21~22話
21
「ラスターか、何の用だ? 昨日の件の恨み言なら、全くの筋違いだろ。訳の分からん理屈で濡れ衣を着せられそうになったら、誰でも抵抗するっての。それか、また『あの方』とやらの指示で、リィファを捕まえに来たのか?」
不審を抱きつつも、シルバは落ち着いて問うた。すぐにラスターはいつもの嬲るような笑みになる。
「いやいや、もうあの方は関係がねえよ。今の俺は、民主主義の体現者。か弱いか弱い民衆の、正義の守り手ってわけだ」
余裕たっぷりの抑揚とともに、ラスターは嘯いた。群衆が生むピリピリした空気が一層強くなる。
「昨日の襲撃事件は、空前絶後の大惨事だったよなぁ。反則的な強さの連中の襲撃で、国民の六割は怪我をした。犠牲者だって少なくねえ。
で、誰もが抱いてる疑問はだな。『連中のお仲間のお前ら二人は、な・ん・で当然のようにこの国にいるんだ?』なんだよなぁ」
気を張り詰めるシルバは、ラスターに遣る眼光を鋭くする。
「おおっと、好戦的だねえ。でも俺らは純然たる平和主義者だ。誰一人として、暴力は振るわねえよ。お前ら二人が出て行ってくれりゃあ、なーんも文句は……」
「ラスターさん」
静穏な男の声が割り込んだ。
昨日、シルバも見ている中、真っ先に黒服にやられた、若い男の自警団員だった。顔には、黒服に向かっていった時と同じ、強い意志が見受けられる。
「誰が敵かは、きちんと見極めないといけませんよ。シルバさんは昨日、最後まで連中と戦ってくれたんでしょ? そんな立派な人は、追い出しては駄目です」
言葉を切った自警団員は、シルバに真摯な顔を向けた。
「目を覚ましてください。横のそいつはただの殺戮機械です。自分の意思で力を制御できない、危険極まりない存在だ。貴方が庇う必要なんて……」
「黙れ」
シルバが怒りを全力で込めて低く呟くと、自警団員はゆるゆると口を閉じた。
「下らない言い合いは、もう良い。いくらやっても結論なんか出やしねえ。だから、一つだけお前らに言っておく。頭にしっかり叩き込んどけ」
一拍を置いたシルバは、小さく息を吸い込んだ。
「俺はリィファの教師だ! 教え子が仮に九割九分悪人でも、そいつに寄り添い、正しい道を歩ませる! ましてや誰かを傷つけちまっても当人に落ち度が存在しないなら、そいつは紛れもなく無罪だ! 味方をしない道理は、どこにも存在しねえんだよ!」
シルバが吠えると、群衆は僅かに気圧された様子だった。
「退いてくれ。頼むから。問題解決の、小さな希望が見えてきたんだ。話したって、お前らは信じねえだろうがな」
投げ遣りに吐き捨てるが、誰からも返事は来ない。シルバはリィファの手を取り、ゆっくりと歩き始めた。
22
それからシルバは、リィファを引っ張って走り続けた。
ラスターたちの直後には、二十人近い学生の集団に遭遇した。学生たちは二人を罵倒し、狂気の様相で石を投げてきた。
シルバは強引に学生の集団を突破した。逃げながら今朝の夢について語ると、リィファは、気絶中にぼんやりとそのようなイメージを得ていた、と呟いた。
飛来した木の爆破については、シルバを助けたいと強く願った結果の現象であり、ジュリアの死は謎めいた直感によって否定の余地ない事実に思われた、と述べた。
「『一縷の望み』が何を意味するかは、わからん。でも、夢じゃあ円形闘技場に何かがあるって感じだった。だから今から向かう。木の爆発の件といい、ジュリアの件といい、お前は間違いなく何か不思議な力を持っている。予言染みた言葉が、完全なでたらめとは思えん」
淡々と話しつつ、シルバはリィファを導いていく。
「気味の悪い連中の襲撃に、リィファの予言。本当に奇怪な出来事ばっかりだ。この国には、巨月には、俺たちの知らない秘密がある。それも、俺たちの予想を遥かに超えた秘密がな」
「……シルバ先生。頭から血が。……ごめんなさい。わたしのせいで、こんな……」
後ろのリィファから、自戒に満ちた声が聞こえてくる。
シルバが後頭部に手を当てると、ぬるりとした感触が得られた。先ほど一際、大きな石がぶつけられた箇所だった。
「問題はねえよ。身体の傷なんてないようなもんだ。ジュリアが俺の手を擦り抜けていった時の痛みに比べりゃあな。俺は二度と、あんな遣り切れない思いはしないって決めたんだ。お前は、守る。守り抜く」
シルバは静かに答えるが、沈んだ様子のリィファからは返事が来なかった。
それ以後も実力行使こそないものの、二人は妨害を受け続けた。その度にシルバが言葉で黙らせ、二人はなんとか円形闘技場の直下まで辿り着いた。人気のない円形闘技場は、いつも以上の威容を誇っている。
「リィファ。お前は、観客席の下の空間に潜んでろ。相手は危険な連中を寄越してくる奴らだ。不用意に踏み込んだ結果、どんな深刻な結果になるかわからねえ。客席の下は暗い上に広いから、万が一誰かが追って来ても、逃げ易いだろ」
片手を繋いだまま、シルバは穏便に隣のリィファを諭した。すると真顔のリィファはまっすぐな瞳で、じっとシルバを見返してきた。
「わたしも行きます。一人より二人のほうが、可能性が、希望があります」
信念を湛えた口調で、リィファは言い切った。眉を顰めたシルバは控えめに返答をする。
「俺はお前に、ジュリアみたいな目に……」
「わたしは!」
初めて耳にしたリィファの怒鳴り声に、シルバは目を見開いた。表情は、怒っているかのように険しい。
「わたしはわたしの大事な人を見捨てて、安全に浸っていたくない。自分の行く末を、人任せにしたくない。ジュリアちゃんだって、そんな風に思ってあいつらに向かっていったんだ。わかってよ、先生」
一転、声音は穏やかになったが、籠められた意志はなお強かった。しばらく見詰め合ってから、シルバはおもむろに口を開く。
「わかった。一緒に行く。ただし、『命を懸けて先生を助ける』なんて考えんじゃねえぞ。絶対に、何があっても、絶対に生きて帰る。忘れないでくれ」
シルバが強く念を押すと、「はい」と、リィファは大きく即答した。向き直ったシルバは、リィファの手を引いて円形闘技場に入っていく。




