3~4話
3
草地のほぼ全面に散らばった生徒たちは、シルバの掛け声に合わせて準備体操をしていった。
この日の授業はフットボールだった。シルバは試合の前に生徒たちに柔軟体操を命じた。生徒たちは、仲の良い者同士で示し合わせて二人組を作っていった。
シルバが立ったままなんとなく生徒を眺めていると、「センセー」と弾んだ声が背後から聞こえた。
シルバはさっと振り向いた。視線の先では、直立するジュリアが愉快げににーっと笑っていた。
ジュリアは、シルバの受け持つカポエィラ・クラブのたった一人の会員である。顔は小さくてやや丸く、まっすぐな黒髪は肩で切り揃えられている。
目は黒く大きく、持ち主の意欲を映していつもキラキラしていた。
身体は細めで背も大きくはなかった。だが、並外れた行動力と飾り気のない可愛らしさでどこにいても注目を集める存在だった。
(ジュリアは将来、美人になんだろな。だから、どうだって話だがよ)と、シルバは冷静に予想を付けていた。
「センセー、あたしと組もうよ。柔軟体操の時は、どーせとってもお暇でしょ? 時間とゆう限りある資源は、ユーイギ(有意義)に使わないといけないんだよ」
シルバは一呼吸を置いて、静かに返事をする。
「というかジュリア。お前はいっつも俺とだよな。良いのかよ? お前と組みたいって奴はいくらでもいるだろうが」
「いーのいーの。友達とは毎日お喋りしてるけど、先生とは、一日二回しか会えないからね! あたしの愛を平等に振り分けるには、ここでセンセーとペアを組むのがベスト・オブ・ベストな選択なんだよ! わかってくれるかな?」
一気に捲し立てたジュリアは、笑顔をシルバに固定したまま両足ジャンプを始めた。
「わかった。そんだけ深い考えがあんならお前と組んでやる。ただしこの授業が終わったら、言葉の勉強をしなおせ。それがお前のベスト・オブ・ベストだ」
シルバはジュリアを見返しながら、やや冷たく突っ込んだ。
慕われて悪い気はまったくしない。だがどうしても「ありがとう」を口には出せなかった。
「うん、ありがと! センセーのお墨付きも得られたし、あたし、今日も今日とて本気を出しちゃうよ!」
ジュリアは元気に即答し、二人は柔軟体操を始めた。
4
二人組での練習の後に、近くの家から借りた二つの木製のゴールが草地の両端に設置された。十八人の生徒を九人の二チームに分けて、シルバは試合を始めさせた。自身は笛を首に掛けて、審判を務めていた。
二十分が経過し、スコアは三対ゼロ。一人の選手の大暴れで、ほとんどワンサイド・ゲームだった。
「こっちこっちー! あたし、ガーラガラのガラ空きー!」
敵コートに位置取るジュリアが、頭上にピンと張った腕をぶんぶんと振り回す。包囲されたボール保持者の女子生徒が「ジュリアちゃん!」と、爪先でキックをした。
勢いのないパスが転がる。機敏な動きで迎えに行ったジュリアは、ボールを収めた。くるりと前を向き、少し前にボールを晒す。
相対する男子生徒が、ひゅっと左足でボールを狙った。見切ったジュリアはにかっと笑い、左足を大きく横に出した。残した右足の内側でボールを引き摺り、左へと持ち込む。男子生徒は完全に置き去りだった。
(ありゃあカポエィラのパッソ(サイド・ステップ)の応用か? よくあれだけとっさに動けんな。十代前半特有の飲み込みの早さってやつかよ)
シルバが感嘆していると、慌てた後続の選手が、ジュリアに詰めた。ジュリアはぐるんと、わざとらしい挙動で首を右に向けた。
少し間を置いて、視線と逆の左斜めにボールを転がす。
後ろから走っていた女子生徒がぎりぎりで追いつき、ぎこちない動きでシュートをした。ボールは無人のゴールにころころと向かい、ネットに収まる。
得点者に抱き着くジュリアを横目に、シルバは長く笛を吹いた。授業終了の合図だった。
(まあ何というか、つくづくジュリアはガキどもの中心人物だよな。……にしても毎日元気だ。そのあたりが人気の理由なんだろうけどよ)
シルバは一人、静かに考えを巡らすのだった。