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ゴリラと少女と進化論

作者: 赤糸マト

 ゴリラと話せるようになっていた。


 何を言っているかは理解されないと思うが、ある日動物園へ行くと、檻の向こうのゴリラと話せていた。


「しかし、なんで話せるようになったんだろう……?」


 私はそうぼやきながら、先週から数えて7回目となる動物園の門の扉をくぐる。


『よう、今日も来たのか』


 柵の向こうのゴリラは私へと声をかける。


「こんにちは。……もう7日連続だけど」


 私はゴリラへと言葉を返す。ゴリラへと向かって話す私の姿は周囲の人たちには異様に見えたのか、冷たい視線を私に向けるが、私はそれを無視して続ける。


「それで、今日も話を聞いてくれるの?」

『ああ、私も暇だったからな』


 ゴリラはにっこりと私へと笑顔を向ける。正しく言えば、笑顔かは人間である私には正確な判断ができないが、口の端を持ち上げているその表情はおそらく笑顔だろう。


「最近、ニキビとかそばかすとかが目立ってて。私高校生だし、メイクも学校で禁止されているからできないの。なにかいい方法は無い?」

『美容か、私にはもうその価値観は分からんが。栄養素や健康面に気を遣うという意味でもっとも良いのは――バナナだ』


 ゴリラは妙に"バナナ"という単語に含みを持たせながら私へときっぱりと宣言する。


『毎日バナナを二房食べるんだ。そうすればたちまち健康体になる。あと適度な運動としてドラミングをするといい。これも毎日10分はやるといいだろう』

「ドラ……う、うん分かったわ。やってみる」


 私はゴリラへ礼を告げ、動物園を後にする。昨日までの6日間、ゴリラのアドバイスが的確だったため、私はゴリラのいう意味不明な言葉をしっかりと受け止められた。


『あの子はきっと私の次元にたどり着くだろう』


(何かゴリラが言ったような気がするけど、それよりもバナナを買いに行こう。それとドラ……トラミング? も調べないと)


 私は足早へとスーパーへと向かう。そんな私を見て、ゴリラはバナナの皮を丁寧に向くと、静かにそれをほおばり始めた。


・・・


 あれから私は毎日バナナを食べている。


 来る日も来る日もバナナを食べている。


 変化が起き始めたのはバナナを食べ始めて1週間後だ。


 肌が少しづつ黒ずみはじめ、手や胸からは黒い毛が生え始めた。


 それでもなぜか、バナナとドラミングは止められず、日に日に食べるバナナの量は増えてゆき、バナナを食べていない間はドラミングに明け暮れた。


 そして、1000年後。


『やぁ、久しぶりだね』


 荒廃した動物園で、あのときのゴリラは私へと優しい言葉をかける。


『ええ、久しぶり』


 すでに人類は滅び、徐々に砂漠化が進む中、私はそれでも生きていた。


 どうやら、ゴリラは未来人――ではなく、元人間の未来ゴリラだったらしい。一定量のバナナを摂取した人間はその知性のまま、その体を屈強なゴリラへと進化させられるという。


 それを知ったゴリラは少しでも人々に進化を促し、生存者を増やそうと未来からやってきてバナナを布教しに来たという。


『しかし、私の言葉が人間に通じなくなっていたとは』

『仕方ないわよ。そもそも私以外に通じたとしても、ゴリラが喋ったら驚いて逃げちゃうわ』


 私はゴリラへできるだけ可愛げな笑顔を向ける。その笑顔にゴリラは少しだけ顔を赤くし、そっぽを向いた。


『しかし、あれから何度チャレンジしても、君以外言葉が通じなかったな』

『そうね、でもそのおかげであなたと二人きりになれたわ』


 私はゴリラに再度笑って見せる。ゴリラは顔を赤くしたが、今度は私の笑顔を真正面から受け止める。


『あっ』


 ゴリラは唇を私の唇へと重ねる。私はそれを受け入れる。


 もうすぐ世界は終わる。それでも、この終焉をゴリラと過ごせることは、私にとって幸せであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1000年経っても動物園にいるゴリラがシュールでした。あるいは待ってくれていたんでしょうか?もしそうだったらいいゴリラだ。いいゴリですね。
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