43:誰も助けられなかったのか
「……っぐぅ」
ヴァルキュリエの持つ2本の槍が、僕のお腹を貫いている。
そのことに気付いた途端、焼けるような痛みと吐き気が襲ってきた。
確かにオズワルドの言う通り、ヴァルキュリエたちは全員素っ裸で武器も防具も一切身につけていないと思い込んでいた。
まさかこの二人だけが背後に槍を隠し持っていたなんて。最初から向こうの方が圧倒的にリーチが長かったんじゃないか。道理で、僕の突進を止めるために前へ出てこなかったはずだよ。
「君も向こうの女剣士も、歳に見合わず相当な手練だ。全力で来られればさすがに私のヴァルキュリエたちも苦戦するかと思ったけれどね。いや、君たちが底抜けのお人好し揃いで助かったよ」
オズワルドが豪華な装飾の入った椅子に肘をつき、嘲るような笑みと口調で話しかけてくる。
激痛のせいかその声は遠く、視界もだんだん薄暗くなってきているけど、まだだ。まだここで気を失うわけにはいかない。
「私のヴァルキュリエたちが若い女ばかりだから、ナイフ一本すら身につけていないからと油断したかい? それとも、私に強制されてこんな姿にされた彼女たちを憐れみでもしたのかな? まあ仮に君が彼女たちを殺す気で戦ったとしても、そう簡単には行かなかっただろうけどね。骨格も筋肉も皮膚も、全て人としての限界を超えて強化してあるし、苦痛も恐怖も疑問すら感じることなく私の命令通りに動く。もちろん自然治癒能力だって半端じゃないよ。その代わりにもうあと何年も生きられない体になってしまったが、なぁに、私が目的を果たすためには1年もあれば十分だ」
「……目的、だって? 伯爵家を乗っ取ることがか?」
「あはははっ。私はそんな小さな男ではないよ、能天使。私の最終目標は、この大陸の統一だ。そのための第一段階として、まずはこの国を手に入れる。そしてそれにはもっと多くのヴァルキュリエが必要になる。その準備に1年ということだよ」
……なるほど、そういう事か。
カルマ値マイナス1万の理由がよく分かったよ。
できれば、もう勝ちを収めたつもりで口の軽くなっているオズワルドからもっと情報を引き出したいところだけど、そろそろ僕の意識の方が限界だ。
剣で仕留め損なった以上、オズワルドを倒すにはもうこの手段しかない。あんまり使いたくはない奥の手だけど、この状況じゃ贅沢は言っていられないからね。
「もちろん私がこの大陸の覇者となった暁には……」
「……【懲罰の炎】」
オズワルドの方もまだまだ話し足りないみたいだったけど、残念ながらこれ以上は付き合えない。
僕がスキルを発動させると、彼の全身から青白い炎が噴き出し、それはこの広間の高い天井まで届く勢いで激しく燃え上がった。
「おおぅぉああああぁぁっ! いギいいぃぃィイイイィィェぁああぁぁああぁぁっ!!」
ウォレスたちの時と同じで、こんなに近くにいても熱は感じない。噴き上がる炎に舐められている天井も、オズワルドが座っている豪華な装飾の椅子も、一緒に燃えるどころかなんの変化も見られない。
ただオズワルドの肉体だけが黒く焦げ、じゅわじゅわと泡を立てながら次第に形を失い、小さくなって行く。
「……ぉぅぉぉぁぁ……ぁぁ…………ぇ…………」
半分ほどが経ち、元はオズワルドだった黒い塊が豪華な椅子から床へと滑り落ちる。
それと同時に、【懲罰の炎】《パニッシュメントフレイム》が発動した時からぴたりと動きを止めていたヴァルキュリエたちが突然床に崩れ落ち、苦悶の呻きや悲鳴を上げ、激しく痙攣をし始めた。
「ああああっ! いやあああああぁぁっ!!」
「ゴホッ! ゴホゴホゲフッ! ……ぅええぇ……」
「……くっ……ひぁっ…… たす……たすけ……て…… だれ……か……たす……」
ウォレスを倒した時のローラの反応とはまるで違う。
たぶんオズワルドが死んで奴隷化が解けたことで、彼女たちの体に施された無茶な身体強化の影響が表面化してきたんだろう。
ただ、それが分かったところで僕にはどうしようもない。フィオナなら彼女たちを癒せるかも知れないけど、それは同時に彼女が22人分の苦痛を引き受けるということでもある。
……フィオナにそんなことはさせたくない。
…………いや、絶対にさせられない!
『スキルを獲得しました』
ヴァルキュリエたちが僕を刺し貫いていた槍を手放したことで支えを失い、彼女たちと同じように床に倒れていた僕の脳裏に、声が響いた。
『恩寵の雫』
……何だ? いつもながらこの声の主には説明が足りないよ。
一応、語感から判断すれば治癒魔法っぽい感じもするけど…… それに、【懲罰の炎】を覚えた時もまさにそれが必要な状況だったし、もし今回もそうだとすれば、これを使えばヴァルキュリエたちを救える?
ええい、ぐだぐだ考えていたって仕方がない。
だんだん意識も遠のいてきたし、もう体も動かせない。どうせ気絶するなら、できることを全部やり切ってからだ。
「…………【恩寵の雫】……」
耳鳴りが酷くて、ちゃんと発声できたかどうか分からない。
だからもう一度言い直そうとして口を開き、そのまま僕は気を失った。
◇
次に意識を取り戻すと、少しひんやりとしていて弾力のあるものが頭の下にあった。大きく息を吸い込むと、フィオナの匂いがする。
うん、いつも通りだ。わざわざ目を開けて確かめるまでもなく、フィオナの膝枕だな。
まだ眠っているフリをしてもぞもぞと寝返りを打ち、彼女のお腹に顔を埋めようとして、普段とは違う異様な気配に気がついた。
「ちょ、ちょっとあんた、アルといっつもこんな事してるわけ!?」
「ふわわわわっ!? フィオナさんっ、人前でそんな堂々と…… きゃあーっ!」
「……ただの治療行為。騒ぐとアレックスが起きるから、静かにして」
……思い出した! ここは僕の部屋じゃなくてキャストール伯爵城の一室、さっきまでメリッサやセシリアと一緒にヴァルキュリエたちと戦っていて……
そうだ! そのヴァルキュリエたちはどうなった!? 寝ぼけたフリでこっそりフィオナの匂いを嗅いでる場合じゃないよ!
「……ほら、起きちゃった。……もう立てる、アレックス?」
「ああ、もう大丈夫。ありがとうフィオナ、助かったよ」
「うん」
居心地のいいフィオナの太ももから体を起こして、広間を見渡してみる。
するとそこにいるのは僕とフィオナと、ぷぅと頬を膨らませて腕組みをしているメリッサ、そして顔を両手で覆ってその指の隙間からこっちを見ているセシリアの4人だけだ。
オズワルドはもう燃え尽きてしまったとして、22人いたはずのヴァルキュリエたちはどこへ行ってしまったんだろう?
「……結局、誰も助けられなかったのか……?」
「ううん、そんなことない。アレックスの魔法はすごかった」
「えっ?」
僕がぽつりと呟いた独り言に、フィオナがそう答える。
それと同時にメリッサとセシリアも興奮気味に僕に詰め寄ってきた。
「そう、そうよ! あんな魔法、見たこともないわ! やっとあたしにもローラの言ってたことが分かったけど、アルっていつの間にそんなの覚えてたのよ!?」
「いいえ、魔法じゃありませんよメリッサさん! あれは奇跡ですっ! アレックスさんが奇跡を起こされたあの一瞬だけ、この広間中を埋め尽くすほどの眩い聖光が現れました! 今度こそ間違いありませんっ、アレックスさん、あなたが力天使だったんですねっ!?」
「……また、始まった……」
「ちょ、ちょっと待って。その前に、僕が気を失ってる間に何があったのか教えてくれ」
「はいっ、アレックスさんは……」
「それがね、アルってば……」
「うん。アレックスは……」
いやゴメン、同時に喋られると聞き取れないよ。
誰か一人が代表して説明してくれるかな?
それから聞いた3人の話を総合すると、こんな感じ。
僕が気を失う寸前に【恩寵の雫】を発動させた時、22人のヴァルキュリエ全員の頭上から1mほどの大きさの水球が落ちてきた。
その水球がヴァルキュリエたちの全身を覆うと、それまで苦しみ呻いていた彼女たちの表情が途端に穏やかなものに変わり、数分ほどしてその水球が消え去った後には、みんな気持ち良さそうに寝てしまっていたそうだ。
その後、セシリアの合図で突入してきた国軍兵士がヴァルキュリエたちを保護したが、その際の調べによると、彼女たちに施された数々の身体強化はもとより、彼女たちが奴隷化されてからの記憶も綺麗さっぱり消えていたと言う。
「それは彼女たちが身体的にも精神的にも救われる、唯一の方法と言っても過言ではありません! これこそまさに奇跡の名に相応しいものですっ!」
「そうね。魔法で魔法による身体強化を打ち消すことはできても、記憶まで思い通りに消すことはできないわ。それもたった数分で22人を同時になんて、これってきっととんでもないことよ、アル」
「うん。アレックスはすごい」
……と、お褒めには与ったものの、その時点で一番の重傷者であった僕自身にはなぜか【恩寵の雫】は掛からず、急いで駆けつけて来てくれたフィオナがいつものように【完全治癒】で治してくれたようだ。
せっかく覚えた治癒魔法なのに自分自身には使えないとか、それはちょっと残念すぎやしないかな?
ちなみに、国軍兵士が表立って領主城に入ることができたのは、当主であるキャストール伯爵をはじめ、城内にいた一族が全滅したためらしい。
口実はいつものように、領主城を襲った賊の掃討だ。……いったい誰が『賊』なのかは置いておくとして。
そしてもうひとつ、当初の目的だったロバートの身柄の確保だけど、国軍が城内をくまなく捜索してもとうとう見つけられなかった。どうやら、騒ぎに乗じてまんまと逃げられてしまったようだ。
ともあれ、これで今回の一件は落着だ。
もちろんロバートの捜索は今後も続けられるだろうけど、今のところ手掛かりは全くないので僕たちの出る幕はない。
それよりも僕にとって遥かに大きな問題なのは、セシリアだ。
「だから、僕は能天使でも力天使でもないんだってば!」
「そんなはずはありませんっ。アレックスさんが奇跡を起こされた時のあの眩い聖光、あれはフィオナさんが身に纏っていらっしゃるものに比べてさえ桁外れのものでした! あれほどの聖光をお持ちの方が力天使でないわけがないですよっ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
セシリアの言う『聖光』ってのは、僕にとってのカルマ値とほぼ同じものだ。そしてフィオナのカルマ値は4万近いから、もしも彼女の言うように「フィオナと比べても桁違い」というのが本当なら、そのカルマ値は数十万というとんでもない数値になる。
ところが、僕自身の今現在のカルマ値は100もない。……だけど、僕は常時自分のカルマ値をチェックしているわけじゃないし、スキルを発動させた瞬間だけその数値が跳ね上がるって可能性も考えられなくはない。
そうすると、僕は経験値を消費して瞬間的にカルマ値を上昇させ、またそのカルマ値を使って【懲罰の炎】や【恩寵の雫】を発動させているって事になるのかな……?
いやいや、もし仮にそうだとしたところで、僕がその力天使だなんて恥ずかし…… 大それた存在であるはずがないよ。
でも何度そう主張してみても、セシリアは全然聞いてくれないしなぁ。彼女を説得するにはどうしたら…… あ。そうだ、思い出した!
「セシリアは目を見ればその人が力天使かどうか分かるんだったよね? だったら僕の目を見てみてよ。そしたら違うってことがはっきりするから」
「……っそ、それは確かにそうですけど…… うぅー……えぇーっと…… わ、分かりましたっ。それでは失礼して、拝見しますっ!」
そう言うとセシリアは妙に気合いの入った表情で、ずいっと僕に顔を近づけてきた。その距離は、僕の方が思わずちょっと身を引いてしまうくらいに近い。
そして彼女は僕の目を真っ直ぐに覗き込んできて、……その顔が、おでこや耳に至るまであっという間に真っ赤になった。
「いやあぁーっ! 殿方とこんな間近で見つめ合うなんて、もう私、お嫁に行けなくなっちゃいますぅーっ!」
「「「め、面倒くさい……」」」
触れると熱そうなくらいに赤く染まった頬を両手で押さえ、くねくねと身をよじらせるセシリアを見て、僕とメリッサ、フィオナは思わず声を揃えてそう言ったのだった。
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