34:どっちも違うからっ!
「何だお前たギャアッ!?」
「舐めたマネしやゲェッ!」
「ま、待ってくれ、俺はただの客ひィイィッ!?」
娼館の中に入っても、セシリアとメリッサの快進撃を阻む者はなかった。彼女たちは悪人を倒しながらどんどん奥へと進んでいく。
特にセシリアは、相手が武器を構えていようがいまいがお構いなしだ。僕があれをやると一気にカルマ値が下がるんだよなぁ。そこを気にせず戦えるなんて、ちょっと羨ましい。
て言うか、さっきからずっと手当り次第の問答無用で出会う男たちを斬り伏せちゃってるんだけど、セシリアはここのボスを尋問するつもりなんじゃなかったっけ? 今のままだと、確実に皆殺しだよ?
……と、そう思っていたのは僕だけじゃなかったようで、メリッサが隙を見てセシリアの袖を引いた。
「ちょっとセシリア、ボスの居場所はちゃんと分かってるのよね?」
「いえっ。ですが、その者はきっと濃い邪気を纏っているはずですので、見れば分かりますっ!」
「そうなの? それなら任せるわ」
いやいやメリッサ、そこは納得しちゃダメだよ。それってつまり、たまたま遭遇しなきゃ分からないってことじゃないか。それじゃ逃げられちゃうよ。
戦闘は前を行く二人に任せておけば十分なので、僕は【気配察知:悪人】を使って周囲を探る。
するとちょうど目の前の扉の向こう側に、物凄く強い悪人の気配を感じ取った。たぶん間違いない、ここにボスがいる。
次はどうやってその事をセシリアに伝えるかだけど…… ええい、面倒くさい。手っ取り早くいこう。
僕はその扉に手をかけ、思いっきり引き開けた。幸い鍵は掛かっていなかったらしく、勢いよく扉が開く。
「セシリア、メリッサ、ここだ!」
「えっ?」
「本当ですか!?」
先頭を切って部屋に飛び込むと、中には数人の悪人たちがいた。カルマ値は…… マイナス500、750、1100…… いた! マイナス4460の大悪人だ。痩せ気味で冷酷そうな顔つきの、30代半ばほどの男。
部屋の最奥にいるその男を庇うように、剣を構えた5人の悪人が並んでいる。
「何という黒々とした邪気! さてはあなたがこの悪の組織の親玉、諸悪の根源ですね!? そうやってこそこそと逃げ隠れしたところで天の眼からは逃れられませんよっ! 大人しく観念して自らの犯した罪を……」
「【炸裂火球】!」
セシリアがいつの間にか僕の前に出てきて口上を述べ始めると、男たちの一人が攻撃魔法を放った。【炸裂火球】は目標の至近で爆発を起こす、中級の火魔法だ。直撃を受けるとまずい!
「【不可視の大盾】」
すると背後からメリッサの声がして、同時に僕とセシリアの目の前で炎が弾けた。
ゴウッ、と音を立てて膨れ上がった赤い炎は、僕たちに届く寸前で見えない壁に阻まれて止まる。その迫力は満点だけど、熱気は少しも感じない。
「二人とも、不用意に飛び込むと危ないわよ」
メリッサの声には慌てた様子はない。
こうなる事を見越して防御魔法を準備してたのか。さすがだな。
「……っ! 【炸裂……」
「【風の槌】!」
「ブォふッ!?」
攻撃魔法の不発を悟った敵の魔術士が二発目を放とうとするものの、それよりもずっと早い速度で発動したメリッサの攻撃魔法が、その敵を撃ち抜いた。
彼女の強力な風魔法は荒れ狂う炎も同時に一撃で吹き散らして、視界が開ける。すると、炎に隠れて左右から僕たちに接近してきていた男たちの姿も丸見えになった。
「……人の話は最後までちゃんと聞くのが礼儀ですよっ!」
口上を途中で邪魔されたセシリアが、いかにも不機嫌そうな顔で敵に突っ込んでいく。自分だってあんまり人の話聞かないくせに。
恐ろしい速度で左側から向かってくる敵に襲いかかった彼女の姿を、僕の目が追いきれずに一瞬見失う。するとその直後には、反対側から向かってきていた敵も含めて4人の男たちが首から血を噴き出して倒れ、消滅していた。
次に僕の目がセシリアを捉えたのは部屋の奥、ボスらしき痩せた冷酷そうな男の首筋に剣を突きつけている姿だ。何がどうなったんだかさっぱり分からないけど、とにかく強い。やっぱり僕、着いてこなくてもよかったんじゃないの?
冷酷そうな男の方はというと、彼女の規格外の強さに驚いてはいるようだけど、なぜか慌てている様子はない。
それどころか、味方が全滅してセシリアの一突きで自分も殺されようかと言うこの状況からでも、まだ逆転の手があると言わんばかりの表情で彼女の顔を見つめている。
「なるほど、お前が噂に聞く能天使ってヤツか。そんなものは単なる都市伝説の一つだと思ってたよ。まさか実在するとはな」
「あなたのような人でなしに虐げられる者たちの嘆きと哀しみが、私を存在させるのですっ! 抵抗は無意味と知りなさいっ!」
「馬鹿言え、この状況じゃ抵抗したくてもできねぇよ。さっさと殺したらどうだ?」
「あなたは殺しません。このあとは国軍に身柄を引き渡します。取り調べに知っている事は全部…… ッ!?」
そこで突然、セシリアの背後にある書架の陰から新たにもう一人の悪人の気配が生まれた。
カルマ値マイナス2970、逞しい体格の大男だ。今まで【気配察知:悪人】にも【簡易鑑定:カルマ値】にも反応がなかったのに。よっぽど高レベルな【隠密】の使い手か!
ともあれ、その大男に背を向けてボスと対峙していたセシリアよりも、僕の方が僅かに早くそれに気付くことができた。
僕はセシリアに背後から斬り掛かろうとする大男に向かって走る。向かう先に二人の大悪人がいてくれるお陰か、体が羽のように軽い。横薙ぎに剣を振る大男の動きも、ボスを逃がさないよう牽制しながらそれを避けようとするセシリアの動作すらもゆっくりに見える。
「えええぇいッ!」
「何だと!?」
「アレックスさん!?」
自分でも信じられないほどの速度で、僕はセシリアと大男の間に割って入った。
もうあと僅か数cmでセシリアの脇腹に届こうかという大男の剣を下から跳ね上げ、突進の勢いのまま肩からぶち当たって後ろに退がらせる。
体格の差でそれほどダメージは入れられなかったけれど、それでセシリアとの距離は開いた。
「こっちは任せて! セシリアはボスを!」
「はいっ!」
「ちっ、舐めるなよ小僧ッ!」
大男が素早く体勢を立て直し、僕に斬りかかってくる。巨体から繰り出される斬撃は重く、その割に動作は機敏だ。【剣術】スキルも間違いなく上級の域だろう。総合的な強さはデビッドと同じか、やや上ってところか。
ただし僕の方も、対悪人特化型スキルの調子がいい。十分に互角の打ち合いができている。何合か剣を合わせると、大男の顔に露骨な驚きと焦りの表情が現れた。
「クソッ、まさかこっちも能天使か!?」
「いやそれは絶対に違うしっ!」
「ぅおっ!?」
大男がとんでもない事を言い出したので、速攻で否定しておく。
ちょっともう、止めてくれよ。そんなのセシリアに聞かれたら絶対またややこしい事になるじゃないか。
「アルっ、一歩退がって! ……【風刃乱舞】!」
「ガッ!? こ……のっ!」
メリッサの声に急いで跳び退がると、彼女の攻撃魔法が大男に向けて放たれた。
大男は襲い掛かる何十条もの見えない風の刃を、驚いたことに剣で迎撃する。幾つかは体のあちこちを掠めて切り裂いて行ったけど、直撃は一つもない。
あれを凌ぎ切るなんて、凄い腕前だ。……だけど、隙だらけだよ。
「メリッサ、ナイス!」
「グオおおォッ!」
メリッサの攻撃魔法を迎撃するために、やむなく僕から意識を逸らした大男の脇腹を、僕は大きく斬り裂いた。
大男は脇腹から大量の血を流しつつ、それでも僕に向き直って剣を振るおうとする。けれどその動きにはもう、さっきまでの鋭さも力強さもない。僕はその攻撃を左腕で払い除け、ガラ空きの胸に剣を突き入れた。
僕の剣は真っ直ぐに心臓を貫き、大男の体からガックリと力が抜ける。その剣を引き抜くと、床に膝をついた大男はゆっくりと消え去って行った。
消え去って……って、しまった!
「えええぇーっ! 何でよ、アルもセシリアと同じなの!?」
「驚きました! アレックスさんも能天使だったんですね! ……あ、するとやっぱりフィオナさんが力天使なんですねっ!? 力天使を独り占めしようなんて許しませんよっ!」
「違うよ! どっちも違うからっ!」
ああっ、やっぱりややこしい事になったぁーっ!
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