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第11話 舞台

 数日後、私はマクドゥーガル学院長から「土曜日の午後一時に音楽堂に来るように」との伝言を受けた。




 ロイヤルアカデミーは、週末は基本的に閉まっている。

 だけど、指定された日時にアカデミーに行くと正門は開いていて、馬車止めには数台の馬車が止まっていた。


 馬車を降り、歩いて音楽堂まで行く。

 ホールの中に入ると、舞台には既にずらりと人が立っていた。


「……来ましたね、カレン先生」


 舞台の上からマクドゥーガル学院長が、教育者らしいよく通る声を投げかけてきた。

 客席の通路を通って、私も舞台に上がる。


 そこには、学院長、ヒューイット先生、シリル、マージェリー、ハリー、ミア、それからロクシーとユーフェミア親子が勢揃いしていた。


「あの、学院長、これは一体……?」


 全員の注目を浴びながら落ち着かない思いで尋ねると、学院長は淡々と言った。


「そちらの四名の生徒がどうしてもと言うので、この場を設け、皆さんに集まっていただきました。カレン先生、あなたにかけられた窃盗の疑いを晴らしてみせる、だそうです」

「なんだと? ふざけるな! こっちはその女に謝罪させ、処分を受けさせるのだと思ってわざわざ来てやったんだぞ!」

「その前に、事実関係をはっきりさせる必要があります。その上でカレン先生が罪を犯したというなら、もちろん私どもも相応の処分をいたします」

「時間の無駄だ!」


 怒って叫ぶロクシーを、学院長が冷静にとりなす。

 ユーフェミアは、無表情のままなりゆきを見守っている。


 ヒューイット先生と目が合うと、私ににっこりと笑いかけてくれた。

 心臓が大きく跳ねたけどどうにか顔には出さず、私も小さくほほ笑み返す。

 なぜ彼もここにいるのかよく分からないけど、その姿を見た途端、胸の中の不安は不思議な位にすっと消えていった。


 そして、シリル達四人。

 彼らも自信たっぷり、といった顔つきで私に笑みを向けた。

 うちの屋敷に来てくれて以来、彼らとは会っていないから、その後どうなっているのかはわからない。でもみんなの表情を見れば、上手くいったのは間違いなさそうだ。


 ハリーが一歩前に進み出て、明るい声を出した。


「さあて、みなさんお集まりですね! それではこれより、アメリア・カレン先生の無罪を証明しようと思いまーす」


 ミアもその隣に立ち、テレビ番組の司会者のようにはきはきと言った。


「それではまず、事件当日の出来事を振り返ってみましょう。その日、ユーフェミアは二時間目に頭痛がすると言って保健室に来ました。熱はなかったのでカレン先生は彼女をベッドに寝かせた。でも、すぐに起き上がり保健室を出て行った。そうですね、カレン先生?」

「ええ、そうよ」


 ユーフェミアにシリルへの恋の協力を要請されて断った事は、当然ながら誰にも話していない。ユーフェミアをちらりと見ると、興味がなさそうな顔でそっぽを向いていた。

 ミアが続けた。


「それから五時間目になるまで、保健室の利用者はありませんでした。五時間目に私達の隣のクラスの男子生徒、ケビンとマックスが来た。カレン先生がケビンを診察している間、付き添いのマックスは先生の背後にいたんですよね?」

「ええ」

「マックスの姿は、カレン先生からは見えませんでしたか?」

「見えなかったわ」


 ミアがマージェリーに振り向き、頷いた。

 マージェリーが後を引き取った。


「それでは、その時マックスが何をしていたのかを教えていただきましょう……ケビン、マックス! どうぞこちらへ!」


 張りのある声できびきびとマージェリーが呼ぶと、舞台袖から、なんと本人達が現れた。

 堂々たるマージェリーとは対照的に、彼らは叱られた子犬のような顔つきで、背を丸めてこちらへ歩いて来る。傭兵団に何かされたんだろうか。それとも近衛騎士達の方か。


「お二人のご協力に感謝いたしますわ。マックス、あなたは保健室にいた時、カレン先生の背後で何をしてらっしゃいましたの?」

「……それは……」


 マックスはおどおどとユーフェミアの顔色を窺っている。ケビンも情けない顔で同じように彼女を見つめている。

 けれどユーフェミアは舞台から顔を背けたまま、今登場した彼らを一瞥もしない。

 マージェリーが再び上品に、だが鋭く尋ねた。


「何をしてらっしゃいましたの?」

「……カレン先生のデスクに、財布を入れました」


 マックスが泣き出しそうな声で言った。

 舞台上の空気が、ぴん、と糸を張ったように緊張する。

 容赦なくマージェリーが質問を重ねた。


「それは、誰の財布ですの?」

「…………ユーフェミア・ロクシーのです」

「どうしてそんな事を?」

「…………頼まれたから…………ユーフェミアに」

「嘘だ! こんなものはすべて、くだらん茶番だ!!」


 ロクシーが突然大声を出した。


「こんな狂言、なんの証拠にもならん! おい、学院長、今すぐあのカレンとかいう性悪女をクビにしろ! ガキどもを操り、うちの娘を陥れようとしているんだぞ!」

「それは出来かねます、ロクシー様。私にその権限はございませんし、その必要もないように見受けられます」

「黙れ、私が必要と言えば必要なんだ!! ……いや、待てよ……権限? 権限ならば、そういえば私も持っているぞ」


 ロクシーは不穏な台詞を吐くと、目玉をぎょろりと回した。


「そうだ、このアカデミーの理事である私には、そいつをクビにする権限がある。なにしろ我がロクシー家はアカデミーに巨額の寄付金を払っているからな」


 ニヤリと笑ったロクシーにぞっとした。

 本当にそんな権限があるなら、しがない校医の首なんて一瞬で飛ぶ。

 シリルが凛とした美声を発した。


「それはどうでしょうか。ロイヤルアカデミーの理事長は国王陛下であり、教職員の任命はすべて陛下が行っています。一介の理事に免職の権限など……」

「ふん、陛下はご多忙だ。いちいち現場の教師の処分などには関わらん。私が書類にサインし、誰だか知らんがここの副理事長が承認すればいいだけの話だ。ロクシー家の当主であるこの私が頼めば、断る貴族などいないからな!」


 ロクシーが勝ち誇った顔で私を睨みつけた。

 さっきまで堂々と私を弁護してくれていたマージェリー達も、悔しそうに押し黙っている。


 確かに有力貴族であるロクシーが賄賂と共に頼めば、相手はよほどの事がない限り断らないだろう。

 私は一度も見た事はないけど、その副理事長という人もきっと……。

 ああ、終わった。

 足元の床が抜け、奈落に沈みこんでいくような気がした。


 その時、ヒューイット先生がすっと私の隣に来て、ロクシーに言った。


「残念だけど、副理事長は決してその書類にサインはしない」

「なんだお前は? 若造は引っ込んでいろ!」


 ヒューイット先生は、音楽教師らしい朗々と澄んだ声で言った。


「僕がその副理事長クリス・ヒューイット・ウィンベリーだよ、ロクシー理事」


 私を含め、舞台上のほとんどの人間が、ぽかんとした顔でヒューイット先生を見つめた。


 ウィンベリー。

 それは、この国では王家の一族を意味する苗字だ。


 驚きの目がヒューイット先生に注がれる中、マクドゥーガル学院長とシリルだけは、涼しい顔をしていた。


 ……そういえば、音楽祭の時にヒューイット先生は、私をコンサートに呼ぶために学院長に保健室の留守番を頼んでいた。普通の教員なら、畏れ多くてそんな事まず頼めないだろうに。

 あの時は学院長の弱味でも握ってるのかと思ったけど、そうじゃなくて、彼は――。


 シリルが親しげにヒューイット先生の肩に手を乗せ、私達に説明する。


「クリス先生は僕の従兄なんです。つまり、国王陛下の甥。陛下の信頼も厚く、副理事長としてこのロイヤルアカデミーに関する全権を委任されている。もちろん横暴な要求をする理事をクビにする事だって出来ますよ」


 ――彼は、とんでもなく身分の高い人だった!


 私は呆然と、並んで立つヒューイット先生とシリルを見た。

 言われてみれば、ほんの少しだけ顔が似ている。

 目の形や、すっと伸びた鼻梁も似ていたし、視線を交わしてほほ笑み合った姿は、まさに仲の良い従兄弟同士といった観がある。


 ロクシーは驚くほどころりと態度を変えた。


「……おや、あなたが副理事長でしたか! いやあ、お若いのにご立派な方だ。これならうちのバカ娘も安心してこのアカデミーにお任せできますな! はっはっはっ!」


 その場の全員が冷めた目でロクシーを見た。

 呆れた表情を浮かべ、マクドゥーガル学院長が言った。


「その事ですが、このような騒ぎを引き起こした以上、ユーフェミア、ケビン、マックスの三名への処分は免れません。特にユーフェミアは主犯格であり、重い処分が必要と考えます。このアカデミーにふさわしくないと判断されれば、退学の可能性も」

「なっ……そ、そんな事が出来ると思っているのか!? 我がロクシー家が一体いくら寄付してやってると……!」

「いくら寄付金をいただいていようが関係ありません。ここはパルミア王国の高邁なリーダーたるべき貴族を涵養するアカデミーです。その精神に反する生徒がいれば、ここを去っていただく他はありません」

「……くそっ、おいユーフェミア、今すぐみなさんに謝罪しろ! 少しは役に立つかと思って引き取ってやったのに、上級貴族のガキどもからは見向きもされん上、くだらん悪戯をしてこの私に恥をかかせるとは! ……何してる、ほら、早く謝るんだ!」

「……申し訳ありませんでした」


 気詰まりな沈黙が舞台を支配した。


 ユーフェミアは唇を噛んでじっとうつむいている。

 その姿は私に、ある女の子を思い出させた。

 次の瞬間、私は口を開いていた。


「学院長」

「なんです? カレン先生」

「……退学にするのではなく、半年間の慈善活動を課すという事ではいかがですか? きっとユーフェミアもちょっとした出来心だったと思いますし、私も保健室の業務に人手が欲しかったんです」


 ユーフェミアはぎょっとして私を見た。

 シリル達も信じられない、といった表情を浮かべている。

 ヒューイット先生は一瞬驚いた後、温かなまなざしを私に向けた。


 マクドゥーガル学院長は、少しの間思案してから言った。


「……彼女に更生のチャンスを与える、という事ですね? ユーフェミア、迷惑をかけられた当事者であるカレン先生がそう言っていますが、あなたにそのつもりはありますか?」


 ユーフェミアは、一瞬私を睨んでから、そっけなく言った。


「それで構いません」




 彼女の一言でこの舞台は幕を引き、私は晴れて、ロイヤルアカデミーの保健室の先生に復帰する事が出来た。

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