反る。
(一足飛びからの、掌底での攻撃。意識の死角を突いてくる上に、あの超スピード。……反応が間に合わない!)
混乱しながらも、リィファは姿勢を制御した。だが、視野のどこにもフランの姿はない。
「見えなかったかしらね。形意拳。八卦掌の次に会得したの。歩法は進歩と跟歩の組み合わせ。単純に見えるけど、その実、とてつもなく深遠な体系なのよ」
歌うような声が背後からして、リィファは振り返った。
余裕の佇まいのフランは、少し遠くに立っていた。縦にずらして重ねた両腕を、斜め上に置いている。
リィファが僅かに動くと同時に、フランも前に出た。上半身を先行させ、鞭のように手の甲を撓らせてくる。
刺突を横に掻い潜り、フランはリィファの額を打った。額を鋭く打たれて、リィファはくらりとくる。
「三つ目、通背拳。力感はなくても火力は抜群」
どこまでも愉快げに、フランは呟いた。
(そんな。八卦掌だけでも手一杯なのに、二つも積まれちゃあ対応が……」
「四つ目。鷹爪翻子拳」
フランがゆらりと始動して、遮二無二リィファは構えた。今度はどうにか動きが追えた。右の張り手で、フランの顔面を迎え撃つ。
左手で受けたフランは、すぐさま手首を抓んできた。フランが爪を立てる。五指がリィファの、肌にめりめりと食い込んでいく。
(ああっ!)常識外れの痛みに、リィファの思考が飛んだ。握った右手を引き込んで、フランは蹴りを放った。
ガスッ! 鳩尾にまともに入った。痛みに加えて、強い吐き気がリィファを襲う。
二ヶ所の激痛に朦朧としていると、フランはさらに引いてきた。同時に足を払われ、見事に投げられる。
背面の全体に疼痛を得つつ、リィファは自ら転がって逃れた。よろよろと立ち上がって顔を上げると、フランが凄惨な笑みで見返していた。
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リィファが戦闘態勢を取ると、フランは通背拳の構えになった。先ほどと同じく両掌が眼前に縦に並んだポーズだが、より低姿勢だった。
不気味さを押して、リィファはフランに向かっていった。大袈裟な左の正拳で注意を惹いて、視野の外で左足を動かす。脛蹴りを本命に据えたフェイント技である。
見切った風にすうっと、フランは摺足で一歩退いた。リィファの攻撃は、どちらも不発に終わる。
滑るような動きで、フランはリィファに寄せ返した。
出たままの左手は、右で外へと払われる。慌ててリィファは右手を振り抜く。だが当然のように掴まれた。
フランはぐっと、左足を進めてきた。同時に右腕が押されて、リィファは半身の体勢にさせられる。
たちまち手刀が放たれて、左上腕の内側に刺激が走った。顔を顰める暇もなく、リィファは同じ手で頬を張られた。そのままぱんぱんと、凄まじい速度の往復ビンタが飛ぶ。
両頬に鋭い衝撃が何度も加えられる。頬の痺れは凄まじく、リィファは左、右とおもちゃのように顔を振らされる。
(くっ! このままじゃ……)
朦朧とする意識を奮い立たせ、リィファは七発目で顔を引いた。鼻の先端の擦れ擦れを、フランの指先が通過していく。
逃れたリィファは、掌を上にした右手を肩の上方に遣った。びゅんっと鋭く加速して、フランの首を狙う。
フランは、緩く握った両手を素早く下に動かした。リィファの手刀を難なく撃ち落とす。
一瞬の後に、フランの身体が沈み始めた。頭が腿の位置まで来るや否や、伸ばした左足でぐりっと右足を踏んできた。鈍い痛みに、リィファは足を引く。
迷いのない所作で、フランは身体を跳ね上げた。股間、顎と、右足と右拳による淀みのない連撃がリィファを襲う。
「鷹爪翻子拳を、痛覚で優位を奪うだけの体系だと考えないでね。貴女に降り掛かる現実は、そんなに優しいものではあり得ないのよ。神星との縁を断とうとする罪はそれほどまでに重いの」
どこまでも甘美な呟きが、上を向くリィファの耳に届いた。リィファは目だけを下に遣り、フランの次なる攻めの把握に努める。
フランは機敏なモーションで、両の手を耳の横に置いた。軽く浮かしていた右足を、速く大きく前に移す。
振り下ろされた左右の拳が、リィファに襲い掛かった。命中の瞬間、フランの手首に捻りが加わる。
特大の衝撃が、脇腹に来た。またしても吸気の間の攻撃だった。
リィファは無抵抗に倒れていき、後頭部を強打した。閉じかけの視界の中心では、フランが悠然と笑んでいる。
(……立たなきゃ。立ってあいつを止めなきゃ)
気力を振り絞るリィファだったが、意志とは無関係に手足はひくつくのみだった。もはや全身、傷まない箇所はなかった。




