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47:みんなのことが……

 僕たちがウェザーズ公爵領へとやって来てから、もう半年が経った。


 僕は、あの宮殿を囲むセルンの街の一角にアパートを借りて、そこに住んでいる。

 ウェザーズ公爵様は宮殿に部屋を準備すると言ってくれたんだけど、あんな豪華な建物に住んでいたら肩が凝りそうだからね。

 ちなみに、フィオナとメリッサも一緒だ。……と言っても、一緒の街に住んでいるという意味じゃない。なぜだか彼女たちも一緒の部屋に住んでいて、おまけに今も一緒のベッドで寝ている。


 それから……


「おはようございますっ。もう朝ですよ、アレックスさんっ!」


「おぶっ!?」

「……わ」

「きゃっ!」


 僕たちが寝ているベッドに……と言うよりも僕の上にセシリアが飛び込んできて、その衝撃で一気に目が覚める。これもわりと毎朝のことだ。


「もうっ、騒々しいわねセシリア。もうちょっと寝させてよ」


「うん。アレックスを優しく起こすのはわたしの仕事。邪魔しないで」


「いいじゃないですか少しくらい! 私と違って、お二人は夜の間もアレックスさんと一緒にいられるんですからっ!」


 僕のお腹のあたりにぎゅっとしがみついているセシリアが、そう言ってぷくっと頬を膨らませる。

 そう。セシリアだけはあの宮殿住まいだ。そこが彼女の実家なのだから、当然と言えば当然ではあるけど。


 実を言うと今の僕は、セシリアの婚約者という立場になっている。

 あれから何度も何度も4人で話し合い、辿り着いた結論がそれだ。




 公爵様はあのとき僕に、最悪、セシリアとの間に子供を作ってくれさえすればそれでいい、と言っていたけれど、それは決して公爵様の本意ではないだろう。

 もしも彼女がそのつもりなら、僕たちの意向なんか無視して僕とセシリアを結婚させればいい。貴族というものには、それができるだけの力があるんだから。

 なのに公爵様がその手段を選ばないのは、ひとえに彼女が誠実な人だからだ。実際、セシリアと同様5千を超えるカルマ値を持つ善人だしね。


 それだけじゃなく、なんと国王陛下からも僕宛てに(・・・・)書簡が届き、グッドシーダー卿との婚姻を前向きに検討して欲しい、との要請(・・)があった。

 もちろんお目にかかったことはないけれど、たぶん国王陛下もかなり高いカルマ値の持ち主に違いない。


 とにかくそんなふうに、向こうが強権を使わず誠意をもって対応してくれているわけだから、こちらもそれに対して真剣に応じるべきだ。

 だから僕たちも、どうするのが最善なのか、自分はどうしたいのかと本音をぶつけ合った。……いや。正確に言えば、僕以外の3人が。

 僕は初っ端に、「で、誰を選ぶの?」と尋ねられて即答できなかった時点で、事実上話し合いのメンバーから外されてしまった。それ以来、僕はみんなの話を聞いて、うんそうだねと頷くのが唯一の役割だったりする。


 ……………………………………うぅっ。


 ……とまあ、その結果として、僕はセシリアと結婚してウェザーズ公爵家に婿入りすることが決まった。その日程についてはまだ相談中だ。

 で、フィオナとメリッサはと言えば、それを認める代わりにこうして僕と同居していると、そういう事になっているらしい。

 ちなみにその二人は、僕とセシリアが結婚するまでにそれなりの爵位の貴族家に養子に入って、僕の第二、第三夫人になる予定だそうだ。だけど3人とも僕の奥さんになるって……本当にいいのかな、そんなこと?




「さぁ皆さん、今日からカルザード領へ遠征ですよっ。早く準備して出かけましょうっ!」


「だから、もうちょっとだけ寝させてってば……」


「わたしには、寝てるアレックスを眺める、朝のひとときが必要…… 2時間(ジーン)くらい……」


「ダメですよっ! 私たちがこうしている今この瞬間にも、悪に苦しめられている人々がいるのです! 出発ーっ!」


「ひゃん!?」

「うわぁっ!」

「あー……」


 すたっとベッドから飛び降りたセシリアが、3人が乗っている大きなベッドの端に手をかけ、ぐいっと持ち上げる。

 相当な重量があるはずのベッドはそれで勢いよく傾き、僕たちは順番にごろごろと床に転がり落ちるのだった。



 ◇



 僕たちは、ランデルビアからウェザーズ公爵領への移動で使ったのと同じ4台の馬車に乗って、駅馬車なら4日の行程になるカルザード領の街を目指している。

 先に話した相談の中で、僕のスキルや経験値の仕組みのことも皆に明かしたので、こうして定期的に、僕の経験値稼ぎのための遠征が行われることになった。


 どうして近場でそれをしないのかと言うと、端的に言えばウェザーズ公爵領には大した悪人がいないから。

 そこはさすが能天使(エクスシーア)のお膝元と言うべきか、まず宮殿のあるセルンの街では、本当に一人も悪人の姿を見かけない。

 かと言ってセルン以外の周辺の街を巡っても、ごくたまにカルマ値マイナス数十程度の悪人とも呼べない小悪人がいるだけで、とても僕の経験値の足しにはなりそうにない。人通りの少ない街道に野盗が出ることもないし、本当に最高の治安を誇る領地だ。


 ……と、まぁそんなわけなので、僕たちは悪人を求めて他の領地を巡っているわけだ。それ以外にも、未だ行方の掴めないロバートや、奴隷化の魔道具に関する情報を集めるという目的もある。

 ちなみに僕の現在のレベルは25。オズワルドに対して【懲罰の炎】パニッシュメントフレイム、ヴァルキュリエたちに【恩寵の雫】(ヘブンリーグレイス)を使った直後にはレベル4まで急落してしまっていたから、これでもまだまだ安心はできない。

 それに普段はセシリアが剣の稽古をつけてくれたり、ダンジョンへ魔物狩りに行ったりもしているので、剣術レベルは5まで上がった。けれど、これもまだまだ先は長い。




 女の子たち3人の雑談を聞き流しながら、馬車の窓から流れる外の景色を眺めていると、不意にメリッサが僕のおでこを小突いてきた。


「難しい顔しちゃって、なに考え込んでるの?」


「あー……うん。早くもっと強くなって、みんなに追いつかなきゃなって」


 こうして言葉にしてみると、どうにも情けない悩みだよなぁ。けれども、これが僕の本音だ。

 なんたってセシリアは超人、メリッサは一流の魔術士、フィオナは稀有な回復術士だからね。

 僕は悪人に対してだけはセシリアと同レベルの戦闘能力を発揮できるけど、それ以外の状況ではただの凡人だ。みんなの足を引っ張るだけの存在でしかない。


「そんなことない。アレックスはすごい」


「そうよ、フィオナの言う通り! アルはあんな規格外の大魔法が使えるくせに、なんでそんなに自信がないのよ?」


「そうですよっ! アレックスさんは力天使(ヴァーチュース)なんですから、経験値さえ十分に貯まれば世界を変えられるほどの力があるんですよ!」


「……ねぇちょっとセシリア、それまだ言ってるの?」


「ああっ!? 以前あんなに説明したのに、メリッサさんはまだ信じてなかったんですかっ!?」


「……うん。まゆつば」


「フィオナさんまでっ!? いいでしょう、ではもう一度ここでイチからお話しさせて頂きますっ!」


「やめてよ、そんな長話聞いてたら馬車に酔っちゃうじゃない。……あ。ほら、見えてきたわよ。けっこう大きな街ね!」


「あれなら、悪人もいっぱいいそう」


「えっ、そうなんですか? ……わぁ、本当に大きな街ですね。あれならきっと、私たちの助けを待っている人々も大勢いるはずです!」


 遠くに目的地が見え始めると、みんな大騒ぎしながら窓の近くに寄ってきた。

 当然ながら窓はキャビンの両側にあるんだけど、なぜかみんなが集まるのは僕が座っている側の窓で、そんな狭い場所に4人も固まるものだからもうぎゅう詰めだ。

 とは言え僕としても、好きな女の子たちに密着されて嬉しくないわけじゃない。……いや、正直言って嬉しい。


「アレックスさん」


「……ん?」


 そこでセシリアが、窓の外に視線を向けたまま僕に話しかけてきた。


「アレックスさんは力天使(ヴァーチュース)です。それは間違いありません。……ですが、私は、もしもアレックスさんがそうでなかったとしても、今と何も変わりません。アレックスさんが何であろうと、あなたのことが好きですよ」


 不意打ちのようなその言葉に、心臓が跳ね上がる。

 その上、告白を終えてゆっくりと振り向いたセシリアがほんのり頬を染めて微笑むものだから、もう大変だ。


「ちょ、ちょっと! いきなりなに言い出すのよセシリア! それを言うならあたしだって、アルがレベル1の頃から…… ううん、それよりももっと前からずーっと大好きだったんだからっ!」


「そう。アレックスが強くても強くなくても、わたしたちはみんなアレックスのことが好き。……そして、アレックスのことを一番好きなのはわたし」


「違うわよ! あたしが一番なの!」


「いいえ、一番は私ですっ!」


「……街に着いたら、勝負」


「いいじゃない、受けて立つわ!」


「私だって負けませんよっ!」


 そうしてまた大騒ぎの再開だ。こんな目の前で誰が一番僕のことが好きなのかとか言い争われていると、照れくさくて仕方がない。

 でもこれは、別にみんな本気でいがみ合ってるわけじゃなくて、僕を元気づけようとしてくれているだけなんだ。半年も一緒にいれば、その程度のことはさすがの僕にも分かる。

 そして確かに、彼女たちのおかげでだいぶ気持ちは楽になった。こんなにも魅力的な女の子たちにここまで好かれているのに、そうそういつまでも自分はダメだなんて思っていられるはずもない。


「ありがとう。僕もみんなのことが……」


「ちょっと待って、アル! そう言うのは『みんな』じゃダメよ。一人ずつにして!」

「うん、街に着いたら順番を決める。……わたしが一番だけど」

「で、できれば二人きりの場所で仰って頂ければ、もっと…… いやぁーっ!」


 その大騒ぎは街に入るまでずっと続き、僕はあとで国軍の兵士さんに散々冷やかされることになった。

 そりゃ壁一枚向こうの御者席にいるんだから、当然全部聞こえちゃってるよね。あーもう、恥ずかしい……

このお話は、これにて完結となります。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!


もし宜しければ、読後のご感想など頂けると嬉しいです。

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