第十九話 琢磨、かつての仲間を見限る
どれくらいそうしていただろうか。
琢磨は、現在、仰向けになりながら、まるで岩のシミを数えるようにブツブツ言って自分の世界に浸っている。
琢磨がこの場所にたどり着いてから既に三日が経っている。
その間、神聖水を口にして生きながらえてきた。そのおかげで怪我は完治して体力も回復したが、空腹感が襲ってきて別の意味で死にそうだった。そのため、琢磨は極度の飢餓感と幻肢痛に苦しんでいた。
(どうして俺がこんな目に遭わなければいけないんだ・・・・・・)
ここ数日何度も頭をめぐっては繰り返す自問自答。
痛みと空腹で碌に眠れてない頭は神聖水を飲めば回復するもの、クリアになればより鮮明に苦痛を感じる。何度も何度も、意識を失うように眠れば飢餓感と痛みに目を覚まし、苦痛から逃れるために再び神聖水を飲んで、また苦痛の沼に嵌るという負のスパイラルに落ちいている。
もう何度、そんなことを繰り返したか。
いつしか、琢磨は神聖水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛から逃れる手っ取り早い方法を選択してしまった。
(こんな苦痛が続くなら・・・・・・俺は・・・・・・)
そう内心呟きながら意識を闇へ落とす。
それからどれぐらいたったか。
再び目を覚ますと、一度鳴りを潜めていた飢餓感が激しくなって襲い来る。幻肢痛は一向に収まらず、琢磨の精神を苛み続ける。
(俺は・・・・・・まだ生きてるのか・・・・・・もう楽にしてくれ・・・・・・)
死を望みながら無意識に姓にしがみつく。琢磨は死を望むようなことを思いながら体は生きることを諦めていない。
それから三日の月日が流れた。
既に神聖水の効果が切れてるが体の痛みは麻痺したのか感じなくなっていた。空腹感も鳴りを潜めている。
しばらく死のことを考えてた琢磨の心に余裕ができたのか、どうしてこうなったかを思い出していると、琢磨の心は、ふつふつと何か暗くよどんだものが湧き上がってきた。
それは、琢磨の心に入ってきて、やがて心の奥を侵食するように負の感情が湧き上がってきた。
(なぜ俺がこんな目に遭わなきゃならない・・・・・・俺が何をした・・・・・・)
(何が原因だ・・・・・・)
(天使がこの世界に転生させた・・・・・・)
(仲間たちは俺を裏切った・・・・・・)
(あの火球は意図的だった・・・・・・)
(魔物たちは俺を見下した・・・・・・)
(あろうことが俺の目の前で俺の腕を焼いた・・・・・・)
次第に琢磨の思考が黒く染まっていく。まるできれいな水に黒のインクをたらしたように広がっていく。
誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷づけたのか・・・・・・無意識に敵を探し求める。琢磨の精神は自分の置かれた状況によって崩壊して暗い感情が爆発する。
(どうして誰も来ない・・・・・・)
(この状況を脱するにはどうすればいい?)
ここにきて琢磨の思考は現状の打開を無意識に考え始めた。
琢磨の心は現状を打開するために湧き上がってきた怒りや憎しみなど負の感情は邪魔だと切り捨てる。憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。生きるためにはそれらの感情が邪魔だった。そうした結果、琢磨の感情は余計なものを捨てた結果、頭の中がクリアになって考えを纏める。
(俺は何を望んでいる?)
(俺は生きてここを出ることを望んでいる)
(俺をこんな目に遭わせたものを許さない)
(それを邪魔するのは敵だ)
(俺はどんな理不尽にも屈しない)
(では手始めに俺は何をすべきだ?)
(俺は・・・・・・)
琢磨の心は憑き物が落ちたみたいに晴れやかだった。もうその心に憤怒も憎悪もない。仲間たちの裏切りも、魔物も敵意も、天使の強いた理不尽も・・・・・・ここに来るきっかけを作ったガブリエルに仕返しすることももうどうでもいい。
生きるためにはそのようなことは全て些細なことだ。琢磨の意思は、鍛え抜かれた名刀のように鋭く、決して折れることのないようにただ一つのことで塗り固められていく。
すなわち・・・・・・
(殲滅する)
悪意も敵意も憎しみもない。
ただ、もうだれも信用していない。如何なる奴も自分の邪魔をするものは全て敵で殺す対象と認識する。その敵は、
(殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する、殲滅する)
グウ~!!
琢磨の腹が生きることを思い出したように鳴った。この飢餓感から逃れるためには、
(殺して喰らってやる)
今この瞬間、異世界を夢見て、みんなのために戦っていた一人の青年の心は死んだ。ここにいるのは一人の生きるためには殺すこともいとわない鈴木琢磨だ。
そして、琢磨の心は再構築された。その心は闇と絶望、苦痛と本能で名刀のように焼き直され鍛えられた強靭な心だ。
琢磨はこの数日ですっかり弱った体に鞭を入れるように起き上がると神聖水に久々に口をつける。すると空腹感は収まらないが体に活力が戻ってくる。
琢磨は口元を手で拭うと、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。今までの琢磨を知ってる人からは想像できないような変わりようで別人だと言われた方がしっくりくるだろう。
琢磨はとりあえず空腹感をどうにかするために魔物を探すために行動を開始した。
全ては魔物という餌を求めて・・・・・・