42:だって目の前にあるんだもん
「行くぞっ!」
掛け声で気合を入れ、僕はオズワルドを目掛けて一直線に走る。
思った通り、悪人を倒すつもりで行動している時には対悪人特化型スキルの効果が現れるので、とても体が軽い。
メリッサとフィオナは扉口から動かず、セシリアはさっき僕の頼んだ通りにすぐ隣を着いてきてくれている。
「さあ行け、ヴァルキュリエ。奴らを始末しろ!」
オズワルドの命令で、ヴァルキュリエたちが一斉にこちらへ向けて駆け出した。スキルが発動しているおかげで、今度は僕にもちゃんとその動きが見える。
敵の総数は22人、うち2人がオズワルドの傍に護衛として残っているから、こちらへ向かってきているのはちょうど20人だ。
一糸纏わぬ姿の女の子たちがずらっと横並びになって走ってくるのは、ちょっと目のやり場に困るところもあるけれど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。スキルの効果のこともあるし、僕はできる限りオズワルドだけに意識を集中させて走り続ける。
「貴女たちは私がお相手します! まとめて掛かってきなさいっ!」
急加速して僕の前に出たセシリアが、先頭のヴァルキュリエを剣の腹で打ち払った。脇腹にまともに剣を受けて倒れたその一人は、しかし表情を変えることもなくまたすぐに立ち上がってくる。
セシリアはただ刃を立てていないだけで、剣の振りそのものに手加減はしていない。さっきの攻撃は間違いなく肋骨を何本かへし折っているだろう。普通なら苦痛や呼吸困難で動くこともできないはずだ。
ひょっとするとこれ、痛みそのものを感じていないんじゃないのか?
「なかなかの根性です! いいでしょう、何度でも叩きのめして差し上げますよっ!」
あっという間に15人ほどのヴァルキュリエに群がられたセシリアが、こちらもなかなかに人間離れした速度と力で次々と敵を殴り続ける。
そのどれもが一撃で人を行動不能に陥らせるに十分な威力を持っているはずなんだけど、それでもヴァルキュリエたちはすぐに立ち上がり、少なくとも表面的には何のダメージも感じさせない。
「【炎の矢】!」
そこへメリッサの攻撃魔法が飛んでくる。魔法それ自体は威力の弱い初級のものだけど、それが同時に20本近くだ。
それだけの数の【炎の矢】をメリッサは完璧にコントロールして、全弾をヴァルキュリエたちに命中させた。
「ええっ、効いてないの!?」
ところが【炎の矢】の直撃を受けたヴァルキュリエたちの動きは鈍りもしない。
いくら殺傷力の低い初級火魔法とは言っても、炎は炎だ。熱さを感じれば反射的に身を引くとか動きが止まるとかの反応があるだろう。特に全身丸裸の彼女たちには効果覿面のはずで、実際その肌には大きな火傷ができている。決してメリッサの魔法が効いていないわけじゃない。
と言うことはやっぱり、一切の苦痛を感じないようにされているんだ。
「これ、はっ。なん……とも、やり辛い、です、ねっ!」
それでもセシリアは僕が頼んだ通りに、ヴァルキュリエたちの大半を引き受けてくれている。
たださすがに多勢に無勢、しかもこちらは手加減までしてるんだから仕方のないことだけれど、徐々に押されてジリジリと後退を始めた。
敵の攻撃も全部完璧には避け切れていないようで、あちこちに引っ掻き傷を作って血を滲ませている。
「……あっ!」
セシリアが短い悲鳴を上げて片眼を閉じた。どうやら瞼を切られたようで、頬を血が伝っている。
僕からはそれがどこまで深い傷なのかは分からないけれど、少なくとも目を開けられないのなら視力を奪われたのと同じだ。これはまずい。助けに戻るか? でも僕が行ったところで、戦力には……
「治療する。場所を空けて」
「分かってるわよ、【風の槌】っ!」
メリッサの風魔法が、セシリアに群がるヴァルキュリエたちの何人かをまとめて吹き飛ばした。
同時にフィオナが駆け出し、その開いた隙間に体を捻じ込んでセシリアに触れる。当然ながら彼女にもヴァルキュリエたちの攻撃の手が伸びるけど、そんなことはお構いなしだ。
なかなかどうして、フィオナもたいがい非常識だな。
けれど、そのフィオナに襲いかかっていたヴァルキュリエたちも、すぐにセシリアの剣とメリッサの魔法で排除された。
「ありがとうございます、フィオナさんっ。そちらの傷は大丈夫ですかっ?」
「平気。このくらい、すぐ治る」
「では仕切り直しと行きましょうっ。メリッサさん、援護をお願いしますっ!」
「いいわよ、任せといて!」
フィオナの治癒魔法を受けて全快したセシリアが、再びヴァルキュリエたちを圧倒し始めた。
メリッサは、今度はダメージを狙わずに相手の動きを阻害する魔法を使って、セシリアを助けている。
よし、あっちはもう大丈夫そうだな。
……で、僕はと言えば、セシリアたちとは反対側の壁際で、4人のヴァルキュリエと対峙していた。
オズワルドという大悪人を倒すことを目的に動いている今、僕の戦闘能力は対悪人特化型スキルの補正を受けて達人剣士レベルに上昇している。
だから僕にはヴァルキュリエたちの動きもちゃんと見えていて、彼女たちが無造作に繰り出してくる高速の貫手や手刀も、なんとか躱し、あるいは受け流すことができる。
ただ問題なのは、僕にはセシリアのように反撃ができないことだ。
ヴァルキュリエたちの中に悪人はいない。だからもし僕が彼女たちに攻撃を仕掛ければ、僕はその時点で対悪人特化型スキルから受けている補正を失うだろう。
そうすると僕の戦闘能力は素のステータスである剣術レベル3、ようやく初級者を抜け出した程度のレベルにまで落ちてしまう。それだけは避けなきゃならない。
……とは言うものの、こうしてただ相手の攻撃を避け続けてるだけじゃ埒が明かないのも確かだ。
ここを突破するには、『攻撃』と判断されない範囲内でヴァルキュリエたちを排除する以外にない。
できるかどうか分からないけど、やってみるしかないか。
「よっ、……と」
茶髪ショートの女の子が僕の目を目掛けて突き出してきた手を掴み、軽く下向きに引っ張って体勢を崩させる。
ととっとたたらを踏んで通り過ぎようとする彼女を、今度は逆方向に引いて体を急反転。……あぁ、お尻が……胸が…… ぶるんって…… 目の毒だ……
そういった部分をできるだけ見ないように気をつけながら彼女の背中に手を添えて、反対側から襲いかかってきた黒髪の女の子の方へと送り出す。
二人はお互い回避してぶつかり合う事はなかったけど、これで黒髪の出足は挫いた。
あとは別方向から横並びで突っ込んでくる金髪が二人。一人は腰まであるロングヘアと、もう一人は……おっぱい………… いやいや見るんじゃない、集中が乱れる!
一瞬早く攻撃を仕掛けてきたおっぱ……ヴァルキュリエを受け流し、遅れて僕の股間を蹴り上げて来ようとするロングヘアの足首を掴む。ところがロングヘアは、片足を掴まれたまま強引に体を捻ってもう一方の足で僕の頭を狙ってくる。
僕はその蹴りもギリギリで止め、股間と顔の横とで彼女の両足首をしっかりと掴んだ。よしっ。
……………………
…………丸見えだ!
「うわわわわっ!?」
動揺して思わず手を離してしまった。だって目の前にあるんだもん、どうしたって目に入っちゃうよ。不可抗力だよ。
ロングヘアは床に落ちる前にくるりと姿勢を変え、受身をとってすぐに立ち上がった。
と、その時、さっき受け流したおっぱいが背後から掴みかかって来たので、その腕を取り、さっき茶髪ショートにしたのと同じように振り回して、体勢を立て直したばかりの金髪ロングに押し付ける。
もう、あっちもこっちもぶるんぶるんだ。目の遣り場に困る。
そうして我ながら驚くほどの手際のよさで、僕は対悪人特化型スキルの補正を失わずに4人のヴァルキュリエの動きを封じた。作った隙はほんの一瞬に過ぎないけど、今の僕にはそれで十分だ。
でも、たったレベル1の格闘スキルでここまで動けるなんて、補正のかかりようが半端じゃないよな。そのくらいあのオズワルドの悪党っぷりがとんでもないって事なんだろうけど。
「行くぞ、覚悟しろ!」
僕はここで初めて剣を抜き、まだ椅子に座ったままのオズワルドに向かって駆ける。そこまでの距離はほんの数m。彼の左右には一人ずつヴァルキュリエが立っているけれど、この距離なら彼女たちの攻撃が僕に届くよりも僕の剣がオズワルドを貫く方が早い。
あと3m。オズワルドは動かず、ただ薄笑いを浮かべて僕の接近を見ている。
……もうあとほんの2歩だ。それで決着がつく!
「ぐぁっ!?」
「アレックスさんっ!」
「アルっ!?」
「アレックス!」
「あはははっ。なかなか見事な体捌きだったけれど、残念だったね。ヴァルキュリエたちが丸腰だと思い込んだところが君の敗因だよ、能天使」
見下ろすと、僕のお腹には二人のヴァルキュリエが突き出した槍の穂先が、深々と突き刺さっていた。
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