7~8話
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球を得た黄組は、進行を開始した。ペースは小走り程度だが、シルバの前方では早くも二人が転倒していた。だが助けはなく、黄組の面々は躱して進み続ける。
目の前のリィファを気に懸けつつ、シルバは足を動かす。リィファは転ぶまいと懸命だった。
道の外の芝生は、規則で侵入禁止である。芝生上に疎らに並ぶ家々の前では、女性や小さな子供たちが楽しげな表情で声援を送っている。
黄組は終始、騒がしく、一直線の大通りを進んだ。足が縺れる者は多かったが、大事故は起きていなかった。
円形闘技場周りの環状道路は広く、二十人は悠々と通行できるほどだった。達した黄組はわっと散開。全力疾走で、他の組の者に向かっていく。
土の道のあちこちで、行進の勝敗に関係がない格闘が生じていた。水を得た魚の顔で、参加者たちは身に付けた技量を存分に発揮する。
進み続けるシルバは、見失っていたリィファを十歩ほど前方に見つけた。どういう経緯か、開始時に投入された黄球を脇に抱えている。
(無事だったか、良かった。そのままゴールで球を置ければ、「良い思い出だった」で終わるんだがな。果たしてそう上手くいくか)
シルバが懸念していると、立ち止まったリィファは振り返った。シルバの頭上に、深刻な視線を遣っている。
訝しんだシルバは、素早く後ろを見た。仰角が四十度ほどの位置に握り拳ほどの大きさの物体を見つけて、注視し始める。
物体はどんどん、大きさを増していっていた。(なっ!)全容を把握したシルバは、驚愕する。
根こそぎ抜かれた樹が、シルバに向かって飛来してきていた。
高さはシルバの倍ほどか。すぐさまごうっと空気を切り裂く音まで届くようになり、シルバの背筋に冷たい物が走った。
(やばい――。避け――)
シルバは左に跳んだ。 身長の三倍ほどの高さにまで到達していた。着地後の前転と同時に、ばんっと乾いた破裂音がする。
起き上がったシルバは、さっと辺りを見渡した。何人かが身体を押さえて蹲っていた。皆、表情は苦しげだった。
近くには樹の破片と思しき物が転がっており、人の頭ほどの大きさの欠片さえあった。
(爆散した木片で、怪我をしたのか? さっきの木は何だ? いったい、何が起こってやがる?)
何気なく真後ろを向くと、リィファが先ほどまでと同じ位置で立っていた。荒い呼吸をしながらも、シルバに安堵の微笑を投げ掛けている。
「はあっ、はあっ。──けほっ。良かった。先生。無事、で」
「……リィファ? 何でそんなに、息を荒げてる? お前が助けてくれ……」
思わず出た言葉が終わらないうちに、リィファはふらりと倒れ込んだ。横向きの眠るような姿勢のまま、目を閉じて微動だにしない。
「よーやく、正体を現しやがったか。全く、手間を取らせてくれんぜ」
呑気な声がしたかと思うと、ラスターと二人の自警団員がリィファに歩み寄った。三角形の配置でリィファを取り囲む。
戦いを止めた参加者たちが、シルバたちに注目し始めた。ややあって、憮然とした面持ちのラスターが口を開く。
「てめえら、耳をかっぽじってよーく聞けや。こいつは城門付近に出没している連中と同じ、地球からの刺客だ。ま、どういうわけか、やけに可愛らしい顔をしちゃあいるがな。さっき見ただろ。こいつがどっかからどでかい木を呼び込んで、俺らの頭上で爆発させた様をよ」
投げ遣りだが厳しい声で、ラスターは叫んだ。しだいに辺りはどよめきに包まれる。
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「ちょっと待て、何を断定してやがんだ」
シルバは、力を籠めた低い声で割り込んだ。
ラスターはおもむろに向き直った。他人を小馬鹿にするように、口角を吊り上げている。
「飛んできた木が破裂して降り注いだ。その後すぐに、リィファが気を失った。それが、起きた現象の全てだろ。いったいどういう論理の流れで、リィファが犯人だって結論になるんだ?」
憤りを滲ませつつ、シルバは端的に指摘をした。黙り込んだ群衆が、シルバに注目し始める。
「隠したつもりでいんのかもしれねえがよ。俺はきっちり知ってんだぜ。『私は完全に無害です』って感じで澄ましてるリィファが、地球から飛んできてすぐに、おめえらを襲ったってよ。そこにきてこの超凶悪事件だ。直後に倒れたリィファ改め危険人物は、どー考えてもクロだろ」
自信満々なラスターの指摘に、シルバは口を引き結んだ。ラスターの主張も一つの見方だが、あまりにも決め付けが過ぎている。
ラスターは一瞬にして、わざとらしく驚いたような顔になった。
「つーか、シルバ君よ。どうして、リィファを庇うわけ? 地球からぶっ飛んできたお仲間への、同情心が湧いちまったってパターンか? 怖いもんだなぁ。爛れに爛れた共同生活って奴はよぉ」
ふざけた口調の台詞に、シルバは首を捻る思いを抱いた。
「低俗な邪推は良い。馬鹿馬鹿しくて答える気も起きねえ。だがその前だ。何を抜かしてやがる? 俺は孤児だが、アストーリ生まれだ。お前も知ってるだろ?」
シルバの詰問に、「あっちゃー、口が滑っちまった。話しちまうか。寛大なあの方なら許してくれんだろ」と、気楽な雰囲気でラスターは独り言ちた。
「シルバ、よーく聞け。おめーはな、この国の奴じゃあねえんだ。赤ん坊の時に、胴色のおべべを着て地球から降って来たんだよ。俺の後ろですやすやおねんねしてるリィファみたいにな」
強烈な視線をシルバに向けるラスターは、嬲るような風だった。
呆然としたシルバは、「……詳しく話せ」と、何とか捻り出した。
「おっ! 食いついてきたねぇ! でもタダじゃあ教えねえよ? 偶然にも舞台は、年に一度の三角行進だ。俺ら三人とのバトルで勝ったら、じっくりじっくり教えてやんよ。愛しの姫君も助けられて、一石二鳥だろ! 気合を見せてみろよ、シルバ!」
貪欲な喜色のラスターが叫ぶと、リィファの後方の二人が、すっと前に出てきた。強く決意を固めたシルバは、ジンガの姿勢を取る。




