38:全部償わせてやりましょうっ!
あの娼館のボスであるロバートは、国法で禁じられている魔道具による人の奴隷化を行った罪で、いったんは国軍に捕えられた。
ところが今朝、その罪人ロバートの身柄が、ここランデルビアを含む領地を治めるキャストール伯爵の指揮する領軍に引き渡されたと言う。それも、かなり強引な方法で。
国軍と言うのは、すなわち国王陛下の軍だ。と言うことは、伯爵の軍である領軍より立場は上なんじゃないの?
その国軍から罪人を横取りするなんて事ができるんだろうか?
そう疑問に思って訊いてみると、
「それぞれの領地内での犯罪捜査については、領軍に強い権限が認められています。キャストール伯爵の名前で要求された事ならば、国軍も断れません。これを突っぱねるにはこちらも国王陛下の御名が必要ですが、まさかこんな展開になるとは予想していませんでしたので、そこまでの準備はしていませんでした」
……という事なんだそうだ。
それはそうとセシリア、昨日はバレバレとは言え一応国軍の兵士たちと無関係を装ってたのに、今日はよほど慌てているのか身内であることを隠しもしてないな。
「ふぅん。するとやっぱりセシリアって国軍の捜査官なのね?」
「……うぐっ。メリッサさん、そのご質問には……」
「機密事項でしょ、分かってるわよ。それよりも、なんでロバートの奪還にアルも一緒に行かなきゃならないのよ? 昨日はたまたま居合わせたってだけで、アルはもう無関係じゃない?」
「それは……」
メリッサが尤もな疑問を口にして、セシリアが言葉につまる。
確かに昨日、僕たちはたまたま利害の一致をみて協力したけど、捕縛された後のロバートがどうなったかについては、これは国軍やセシリアの問題であって、突き放した言い方になるけど僕たちには関係がない事だ。
とは言え、これでもしも領軍がロバートを逃がしてしまったとなれば、それはフィオナの安全にも関わってくる事だし、完全に無関係とも言いきれない。
まあ結局は、乗りかかった船ってところかな。
「いや、メリッサ。ここまで関わっておいて知らんぷりはできないし、僕は行くことにするよ」
「それでこそですアレックスさん! ロバートという悪の裏に、さらに巨大な悪の影っ。これは能天使の血が燃え滾る展開ですよねっ!」
「いや僕は能天使じゃないし、燃え滾りもしないけど」
両拳を握りしめて熱く力説するセシリアにそう釘を刺すと、メリッサがやれやれと言った風に大きく息を吐いた。
「仕方ないわね。アルが行くのならあたしも行くわ。足手纏いにならないことは昨日ので分かったでしょ?」
「あ、はいっ。もちろん大歓迎です、メリッサさん!」
「……わたしも、一緒に……」
「「「えっ!?」」」
自信満々に同行を宣言するメリッサに続き、フィオナがそう言っておずおずと手を挙げて、思わず全員が驚いて彼女を見た。
その視線に「ぁう……」とたじろぎながらも、フィオナは引き下がらずに言葉を続ける。
「アレックスが行くのは、たぶん、わたしのため。……なのに、わたしだけここでじっとなんて、していられない」
「へぇ、すごい自信じゃない。それはいいけどあんた、自分の身くらいはちゃんと守れるんでしょうね?」
「わたしには治癒魔法がある。……死のうと思っても、なかなか死ねないくらいに、丈夫。だから、邪魔はしない」
突っかかるメリッサの目を真っ直ぐに見つめて、フィオナはそう答えた。
そのまま3秒ほどの沈黙の後、目を逸らしたのはメリッサの方だ。
「……なら、好きにしなさいよ」
「うん。そうする」
「ええっ、ちょっと待って! 危ないよフィオナ、ロバートの件は僕たち3人で行ってくるから、フィオナはここで……」
「だーめ、彼女も一緒に行くの。もう決まったのよ、アル」
「うん、わたしも行く。……ごめん、アレックス」
「ええぇっ!?」
「さぁ、そうと決まれば早速出発ですよっ!」
「えええぇーっ!?」
フィオナを引き止める上手い言葉を見つけられないままに、僕は何故かずいぶんと上機嫌なセシリアに背中を押されて外へ出た。そしてその後ろからメリッサとフィオナが着いてくる。
僕はフィオナにもメリッサにも部屋にいてもらって、セシリアと二人だけで戦いに行くつもりだったのに…… どうしてこうなった?
◇
それから半時間ほど後。僕たちはランデルビアの街を出て、二人乗りの馬車2台に分乗して猛スピードで街道を飛ばしている。
割り振りは前を行く馬車に僕とセシリア、後続にメリッサとフィオナだ。どちらの馬車も、昨日見たのと同じ鎧を着込んだ国軍の兵士が手綱を握っている。
「そう心配なさらなくても、キャストール伯爵その人を敵に回すつもりはありません。国軍に横槍を入れてきたのは、伯爵家の次男のオズワルドという男です。調べさせたところ、これがなかなかにキナ臭い人物でして……」
激しく揺れる馬車のベンチの隣で、セシリアが舌を噛むこともなくすらすらと説明を始めた。ぼくは怖くて口も開けないのに。
て言うかあのさ。伯爵当人じゃなくても、伯爵家の次男だって立派な貴族じゃないか。それだけでも十分以上に心配だよ!
それに調べさせたって何!? もう国軍の関係者……いや、国軍の兵士に指示できる立場の人間だって事を隠すつもりもなくなっちゃってるよね!?
ともあれセシリアの話では、この伯爵家次男のオズワルドという人物が、キャストール伯爵の名前を出してロバートの身柄を強引に攫って行ったらしい。
このオズワルドには、誘拐や監禁、人身売買など幾つもの犯罪の嫌疑がかけられていて、貴族家の一員でなければとっくに監獄か処刑台行きになっているような極悪人なんだそうだ。
しかもその上、実兄である長男が伯爵家を継ぐことが決まると、長男は何度も不審な事故に遭うようになった。幸い大事には至っていないけれど、これも次男オズワルドの仕業じゃないかと疑われている。
そういった背景があるので、これから僕たちが領主館に侵入してロバートを奪還するつもりである事は既にキャストール伯爵にも連絡済みであり、消極的ながらも同意を得ている。
だから僕たちに抵抗する者があるとすれば、それはオズワルドが私兵化した一部の兵士や傭兵程度で、領軍すべてが敵対してくるわけではない。
「ですから、私たちに立ち向かって来る者はすべて例外なく悪人です。遠慮も容赦も必要ありませんっ。ついでにそのオズワルドとやらも締め上げて、これまでに犯してきた罪を全部償わせてやりましょうっ!」
興奮した様子で拳を握りしめたセシリアが、ガタガタ揺れながら疾走する馬車の座席からすっくと立ち上がった。
危ない危ない! しかし彼女はその常人離れした身体能力で、ふらつきもせずに立ち続けている。御者席で手綱を握る兵士が少しだけ振り返り、何事もなかったかのようにすぐに前へ向き直った。
この程度のことは慣れっこなんだろうな、きっと。
セシリアが仁王立ちのまましばらく馬車は進み、やがて行く手に立派な城壁を備えた大きな建物が見え始めた。
「さぁ、見えてきましたよアレックスさんっ。あれがキャストール伯爵の居城…… あらっ?」
そう言って彼女がビシッと指さした領主城からは、黒い煙がもうもうと立ち昇っていた。
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