8:触られたら嫌よね?
それから2週間が経った。
最初の日と同じように、治安の悪い地域の裏通りで毎日悪人を釣っては倒し、レベルは9まで上がった。
今の僕のステータスはこんな感じだ。
アレックス 人間族 男 15歳
Lv.9
Kr.-4
スキル
剣術 Lv.2
隠密 Lv.1
属性攻撃補正:悪人 Lv.2
属性防御補正:悪人 Lv.1
気配察知:悪人 Lv.1
簡易鑑定:カルマ値
スキルでは【剣術】と【属性攻撃補正:悪人】がレベル2へ上がっている。奇襲で決着をつけることが多くあまり攻撃を受けないので、防御の方はレベル1のまま。
さらに【隠密】と、またしても対悪人限定の【気配察知:悪人】を新しく覚えた。【隠密】は奇襲にも役立つスキルなので、この先伸ばして行きたいところだ。
ちなみにスキルのレベルと言うのは、基本的に1と2が初級者、3から5が中級者、6以上が上級者、という目安になっている。
一応レベル10が上限だと考えられているけど、たまにそれ以上のレベルに到達したという話もあったりして、本当のところはよく分かっていないらしい。
そして悪人狩りの都度、少しずつカルマ値が下がって行って、とうとう今ではマイナスになってしまった。
もし僕自身を【簡易鑑定:カルマ値】で見ることができれば、僕が頭上に掲げている数字は赤字になっているだろう。
でもこのくらいのカルマ値の人間は、道を歩けばそこら中にいる。まだまだ『普通』の範囲内だ、どうってことない。
レベルダウンについては、常に一定のペースで経験値が減って行っているような感じじゃないかと考えている。
なぜなら、最初のうちは毎日1レベルずつ下がっていたのが、最近は2日に1レベルになっているからだ。
通常、レベルが高くなるに連れて、次のレベルに上がるために必要な経験値は多くなる。だから当然レベルは上がりにくくなるんだけど、それと同じことがレベルダウンについても起こっているわけだ。
ただ、なぜ僕だけこんな風に一度獲得した経験値が減ったりするのか、という点についてはさっぱり何も分かっていない。
「……痛てて……何なんだよ、もう……」
疲れが溜まっているのか、それとも風邪でもひいたのか、昨晩あたりから少し頭痛がする。
だけど休んでなんかいられない。昨日も今日も獲物にありついていないんだ。
悪人狩りで死体は残らないとは言っても、やっぱりこうも連日仲間が行方不明になっていては、さすがに向こうも警戒くらいはするらしい。一人で路地裏を歩いていても、絡まれるようなことがめっきり減ってしまった。
このままじゃ今日か明日の朝あたり、またレベルが下がってしまうかも知れない。一人でもいいから悪人を倒して、経験値を手に入れておかないと。
◇
朝からずっと狭い路地裏をうろついていたけど、あんまり空振り続きで少しイラついてきたので、ちょっと気分転換にと往来の多い表通りへ出てきた。
そこで何気なく【簡易鑑定】をかけてみると、道行く人に紛れてちらほらとカルマ値マイナス100から200程度の小悪人を見かける。
だけど、さすがにこんな人目の多いところで狩りをするわけには行かない。そんなことをしたら逆に僕の方がお尋ね者になってしまう。
だけど…… あー、あいつなんかマイナス438もあるじゃないか。
あんな手頃な悪人をみすみす見逃すなんて、もったいないなぁ。
「あれっ、アルじゃない。ひょっとして買い物? どこ行くの?」
休憩がてら壁にもたれて道行く人のカルマ値を眺めていると、突然声を掛けられた。
振り向くまでもない、この声はメリッサだ。
「ええーっと……別にそう言うわけじゃないけど、ちょっとね」
何となく関わるのが面倒臭くて、適当に誤魔化して立ち去ろうとすると、メリッサがいきなり僕の手を掴んできた。
驚いて振り返ると、心配そうに僕を見上げている彼女と目が合ってしまう。
「ねぇちょっとアル、酷い顔色じゃない。どうしたの?」
「な、何でもないよ。ちょっと頭が痛いだけで。全然大丈夫だから」
「そんなこと言ったって、すごく辛そうよ? 熱はないの?」
そう言ってメリッサが、空いている方の手を僕の額に伸ばしてくる。
その時、僕はなぜか彼女に触れられたくなくて、その手をパシンと払ってしまった。それに驚いた様子の彼女の顔を見て、急に罪悪感が膨れ上がる。
「……ご、ごめん……」
「……ううん、こっちこそごめん。……そっか、頭が痛いんだもんね? 触られたら嫌よね?」
「……うん」
曖昧に頷くと、メリッサは僕の手を離し、僕と同じように壁にもたれて道行く人の方へ視線を泳がせた。
横目に見る彼女の表情は、孤児院にいたころ悪戯が過ぎて院長先生にこっ酷く叱られたときよりももっと、しゅんとして頼りなく見えた。
「……アルってさ、最近冒険者ギルドで会わないじゃない」
「…………」
「ひょっとして、……冒険者、やめちゃうの?」
「………………」
「もし、……もしもよ? アルがそのつもりならね? あたしも……」
隣でメリッサがぽつりぽつりと話しかけてくるその声は、ほとんど僕の耳には入っていなかった。
なぜなら、今まさに僕の目の前を、カルマ値マイナス1530の男が通り過ぎようとしていたからだ。マイナス1000越えのカルマ値なんて、これまで見たこともない!
その男は40歳ほどで、裕福で身形のいい商人といった風体だ。カルマ値さえ見なければ、悪人という雰囲気はまるでない。
これまで僕が路地裏で狩ってきた、人を殺すことくらい何とも思わないようなゴロツキだって、マイナス500や600がせいぜいだ。いったいどんな悪行を重ねたらあんなカルマ値になるんだろう?
……そして、あの男を狩ったら、どれだけの経験値が手に入るだろう?
「ごめん、メリッサ。その話はまた今度!」
「えっ? ……ちょっ、アル! 待ってよ、どうしちゃったのよ!?」
僕は慌てるメリッサをその場に残し、【隠密】を発動させてその男の後を追った。
あわよくば、どこか人目につかないところで……
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