35:お、大きいじゃない!?
この娼館の悪人たちのボスである、痩せた冷酷そうな顔つきの男……ロバートという名前らしいけど、そいつは僕が大男と戦っている間に、セシリアによって捕えられていた。
と言っても、ただ単に剣の腹で殴りつけて気絶させただけみたいだけど。
そしてセシリアが左手に嵌めている腕輪を指でトントントンと何度か弾くと、揃いの鎧を装備した大勢の兵士が一斉に踏み込んで来た。
不思議なことに、彼女はどう考えてもその兵士たちの関係者に違いないんだけど、廊下ですれ違ってもお互いに挨拶を交わしたりすることはなく、また逆に見咎められて誰何されることもない。それはなんとも奇妙な光景だった。
ところで、この建物には魔道具によって奴隷化されている大勢の女の子たちがいるはずで、その主人はほぼ間違いなくボスのロバートだろう。そしてセシリアは彼を生かしたまま捕まえたわけだから、女の子たちの奴隷化はまだ解けていないはずだ。
今後、彼女たちの処遇はどうなるのかと尋ねてみると、隷属紋を解呪する専門の施設があるそうで、全員そこに送られて治療を受ける予定だという答えが返ってきた。
「とは言え、そこで治せるのは身体的な傷だけなんですが……」
セシリアはそう言って目を伏せた。
精神的な傷や、忌まわしい記憶までは消しようがない、と言うことなんだろう。そこで言葉を切った彼女の表情がとても苦しそうだったので、それ以上の事を聞く気にはなれなかった。
◇
「……それで、アルもセシリアと同じ、その……能天使ってわけなのね?」
「いや、だから僕は違うんだってば。確かに能力はちょっと似てるかも知れないけどさ」
「いいえ。倒した悪人を肉体ごと完全に浄化する能力は、私たちだけが持つものです。アレックスさんは間違いなく、私と同じ能天使ですよ」
「そうよ。そんな能力、他では聞いたこともないわ。それにあの大男との戦いぶりも凄かったじゃない!」
「その通りです! あの時は本当に助かりました。アレックスさんがいなければ、ロバートを取り逃していたかも知れません。突入前にはアレックスさんの実力を見抜けずに侮るような事を言ってしまって、すみませんでした」
「だからあたしが言ったでしょ、アルはすっごく強いんだって」
後始末を兵士たちに丸投げし、僕たちはさっさと色街を抜けて帰途についている。
どうやらもう僕は、セシリアと同じ能天使ってことになってしまったらしい。彼女と僕とでは能力的に違うところも幾つかあるので僕自身は絶対に違うと思うんだけど、そこをどう説明してみてもまったく聞き入れてくれない。
さらにセシリアの話す能天使の「悪を倒して世界を正す者」という設定をなぜかメリッサが気に入ってしまい、僕がその一員であるらしいことに大喜びしているので、もう僕自身も「まあそういう事にしておいてもいいか」くらいの気持ちになりつつある。困ったことに。
「ところで、どうして二人とも僕に付いて来てるのかな?」
さっき「帰途についている」と言ったけど、厳密に言えばそれは僕だけだ。メリッサの泊まっている宿は全然別のところだし、セシリアについてはそもそもどこで寝泊まりしているのかすら知らない。
「だって、アルの部屋に行けば、そのフィオナって子に会えるんでしょ? あたしからもアルの腕を治してくれたお礼を言いたいわ」
「そっか。それじゃあ、セシリアは?」
「私も、フィオナさんが力天使でないかどうかをもう一度確認しておきたいので、ご一緒させてください」
「……いいけど、たぶん違うと思うよ?」
「構いません。念の為ですから」
諦めが悪いなぁ。だけどここで同行を断ってみても、こっそりあとを尾けられれば同じことだし、しょうがないか。そもそも実力的に言って、僕がセシリアに何かを強制することは不可能だ。
……とまあそんなわけで、僕たち3人は揃って僕の借りているアパートの部屋へと向かうことになった。
◇
「ただいま、フィオナ」
「おかえりアレックス。今日は怪我はして…… だれ?」
部屋の扉を開けて中に入ると、掃除中だったフィオナが振り返り、セシリアとメリッサの姿を見て固まった。
一方、そのメリッサは、フィオナを指さして驚いたように口をパクパクさせている。
「……お、お、大きいじゃない!?」
しばらく待ってようやく出てきた言葉がそれだ。
一瞬、変な想像をして思わずフィオナの、その…… 人並み以上に大きい部分に視線が行ってしまったけれど、そういう話じゃなかった。
「何よこれ!? 神聖魔法が使えるって聞いてたから、てっきり10歳くらいの小さな子だと思ってたのに、あたしたちと同い歳くらいじゃないのよ! アル、まさかこの子と一緒に住んでるの!? なんで!?」
「いや、なんでって…… さっき事情は説明したと思うけど」
「事情はわかってるけど、今はなんで同じ部屋に二人で住んでるのかって聞いてるの! そんなの、あたしだってしたことないのに……」
えーっと、だからそもそもは、あの娼館の連中からフィオナを守るために僕の部屋に匿っていて、その流れで今も一緒にいるん……だよ……ね?
そ、それに僕にはフィオナのためにもう一室借りられるほどのお金の余裕はないし、彼女が部屋にいて家事をしてくれるからいろいろと助かる部分もあるし?
だからその…… 決してやましいところはない…………はず。うん。
メリッサの予想外の反応に、どう説明すればいいのかと頭を悩ませていると、フィオナが不機嫌そうな表情で手に持っていた箒をメリッサに向けた。
「アレックス。そのうるさい赤い人は友だち?」
「……なっ!? ちょっと、うるさいって何よ!? それにあたしとアルはただの友達なんかじゃないわ。ずぅーっと小さな頃からひとつ屋根の下で一緒に暮らしてきた仲なのよ! 寒い夜には同じベッドで温めあって寝たり、……そ、それに、一緒にお風呂にだって入ってたんだから!」
いや、メリッサ。それって5歳やそこらの頃の話だよね? しかも別にメリッサと二人きりでって事じゃなくて、孤児院の他の子たちも一緒だったし。
後ろで聞いてるセシリアが顔を真っ赤にしてるから、たぶん変な誤解を受けてると思うんだけど、そのあたり訂正させてもらってもいいかな?
「……ふぅん? わたしは今、アレックスと一緒のベッドで寝てる。裸も見られた仲」
「……な、なななな、なな……」
メリッサが僕とフィオナの間に視線を彷徨わせながら、わなわなと震え始めた。そして後ろの方ではセシリアが、両手で顔を覆ってモジモジしながら「きゃー」と小さく声を上げている。
これは…… まぁ、うん。否定できない。確かにフィオナとは毎晩一緒に寝ている。本当にただ寝ているだけで、それ以上のことは一切ないけれど。
あと、裸を見ちゃったのは事故だよ。それに、その…… あんまりハッキリとは見てなかったからね。
僕がそんなことを考えている間にも、メリッサとフィオナの言葉の応酬は続いている。険悪な雰囲気だ。
何とか二人の仲を取りなさなきゃとは思うんだけど、そのために何を言えばいいのか分からないし、そもそも口を挟む隙も見当たらない。
そもそもメリッサは、僕の腕のことでフィオナにお礼を言いに来てくれたはずだったのに、なんでこんな事になっちゃったんだろう?
「アルっ!!」
「はいっ!?」
……と思ってたら突然強い調子で名前を呼ばれて、思わず背筋が伸びる。
肩を怒らせ、眉を吊り上げて僕を睨んでいるメリッサの頬は紅潮していて、ちょっとだけ涙目だ。
こんな表情のメリッサを見るのもずいぶんと久しぶりだな。小さい頃にはよく喧嘩してこんな顔してたっけ。
「今日からはあたしもここに泊まるわ!」
ええええぇっ!?
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