1話 お引越し準備
「広大な自然だろ? 空気がとても美味しいんだ」
お父さんは、チラシを嬉しそうに私に見せた。
「いや……これどこなの? なんて国? こっちはイタリアっぽい街並みだけど」
お父さんの見せてきた資料は、どうやら引っ越し先の周辺情報や近くの街を書いているようだ。
家も今のこの家より、結構広くなるらしい。
「ていうか、引っ越し何てしなくても、ここで一緒に住めばいいじゃん!」
「……それが出来ないんだ。訳あって父さんはこの場所へとまた戻らなければならない……そして、一度戻るともうここへは来る事ができない……」
お父さんは先ほどの真剣な表情に戻っていた。
「え……」
「だから逆に愛する娘をこちらへ招待できないかなって」
お父さんは私に手を差し伸べながら言った。その姿に何故か私は死神か何かを連想していた。
まぁ実際、死んだと思っている人だし……。
「こちらって……父さんもしかして実は死神で、私を冥府にでも連れて行くつもり?」
私はため息と冗談交じりで質問した。
そんなあきれ顔の私を見て、お父さんは少し考えた後、また柔らかい笑顔で返した。
「あはは。まぁ戻ってこれないって意味ではあながち間違ってないかもね」
私は少し驚きつつも、冷静に現状を伝えた。
「いやいや冗談じゃないって……高校だって始まったばかりなのに引っ越しなんてしたくないよ」
「そっか……みなも、高校生になったんだなぁ」
「てか、何で帰れないのか理由をちゃんと教えてよ」
そもそもお父さんの話は終始何かをはぐらかしているように思える。
お父さんは少しだけ迷った後、話し始めてくれた。
「そうだな。理解できるか分からないが……」
散乱した資料をまとめながら話し始めた。
「みなもは異世界に転生するアニメとか見た事ある?」
「え? あるよ。今それ系が増えてるからね~」
「ざっくりいうと、ここはそれなんだ」
「……は?」
あまりにも突拍子もない話に、私の思考は一瞬停止した。
しかし、構わずお父さんは話し続ける。
「ここは地球からみると異世界。父さんはあの日、撃たれて死んだあとこの世界に転生したんだよ」
「いやまって……リアルでそんな事言われても全然信じられないんだけど……」
「信じるかは自由だけど……みなもが引っ越ししてもいいって言ったらここへ行くんだから、嫌でも信じるしかないよ」
お父さんはまとめた資料を指しながら言った。
私は正直全て信じられないけど、お父さんが目の前にいるのは事実だ。
「実際に死んだ父さんが現れてるし……嘘とは言い切れない……」
「いきなり来て、こんな話をして本当にごめんね」
とにかく、事実云々は置いといて……気になる事を聞いておこう!
「その……異世界なんだよね?」
「そうだね」
「やっぱり、イケメンなエルフとかもやっぱいる訳?」
お父さんは目を閉じて、頭をひねらせた。
「うーん、そうだね……父さんの目から見ると、大半が美男美女だったね。エルフはもちろんドワーフもダンディで格好良かったよ」
「ふーん……」
何それ気になる! が……私はそれを聞いて、あまり興味がない様に見せかけた。
だが、お父さんには気付かれているようで、そのまま畳みかける様に話し始めた。
「特にエルフと人族は、みなもの部屋に大量に貼ってたなんとかプリンス? の男の子たちに似てるなーって思ったよ!」
「ふーん……!」
なにそれ神じゃない……!
(あ、興味ありそうな顔してるな……)
てことは、私にもワンチャン超イケメン彼氏が出来るのかな……!
とにかく、さっきよりかなり興味が湧いてきた!
「物は何を持って行けるの? スマホとかどうなるの?」
「持ち込めるだろうけど、電波はもちろん繋がらないしバッテリーが無くなればただの置物だね。いや、充電は出来るかな……?」
「ちぇ。SNSに上げようと思ったのに」
「いや、それは出来ても絶対にダメだからね……?」
「はいはい分かってますよ!」
お父さんはチラッと時計を見て、少し慌てるそぶりを見せた。
「とにかく急に来てこんな話……すぐには決められないと思う。来週のこの時間もう一度だけ来られると思うから、その時に答えを教えて。もしオッケーならすぐに行くから、準備もしておいてね」
お父さんはカバンを閉じて立ち上がった。
「え……もう帰っちゃうの?」
「ああ、ごめんよ。もう、こちらにあまり滞在できる身体ではないんだ……みなもも、そういった意味でもう戻れなくなる。行けば最後、あちらの世界に適した身体に変化するからね……」
「てかさっきは戻れないって言ったくせにお父さんはまた来られるんだね?」
「そうだね……父さんだけは少しの間だけは戻ったりできる……かな」
「ずるい! 私も出来たら最高なのに!」
「ごめんよ。まぁでも戻れると言っても……多分後2回程でこの程度の滞在時間だよ」
「全く戻れないよりはいいでしょ!」
「あはは、そうだな。じゃぁそろそろ時間だ。また来週来るよ」
「あ、お父さん!」
そういってお父さんは手を振りながら、突然その場で消えた。
その様子を私は呆気にとられながら見ていた。
「目の前で消えられたら、もう信じるしかないじゃん……もしくはやっぱり幽霊か何か……?」
起きてから今この時まで夢だったと言われても違和感はない。
私はまだ寝ていて、今から目覚めるのかもしれない。
それ程に現実味がない出来事だった。
「……資料が残ってる」
私は残された資料をぱらぱらと眺めながら、冷めたフライドポテトを口に運ぶ。
来週の日曜日、考える猶予はたった1週間だ。行けばもう戻れない……。
「友達とかそんな居ないし……イケメンがいっぱいいるなら行ってもいいかな……」
思わずこぼれた独り言だった。
正直、この世界に絶対居たい! って訳では無い。
肉親は居ないし、帰ってきたらずっと一人。
お父さんが家にやってきて改めて思った。帰ってきて誰も居ないのは寂しい……と。
死んだと思っていたお父さんと、もう一度暮らせるなら……。
「決めた! 行っちゃおう! お父さんと一緒に暮らして、親孝行でもしてやろう!」
私は残りのフライドポテトを口に入れ、立ち上がった。
決めてしまえば早いのが私の長所の一つだ!
「……とりあえず、失踪って訳には行かないし……高校には退学とかの話をしないと……」
立つ鳥跡を濁さず……学校や友達、手続きなどを調べてしっかりと行った。
そんな事をしている内に1週間が過ぎた……。