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月の庭の格闘家《ピエロ》  作者: 雪銀かいと@「演/媛もたけなわ!」電子コミックサイトで商業連載中
第二章 異変

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18/40

1~2話

第二章 異変


       1


 しばらくしてジュリアは目を覚ました。

「ジュリアちゃん、さっき様子が……」覚醒したリィファが、おずおずと先ほどの出来事を説明した。

 聞き終えたジュリアは申し訳なさそうな怯えているような複雑な顔になった。

「あたしが、リィファちゃんを……。ごめんねリィファちゃん。でも記憶が完全に飛んでるんだ。なんか、怖いね」

 ジュリアの寂しげな謝罪の言葉に、リィファは返す言葉もなく黙り込んだ。


       2


 武闘会から、およそ三週間が経過した。ジュリアは第二学年に進級し、リィファも同じ学年で入学していた。また武闘会以降、ジュリアに異変は起こっていなかった。

 入学時、リィファは、地球から来たという自らの経歴を堂々と口にした。しかし、シルバたちへの襲撃は語らなかった。

 リィファに責任は存在しない、飛来以降のリィファには危険性がない、という理由を挙げてシルバたちが止めていた。シルバたちの真摯な助言を、リィファは幸せそうに微笑んで受諾していた。

 リィファの生活について、武闘会終了後には孤児院に行く選択肢も提示された。しかしリィファはシルバとの同居の継続を望み、シルバも受け入れていた。

 シルバはアストーリ校の教師として正式採用になり、一つしかない学級の担任となる。夜勤警護の仕事は、就任と同時に辞めていた。

 アストーリ校での生活の基点である各学級の教室は、円形闘技場の道を挟んだ隣、アストーリ校本校にあった。校舎は白を基調とした石製で、さながら荘厳な小型の城である。

 午後四時半、正面の階段を上り、シルバは本校に入った。仄暗い木の廊下を抜けて、一階の第二学年の教室の扉を開ける。

 ほぼ正方形の教室は、一辺が歩幅で十歩分もないほどの大きさだった。木製の二人掛けの机が所狭しと並んでいて、赤茶の制服を着た生徒たちが席に着いていた。

 一部の机の上には犢皮紙の筆記帳があり、本日の最後の授業、史学に関する書き込みがなされている。

 シルバが教卓に着くと、気付いた生徒たちは雑談を止めてすうっと前を向いた。

「全員いるな。では終礼を始める。明日は祝日、学校は休みだ。知らない者もいるから、説明しておく」

 後ろから二番目の列の右端では、背筋を伸ばしたリィファが真剣そうに耳を傾けていた。シルバはリィファを意識しつつ、淡々と話し続ける。

「四月十二日は、この国が生まれた日だ。ちょうど百五十年前、より強固な共同体を欲する民意に押されて、三人の人物が生活圏の周りに壁を設けると宣言した。――って、そのあたりの経緯は、少し前に学んだよな。俺からもう一度聞く必要はないか」

「はいはい! シルバセンセー! さすらいのニューカマー、リィファちゃんはそのあたり全然知らないよ! みっちりばっちり説明してあげてよ!」

 ジュリアはぴんっと右手を上げて喚いた。シルバを見つめる視線はこの上なくきらきらしている。

(すっかり元気になったな)シルバは内心ほっとする。

「わかった。リィファには後で俺からもう少し詳しく説明しておく」

 シルバは端的に返答した。

「ありがとうジュリアちゃん」

「どういたしましてリィファちゃん! こんぐらいはお安いご用だよ!」

 真摯に礼を告げるリィファに、ジュリアは弾んだ声で返した。

「当日は国の各所に市が立ち、夕方からは三角行進(トライアングルマーチ)がある。参加者をランダムに、建国の功労者の三人を象徴する色の組に分けて、国の三方から中央に向かって行進を開始。各組に一つずつの色付きの球を、他の二組のどちらかのスタート地点に置いた組が勝利となる」

 シルバが告げると、生徒たちはにわかに活気づいた。(年に一度の祭だもんな)と、シルバは納得する。

「蹴る殴るも許されてるから、危険ではあるからな。参加は禁止はしないが、後に引く怪我だけはないようにしろ。以上だ」

 シルバが扉へと歩き始めるや否や、生徒たちは楽しげに談笑を始めた。


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