41:僕のとるべき道は……
「な、なによこれ! なにしてんのよ!?」
「……さむそう」
遅れて辿り着いたメリッサとフィオナも思わず扉口で立ち止まり、セシリアがその後ろに隠れるようにして中を覗き込む。
しかし僕と彼女たち4人分の視線にも全裸の女の子たちは動じず、何も隠すことなくただ無表情に立っている。……うわぁ、全部見えちゃってるのに……
「随分と賑やかなことだね。ところで、君たちは何者かな?」
その女の子たちの奥で、豪華な装飾の椅子に座っていた男が話しかけてきた。
この男がオズワルドで間違いない。カルマ値はなんとマイナス1万を下回っている。あのロバートの倍以上、破格の大悪人だ。
そんな所にいたなんて、気付かなかった! ……いや、それは僕が別のところばかり見てたからだな。改めて見てみれば、最初からそこに座っているのは丸見えじゃないか。
「……あ、あの、成敗に来たんですけど。できれば服を着てもらえませんでしょうか?」
メリッサの後ろから、セシリアが情けない声で言う。なんとも締まらない事この上ない。
しょうがないなぁ。僕はひとつ大きく息を吸いこんで、声を張り上げた。
「伯爵家次男オズワルド! 犯罪者ロバートをどこへやった!? 彼を差し出し、共に大人しく捕縛されるなら手荒な事はしないと約束しよう!」
おおっ。セシリアがこの状況で言いそうなことを真似して言ってみたんだけど、これは意外に悪くない……かも?
メリッサとフィオナが「うわぁ……」と言いたげなジト目で半歩引いて、セシリアは「やっぱりあなたも!」みたいな表情で瞳をキラキラさせてこっちを見ている。やめて。
そして当のオズワルドは一瞬驚いたように目を丸くし、続いていかにも愉快そうに大声で笑い始めた。
「そうか、君がロバートの言っていた能天使か! それならば是非、私のヴァルキュリエたちとお手合わせ願おう!」
オズワルドがそう言うと、彼の周りを囲んでいた全裸の女の子たちが一瞬で消え去った。
いや、違う。そうじゃなくてこれは、目で追えないほどの凄まじい速度で……
「【炎の壁】っ!」
メリッサの声とともに、僕たちの前方5mほどの所に天井まで届く大きな火柱が噴き上がった。
左右の幅は10m以上もあり、そのオレンジ色の炎が僕の視界を埋め尽くす。
「弾けろっ!」
続くその言葉で、ドンッと轟音を立てて炎の壁が爆発した。
爆炎は僕たちのいる扉口から部屋の奥へと一方的に広がり、何人かの女の子……オズワルドが言うところのヴァルキュリエたちがその炎に巻かれて吹き飛ばされるのが見えた。
メリッサ、なかなかえげつない魔法を準備してたな。
「丸腰の者を相手に剣を振るうのは気が進みませんが、悪に与するというのなら容赦はしませんっ!」
そのメリッサの火魔法を乗り越えて襲いかかってきた3人のヴァルキュリエを、セシリアが剣で弾き飛ばした。
容赦はしないとか言いつつも、彼女は女の子たちを斬り倒してはいない。ただ剣の腹で殴っているだけだ。……それだって十分に痛そうな音がしてるけど。
その時、不意に嫌な気配を感じて、僕は咄嗟に体を捩る。
直後、視界の端を何かが猛スピードで横切ったかと思うと、頬に何かが当たった感触があって、目の前を血飛沫が舞った。
「痛ぅっ!」
「アルっ!」
「アレックスさん!」
そこでようやく僕の目にも敵の姿が捉えられた。腕を振り抜いた姿勢のヴァルキュリエが振り向き、信じ難い素早さでもう一度僕に突進してくる。
駄目だ、体が思うように動かない。対悪人特化型スキルが発動してないんだ。回避は間に合わない。やられる!
ほんの一歩、後ろに退がったのが僕の限界だ。
あとはそこで、全裸の女の子の血に塗れた指が僕の両眼に向けて突き出されるのを、ただ絶望的な気持ちで見ていることしかできない。
「やっ!」
「風の槌!」
しかしその指が僕の眼に届く寸前、銀閃とともにヴァルキュリエの細い腕が大きく撥ね上げられた。続いて不可視の魔法攻撃が彼女を打ち据え、もう一度炎の壁の向こう側へと吹き飛ばす。
……助かった。僕の窮地を救ってくれたのは言うまでもなく、セシリアとメリッサだ。
メリッサは続けてさらに二度目の【炎の壁】を発動させて、敵の足を止めてくれている。
彼女たちにお礼を言おうと口を開きかけると、さっき攻撃を受けた頬が焼けるように痛み始めた。口を閉じているはずなのに息が抜けて、その都度血がボタボタと流れ落ちている。
えっ? これってひょっとして、頬の肉を毟り取られて穴が空いてるの? ちょっと引っ掻かれたくらいだと思ってたのに……
「アレックス、少しだけじっとしてて」
そっと近付いてきたフィオナが、無くなってしまったらしい僕の頬に手をかざす。
するとそれだけで痛みがすうっと引いて行き、ほんの2、3秒後にはもう普通に口を動かせるようになった。フィオナがその僕の頬をちらりと見て満足そうに頷いていたので、たぶん見た目にも完治しているんだろう。さすが神聖治癒魔法。
「みんな、ありがとう。助かったよ」
「いえ。……ですが少々困ったことになりました。彼女らはどうやら隷属紋を刻まれて奴隷化された人たちのようです。まったく邪気を感じませんので、普通の悪人のように簡単に斬り伏せて解決というわけにはいきません」
「へっ? なんで斬り伏せちゃ駄目なの?」
「それは私が能天使の権能を継ぐ際に、悪を倒す目的以外にこの力を使わないと誓っているからです。……ですからここはひとつ、メリッサさんお得意の強力な火魔法でぱぱっと亡きものにしちゃって下さいっ」
「そ、そんなの私だって嫌よ!」
どうやらセシリアもやっぱり僕と同じように、悪人以外……つまりカルマ値がプラスの者を倒すことはできないようだ。その理由は僕とは少し違っているようだけど。
ただし彼女の場合は、相手が悪人でなくても十分な戦闘能力を発揮できるようだ。現に今だって、あの凄まじい素早さのヴァルキュリエを相手に、殺さないよう手加減しながら戦えるほどの余裕っぷりだ。……とは言え、さすがに20人全員を相手取るのは厳しいだろう。
逆に僕は、相手のカルマ値がマイナスでなければ対悪人特化型スキルの力を借りられないから、ヴァルキュリエたちが相手では素のステータス通り弱めの中級剣士程度に過ぎない。これではただセシリアたちの足を引っ張るだけだ。
この広間にいる人間の中で、僕がスキルの力を発揮して戦える相手はオズワルドただ一人だけ。
しかも彼は、僕がこれまで見たことがないほどの低いカルマ値の持ち主。そして恐らくは、この20人からの女の子たちを奴隷化した張本人に違いない。
と、なれば、僕のとるべき道は……
「僕が突っ込んで行ってオズワルドを倒す。セシリアはできる限りヴァルキュリエたちの注意を引いてくれ。メリッサはその援護を頼む」
「……はいっ。任せて下さいっ!」
「分かったわ。気をつけてね、アル」
「アレックス、わたしは……?」
「フィオナには後でお世話になるかも知れないから、それまで待機してて。……それじゃ、行くよ!」
3人の無言の頷きを確認して、僕は広間の奥側に向き直った。
ちょうど【炎の壁】の効果が切れ、薄れかけたオレンジ色の炎の向こうに、ずらりと並んだヴァルキュリエたちの姿が見える。
そしてその後ろで豪華な装飾の椅子に座ったまま、余裕の表情でこちらを眺めているオズワルドの姿も。
僕はその極悪人を睨みつけ、ぎゅっと強く剣を握り直した。
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