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36:僕がおかしいのかなぁ?

「泊まるって言っても…… 見ての通り、この部屋に3人だと狭いよ?」


「そんなの全然構わないわ。昔はもっと狭い部屋に大勢で寝てたじゃない。それとも、あたしがいると何か困ることでもあるわけ?」


「いや、僕は別に困らないけどさ」


「じゃあ決まりね。今日はもう疲れたから、宿に預けた荷物は明日にでも取りに行くわ」


 ……と、そんな調子で、メリッサが泊まることはほぼ確定してしまった。

 でもさっきの雰囲気だと、フィオナは反対なんじゃないかな。そう心配になってちらりと視線を送ってみると、彼女はムスッとした不機嫌そうな表情ながらも「アレックスがいいのなら、いい」と言ってくれた。

 これで一安心……なのかな?


 あ、そうだった。もう一人、厄介そうなのが残ってるよ。


「一応聞いてみるけど、セシリアも泊まってくつもり?」


「ふえぇっ!? ややや、……わ、私は結構です! よ、予定もありますし、すぐに帰りますのでどうぞお気遣いなくっ!」


 急に話を振られた事に驚いたのか、セシリアはあたふたしながらそう答えた。

 それから湯気が上がりそうなほど顔を真っ赤にして視線を逸らし、「殿方のお部屋で夜を共にだなんて、そんな……」とかごにょごにょ呟いている。

 そんな言い方されると誘ったこっちも恥ずかしいじゃないか。変なこと言わないで欲しいなぁ。



 ◇



 そんなわけでセシリアが早々に帰り、狭い部屋に僕とフィオナとメリッサの3人となった。

 そう言えばセシリアは、フィオナが力天使(ヴァーチュース)かどうかって事をもう一度確認するために来たはずなんだけど、結局何もしないまま帰っちゃったな。もういっそこのまま忘れてくれればいいんだけど。


 えーっと、それにしても……


「………………」


「………………」


 セシリアが帰ってから、フィオナとメリッサは部屋に二つあるベッドにそれぞれ腰掛けてずっと黙り込んだままだ。僕はと言えば、落ち着ける居場所がなくて部屋の隅に突っ立っている。

 一応、僕が二人に話しかけるとぽつりぽつりと返事は返ってくるんだけど、そこから全然会話が続かない。

 もうかれこれ1時間(ジーン)ほどもこんな状態だ。ものすごく空気が重い。だけど、放っておくわけにも行かないよなぁ。


「……あのさ、そろそろ少しお腹が空いてきたんだけど、晩ご飯でも食べに行かない?」


 実際のところこの状況下で食欲はあんまりないんだけど、とにかく何か話題を作らなきゃ。

 そう思って言ってみると、この1時間(ジーン)で初めての好反応が返ってきた。


「……そうね。あたしもお腹が空いたわ」


 よしっ。これをきっかけに今度こそまともな会話が……


「晩ご飯はもう作ってある。……でも二人分だけ」


 やっぱりだめかぁーっ。


「……なら、アルと二人で食べれば? あたしは別にいらないわ」


「言われなくても、そうする」


「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、メリッサが僕の分を食べればいいよ。僕は何かその辺のものを適当につまむから」


「だめ。それならわたしの分をあげる。アレックスのために作った料理なんだから、アレックスは食べて」


「だから、あたしは別に……」


 そうしてまた口喧嘩に発展しそうになったところで、急にメリッサがニヤリと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「そうね。アルの晩ご飯を全部もらっちゃうのは悪いから、二人で一緒に食べましょ。その代わり、あたしがあーんってしてアルに食べさせてあげる」


「ええっ!? いや、それはさすがにちょっと恥ず……」


「……わ、わたしも! わたしもアレックスに食べさせてあげたい」


「あんたは自分の分があるんだから、それを一人で食べればいいじゃない。あたしはアルのお皿からちょっとだけ貰えれば十分よ」


「……むぅー」




 してやったりと言わんばかりの表情のメリッサに悔しそうなフィオナ、そしてこれから一体どうなってしまうのかと激しく動揺する僕。

 そんな遣り取りのおよそ半時間(ジーン)後。


「はい、アル。あーん」


「……う、うん。いただきます」


「違うわよ。そこはアルもあーん、って言うの。もう一度行くわよ。はい、あーん」


「……あ、あーん」


「アレックス、次はこっち。……あーん」


「うん。ありがとうフィオナ」


「違う。……あーん」


「……あ、あーん」


 僕は今、メリッサとフィオナに挟まれて、二人からかわるがわる料理を口に運ばれている。……は、恥ずかしい。

 さっき、わたしもやりたい、というフィオナに対してメリッサが小声で何かを話し、その結果こうなってしまった。詳しいことは分からないけど、どうも二人の間で何らかの取引があったみたいだ。


 今日の晩ご飯は、フィオナが作ってくれた鶏肉と野菜の煮込み。

 肉も野菜もとても柔らかく調理されていて、噛まなくても口の中でほろほろと崩れて行く。いつもながらすごく美味しい。


「じゃあ、次はあたしも一口。あむっ。…………何よこれ、なにも特別なものは入ってないのに、なんでこんなに美味しいのよ?」


「……うん。アレックスとこうして食べると、いつもより美味しい」


 僕にひと匙食べさせたあとは、彼女たちがそれぞれ料理を自分の口に運ぶ。……僕がいま食べたのと同じ匙で。

 それをメリッサもフィオナも照れもせず、むしろ凄く嬉しそうな表情でするものだから、僕はより一層恥ずかしくなってきてしまった。


 それはそうと、メリッサが料理の美味しさに驚いて思わず素直にそのことを口にしたのに、フィオナは気づいていないみたいだ。

 メリッサは慌てて口元を押さえて、「これはあたしも頑張らなきゃ」なんて呟いている。そう言えば、メリッサが料理してるところなんて見たことがないな。もし何か作ってくれるつもりなら、楽しみにしていよう。


「はい、今度はアルの番よ。あーんして?」


「……あ、あーん」


「アレックス、わたしのも。……あーん」


「……あ、あーん」


 そしてまた僕の口元に、料理の乗った匙が差し出される。それは今度は、さっきメリッサとフィオナが口にした匙だ。

 うわぁ。むちゃくちゃ照れるんだけど、僕だけ? もしかして、僕がおかしいのかなぁ?



 ◇



 いつもよりたっぷりと時間をかけた晩ご飯が済んで、ほっと一息つく。

 しばらくすると、共同の炊事場へ器を洗いに行っていたフィオナとメリッサが戻ってきた。


「もうそろそろいい時間ね。アル、ここはお風呂ってどうなってるの?」


「お風呂に入るのなら、隣のアパートの裏手に共同浴場があるよ」


 僕が住んでいるような安アパートには、当然入浴設備なんてものはない。その代わりにすぐ近くの共同浴場を、この周辺の住民なら格安で利用できるようになっている。

 これがアルテアの街にいた時に住んでいたおんぼろアパートだと、最寄りの共同浴場まで10(タルジン)近く歩かなきゃいけなかったので、それを考えればかなり便利になった。


「そうなの? それじゃ、暗くなる前に済ませちゃいましょうよ」


「僕は一昨日入ったから、今日はまだいいよ」


「わたしもいい。ずっと部屋にいて、汗、かいてないから」


 僕とフィオナがそう言って誘いを断ると、メリッサが頬を引き攣らせて一歩引いた。


「何言ってんのよ! 野宿してるわけじゃないんだから、お風呂は毎日入るの! 特にあんた、女の子なんだからその辺もっとちゃんとしなさいよ! ほら早く支度して、もうっ!」


「わ、分かったよ、行くよ」


「……むぅ」


 そんな感じでメリッサの剣幕に負けて、僕たちは揃って共同浴場へ行くことになった。

 夏場ならともかく、もう随分涼しくなってきたから、毎日は入らなくてもいいと思うんだけどなぁ。そう思いつつ、何とはなしにフィオナの方を見ると、不満顔を装う彼女の口元が少しだけ綻んでいた。


 あれっ? ひょっとするとフィオナは僕に遠慮して、これまで僕と同じ日にしかお風呂に入っていなかったんだろうか?

 あー、しまった。もしそうだとしたら気の利かない事をしたな。メリッサの言う通り、これからはちゃんと毎日入るようにしよう。




 共同浴場の入口で男女に別れ、それぞれ入浴料金の大銅貨2枚を支払って中に入る。

 僕はいつものようにささっと服を脱いで手早く体を洗い、ものの10(タルジン)で着替えまでを完了させて外に出た。共同浴場の入口前で二人と待ち合わせの予定だ。

 さっき中に入る前にメリッサが「時間がかかると思うから中でゆっくりしてていいわよ」って言ってたけど、体を洗う時間なんて男女でそうそう差があるはずは……


 ……………………


 ……………………遅い。


 僕が外に出てから、たぶんもう30(タルジン)は過ぎただろう。

 さすがに待ちくたびれて、もしかして中で何かトラブルでもあったんじゃないかって心配になり始めたころ、ようやくメリッサとフィオナが出てきた。


「遅くなってごめんね、アル。ひょっとしてかなり待ってた?」


「……ごめん、アレックス」


 メリッサがまだ湿り気があって重そうな赤い癖っ毛に指を通しながら、フィオナは上気してほんのり紅くなった頬を手で冷ましながら、それぞれ申し訳なさそうに謝ってきた。

 正直言うと、このとき僕はさんざん待たされて少しイライラしかけていたんだけど、そんな気分はもう一気に吹き飛んで、お風呂上がりの二人の姿に見惚れてしまった。二人とも、さっきまでとはまるで別人みたいだ。

 それに、メリッサの髪がふわりと揺れ、フィオナの手がぱたぱたと動くたびに、なんとも言えないいい香りが鼻をくすぐってくる。


「……い、いや。そうでもないよ?」


 いろんなことを誤魔化すために視線を逸らして、バレバレの嘘をついた。

 なんだか、湯冷めしかけていた体が急に暖まってきた気がした。

お読みいただき、ありがとうございます!

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