40:えっ、僕は?
領主城に近づくと、馬車はその城壁近くの物陰に入って止まった。
そこには国軍兵士の一団がいて、ひらりと馬車から飛び降りたセシリアが彼らに走り寄る。
「ギャバンさん、状況はどうなっていますか!?」
「グッドシーダー卿!」
彼女が呼び掛けると、30人ほどもいる兵士たちが一斉に振り向いて地面に膝をついた。
その中の一人が顔を上げてセシリアの質問に答えようとするが、すぐに後ろにいる僕たちに気づいて口ごもる。
「聞かれても構いませんっ! この方々は信頼できます!」
「はっ! それでは申し上げます! 今よりおよそ1時間前、キャストール伯爵の私室あたりから火の手が上がりました。敷地内に入れた斥候からの報告によれば、次男オズワルドが城内にて兵を挙げた模様。既にキャストール伯爵および長男マーティンは死亡、城はオズワルドの兵によって制圧されたものと思われます!」
「「ええっ!?」」
その内容に思わず驚きの声を上げてしまったのは、僕とメリッサだ。
セシリアは憮然とした表情で黒煙を上げる城の上階を見上げ、フィオナはよく分からない、と言う顔で小首を傾げている。
これって、とんでもない大事件じゃないか。
この領地を治める伯爵と次期伯爵である長男が殺されて、その首謀者が伯爵家の次男だなんて、最悪の後継者争いだ。
僕たちはその伯爵家次男オズワルドに横取りされた犯罪者ロバートの身柄を取り戻しに来ただけなのに、大変な現場に居合わせることになってしまった。
でもこうなると、とてもじゃないけど僕なんかの手に負える事態じゃないな。
幸い国軍の部隊も来ているみたいだし、あとの事はそっちに任せて……
「アレックスさん、お聞きの通り捕縛対象が一人増えました! 私たちはこれより城内に突入して、ロバートとオズワルド、2名の身柄を拘束しますっ!」
「「えええええぇっ!?」」
再び僕とメリッサが驚いて声を上げる。
フィオナは、よし分かった、とばかりに大きくひとつ頷いた。やる気満々だ。
「ちょ、ちょっと! そう言うのは国軍の仕事なんじゃないの!?」
「残念ですがメリッサさん、伯爵当人の了解か国王陛下のご下命がない限り、公に国軍を領主城に入れることはできません。……ただ、危険な任務であることも確かですので、無理強いはしません。メリッサさんとフィオナさんはここでお待ちいただいても結構です」
「えっ、僕は?」
「えっ?」
待機組の中に僕の名前が上がらなかったので聞き直すと、セシリアが心底意外そうな表情で僕の顔を見つめてきた。僕が同行を断る可能性なんてこれっぽっちも考えてなかったって顔だ。
……ああもう、分かったよ。どのみち乗りかかった船だし、セシリア一人を突入させるわけにも行かないし。
「……いや、僕も行くよ」
「はいっ! お願いしますアレックスさん!」
「アルが行くんなら、あたしも行くわ」
「……わたしも」
「皆さん、ありがとうございます! では参りましょうっ!」
そんなわけで、結局4人揃って殴り込むことになってしまった。
ええい、こうなったらもう、なるようになれだ!
◇
「これは…… 酷いな」
「はい。どうやら敵は刃物を使っていないようです。鉤爪付きの棍とか、そのような感じの武器でしょうか」
「まるで魔物にやられたみたいな傷ね」
僕たちは正々堂々、正門から乗り込んで城内に侵入した。
しかしそこには僕たちを迎え撃つ敵の姿はなく、ただ無惨な姿の兵士の死体が転がっているだけだった。
そしてセシリアやメリッサの言うように、その死体には剣や槍といった刃物で付けられたような傷がない。どれも眼や首筋を何かで抉られたような鈍い傷跡ばかりだ。
「……ちがう。これは人の指と、歯型」
ぽつりと独り言のようにフィオナが呟き、全員の視線が彼女に集まる。
「これは人が、指や歯で無理やり引きちぎってできた傷。……わたしはこれまでこんな傷をたくさん見て、何度も治してきた」
「フィオナさん……」
「……そんな……」
フィオナの経歴からその言葉の意味を察したのだろう。セシリアが言葉に詰まり、メリッサが自分自身を抱きしめるような仕草で表情を強ばらせる。
哀しそうに俯くフィオナの背中をそっとさすると、彼女は僕のもう一方の手をぎゅっと握りしめた。
「……でも、アレックスがわたしを助け出してくれたから、もう大丈夫」
「で、要するに敵は素手ってことなのね!?」
「はいっ、そのようです! リーチは短いはずですので、落ち着いて距離を取って対処しましょうっ!」
「わっ、ととと!」
と思ったら、メリッサとセシリアに腕を取られてすぐに引き離される。特にセシリアの力が凄かったので、危うく転びそうになってしまった。
なんだよもう、危ないなぁ。
それからさらに10分ほど歩き続けても、敵の姿どころか生きている人間を見かけることがない。
また、床に転がっている死体は例外なく兵士ばかりなので、非戦闘員はどこかにまとめて監禁されているのかも知れない。少なくとも無差別に殺して回っているというわけではなさそうだ。
それはそうと、僕たちはどこを目指して歩いてるんだろう?
前回のロバートの娼館の時と同じく、セシリアが先頭を歩いてるんだけど、まさか…… ね?
「ねぇ、ちょっとセシリア。そのオズワルドとかロバートって奴の居場所はちゃんと分かってるのよね?」
「いえっ。ですが、彼らは濃い邪気を身に纏っていますので、見れば必ず分かりますっ!」
「ふぅん、それならいいんだけど……」
全然よくないよメリッサっ! それじゃ前回とまったく同じじゃないか!
いや、それどころか前回の娼館に比べてこの城は何十倍も広いんだから、あてもなく歩き回っててたまたま遭遇する可能性なんかほとんどないよ!
やっぱりセシリアには任せておけなかったので、僕は【気配察知:悪人】を使って城内を探る。……っと!
スキルが発動したとたん、強烈な悪人の気配に衝撃を受けた。まるで実際に頭を殴られたみたいに目の前がクラクラする。感知した悪人の位置は、今いる場所の真上のようだ。
昨日感知したロバートの気配とは違うみたいだから、たぶんこれがオズワルドだろう。でもおかしいな、肝心のロバートの気配を感じない。オズワルドの強烈な気配に紛れてしまって分からないのか、それとも……
いや、考えていても仕方がない。行ってみれば分かることだ。
「セシリア、オズワルドはこの真上だ!」
「ええっ、見なくても分かるんですか!? さすがはアレックスさんですっ!」
何がさすがなのか知らないけど、セシリアはあっさりと僕の言葉を信用して、上の階へ繋がる階段へと走った。
ちょっと、速いよ、速すぎるってば! 誰も着いて行けてないじゃん!
僕とメリッサとフィオナ、3人が息を切らせて階段を上りきったとき、セシリアはちょうど立派な両開きの扉を押し開けて、いつもの口上を述べ始めたところだった。
「あなたがオズワルドですねっ!? 己の浅ましい欲望のために身内を手にきゃああああぁぁぁあぁぁっ!?」
ところが彼女はその途中で悲鳴を上げて、再び扉を閉じてしまった。
どれだけ力を込めたのか、分厚い大きな扉がズドォンと凄まじい音を立てて閉じ、端の一部が粉砕されてパラパラと木片が舞い落ちる。
「どうしたセシリア! なにがあった!?」
「……は、はだ、はだかの……ふえぇ……」
振り向いたセシリアの顔は真っ赤で涙目だ。彼女がこれほどまで狼狽するような凄惨な光景が、この向こうに?
僕の脳裏を一瞬、アルテアで見た血塗れの少女の姿がよぎった。……けど、怖気てる場合じゃない! 僕は大きく頭を振ってそれを追い払い、壊れかけた扉をもう一度押し開ける。
するとさっきの衝撃で蝶番まで破壊されていたらしい扉は、開くかわりに外れて向こう側へと倒れていった。
「……うわわわぁっ!?」
その広い部屋の中にはなんと、20人ほどの全裸の女の子たちがいた。
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