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月の庭の格闘家《ピエロ》  作者: 雪銀かいと@「演/媛もたけなわ!」電子コミックサイトで商業連載中
第一章 巨月《ラージムーン》のアストーリ

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21~22話

       21


「もう夜だってのに、一人で何をしてるんだ? 親はいないのか?」

 シルバの口から、思わず疑問が飛び出た。すぐに少女へと早歩きで近づいていく。

 三歩分の間を空けて、シルバは立ち止まった。リィファと似た身体つきの少女の観察を始める。

 第一印象は、「おとぎ話から飛び出てきたお姫様」だった。宙の一点を凝視する大きな目は愛らしく、鼻筋の描く曲線は優美である。背中にまで至る金髪は、黄金さながらの輝きだった。

 身に纏う上下一体のローブは、足のぎりぎりまでを覆っている。色は透き通った白で、ところどころに緻密な模様を内包した銀のラインが入っていた。

 少女の作り物めいた美しさに圧倒され、シルバは声を失った。すると隣にリィファが並んだ。

「獣が出るし、危ないよ。綺麗な夜空だし、いつまでも見ていたい気持ちもわかる。だけど、早く帰ったほうが良いよ」

 リィファの穏便な忠告に、少女は滑らかに振り返った。聖女のように純正な笑みを、リィファに固定する。

「リィファ、あなたはわかっているはず。私の眺める星は、神星(ジ・アース)。完全で崇高な、私たちの故郷」

 詩の一節を口にするかのような調子だった。すぐにリィファは、不思議そうな面持ちになる。

「どうしてわたしの名前を知っているの? わたしは、あなたのこと何にも……」

 リィファの台詞は、徐々に勢いを失っていった。やがてはっとした面持ちで固まる。

「そう。私の名前は、フラン。あなたと浅からぬ因縁にある者。今日の邂逅はここが終点。また会いましょう」

 深い声音で囁いたかと思うと、フランは唐突に掻き消えた。混乱するシルバは周囲を見回した。だが、フランの姿はどこにも見当たらなかった。

「何だったんでしょう。わたしとは、昔からの知り合いって風だったけど。わたしの記憶と何か関係があるのかしら」

 リィファは呆然と呟くが、見当も付かないシルバは、無言で立ち尽くすのみだった。


       22


 それからシルバは、夜間警護や修身の授業、カポエィラ・クラブでの指導の合間に、リィファを鍛えていった。リィファの成長は目覚ましく、シルバは舌を巻く思いだった。

 訓練時は集中していたが、リィファは時折、街中で、きょろきょろと周囲を気にしていた。明らかに、フランを探している様子だった。

(前向きに生きていく決心は付いても、自分の過去は取り戻したいか。まあ、ごく自然だよな)

 シルバは納得し、口を挟まなかった。

 武闘会を翌日に控えた十日後の昼前に、シルバとリィファはいつもの丘で、最後の練習に臨んだ。

 リィファは、シルバから十歩分ほどの位置で、軽く足を開いて立っていた。掌は、前方に向けられている。

 しめやかな佇まいのリィファは、ふっと動き始めた。雄大な所作で、両手が身体の横を浮き上がっていく。

 顔を撫でるような動作で下降させ、鳩尾の高さで三角形を作った。

 ふわりと、臍の所で、球を横から包む仕草をした。僅かの後に手を縦に回転させ、しだいに大きくしていく。

(下沈掌)

 シルバは心の中で呟いた。リィファは手の甲を上にして、下方に両腕で楕円を作った。上下運動の少ない歩法で、ひたひたと円の軌道を進む。

(託天掌)

 逆回りに方向転換して、ぎりぎり重ならない両手を臍の位置から上げていく。首の高さで分岐させて、顔の両横で止めた。

(抱月掌)

 逆回り。手がさらに上昇してから、体の真ん中を通って下がる。鼻と水平にぴたりと固定し、再び腕による輪が生まれる。

(託槍掌)

 逆回り。腰の左を、両手が掃くように通過。そのまま引き上げて、頭上、僅かに左を高くして固定した。右は掌、左は手の甲を天に遣っている。

(指天画地掌)

 逆回り。身体の右側を、一度は沈んだ左手が浮上していく。生え際の正面で制止した一瞬後、動いていた右手も右腿のすぐ前で静止した。

(下腋掌)

 逆回り。緩く曲げた右手を前方に置いた。左手は、右肘のすぐ横にある。

(陰陽掌)

 逆回り。胸の真ん前、両腕をばってん状に鋭く上下させた。左を斜め上方、頭頂と平行の位置に留めて、右を腰だめに構える。

(推摩掌)

 逆回り。機敏に右手が突き出される。ひゅっと僅かに手前に引いて、右上、左下の状態で牛舌掌(掌を窪ませた手刀)を据えた。固めた上半身をおもむろに回す。

 両手を解いて、肩の高さをゆっくりと水平に走らせる。前面に至ると小さく屈んで、徐々に両手を降ろしていった。

「……転掌八式。今のわたしの、ベストを尽くしました。どう、ですか」直立のままのリィファは、感じ入った風な声で呟いた。

 シルバには、リィファの成長への驚きと感動が、少なからずあった。だが意図して声色を抑える。油断をさせるわけにはいかなかった。

「十日間、よく頑張った。初日と比べれば雲泥の差だ。ジュリアも伸びてるから優勝は確約できんが、相当いいとこまでは行くだろ」

 シルバの推察を耳にするなり、リィファはぱあっと表情を明るくした。

 微妙に視線を落とすシルバは、リィファへの慈しみと気恥ずかしい思いとを胸中に抱いていた。


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