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月の庭の格闘家《ピエロ》  作者: 雪銀かいと@「演/媛もたけなわ!」電子コミックサイトで商業連載中
第二章 異変

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27~28話

       27


 シルバの眼前でウォルコットは急停止。右膝を胸まで引き上げたかと思うと、びゅん、と足を伸ばしてきた。

 シルバは一歩引いて避け、ウォルコットの全身を見据える。

(シンプルなアプチャプシギ(前蹴り)だが、そこは伝説の武闘家。予備動作が極小で隙がねえ。残り二人のために体力を温存しておきたかったが、全力で飛ばさざるを得んな)

 同じく蹴りを主体とする格闘技として、シルバは学生時代、テコンドーも一通り学んでいた。ゆえに、ある程度はウォルコットの動きが解析できた。

 ふうっと息を吐き、シルバはジンガで接近する。

 斜め前に突いた左手で身体を支え、ふわりと跳躍。折り曲げた状態から、一気に膝を伸ばした。

 右足が勢いよくウォルコットに迫る。しかしウォルコットは、左手ですっと払った。すぐさま身体を後方に倒すと、びしりと蹴り返してくる。

 攻撃時とは真逆の動きで着地し、シルバは回避した。躱される予測は立てており、ウォルコットの動きは想定の範囲内だった。

 だがウォルコットは、けんけんの要領で前進。一度膝を曲げてから、さらに高速な蹴撃をしてきた。

 驚愕を得るや否や、シルバの顎に足の裏がぶち当たった。ごっと頭のどこかで音がして、シルバは後ろに倒れた。

 どうにか両手を突いて、ブリッジをした。そのまま後ろに回転して足を回す。

 あわよくばのカウンターは、空を切った。

 後方に逃れたシルバは、すばやく立ち上がった。ウォルコットは構え状態で、無機質な視線をシルバに向けている。

(スライド・ステップからの、連続ヨプチャチルギ(横蹴り)。骨の髄まで洗練され尽くした動作だ。……まだ足りねえ。もう一個、俺は俺を上のステージに上げる必要がある!)

 闘志を高めたシルバは、先ほどより躍動的なジンガを開始した。


       28


 シルバに迫られたウォルコットは、足をやや進めた。間髪を入れずに、左でパンチを撃ってくる。

 すとんと身体を落として、シルバは避けた。両手を右後ろの地面に着けて、伸ばした左足を前百八十度に振り回す。踝を狙った足払い、アルヴァンカである。

 食らったウォルコットは、僅かに下半身をぐらつかせた。腰を軽く上げたシルバは、後ろ向きのまま左足を曲げた。溜めた力を開放して、ウォルコットを蹴り上げる。

 攻撃は脇腹に当たるが、ウォルコットは堪えた。シルバは離脱しようとするが、ウォルコットはぐるんと、細長い楕円状に右足を高々と上げた。

(ネリョチャギ! もらうわけには……!)

 片足ジャンプで、シルバはどうにか身体をずらした。踵落としが尻を掠めて、全身に衝撃が加わる。

 耐え切ったシルバは、縦の円を描いて直立に戻った。振り向きながら大きくジャンプ。右の踵を、フル・パワーでぶん回す。学生時代に修得した、付け焼刃のティミョパンデトルリョチャギ(跳び後ろ回し蹴り)だった。

 ドゴッ! ヒットの瞬間、側頭部から鈍い音がして、ウォルコットはがくんと左に落ちていった。

 即座にシルバは前方宙返り。両足で腹を踏み付けると、ウォルコットは、がはっと苦しげに呻いた。

 バランスを崩すが後転で退避し、シルバは起き上がった。地に伏すウォルコットを注視していると、だんだんとウォルコットの姿が消えていく。

 視線を上に移したシルバは、予期していた現象に気を引き締め直した。天井からはするすると、体格の良い男が下ってきていた。


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