33:アルはすっごく強いのよ!
アルテアでフィオナを閉じ込めていた娼館近くの路地に身を潜めていると、昨日出会ったばかりの銀髪の少女セシリアと、なぜかメリッサにばったりと出会ってしまった。
ひどく驚いた様子のメリッサに掛ける言葉を思いつかずにいると、彼女はじわりと目尻に涙を浮かべながら駆け寄ってきて、僕に抱きついた。
「……アルっ!」
「うわわっ」
少しよろけながらも、僕はなんとかその突進を受け止める。
僕の肩に顔を埋めるメリッサの、癖のある真っ赤な髪が頬や首筋に触れている。そしてそこから、ふわりと甘い花のような香りが漂ってきた。
いい匂いだな。それになんだかちょっと懐かしい感じもする。メリッサとこうして触れ合うのなんて、いったい何年ぶりだろう?
「……なんで、黙って、いなくなっちゃうのよ……」
「ご、ごめん」
「ううん、謝るのはあたしの方よ。ごめんねアル、あたしのせいで、アルの腕が…… 腕? ……あれっ? 腕?」
メリッサは涙目のまま、不思議そうに僕の右腕をぺたぺたと触っている。
あっ、そうか。メリッサは、僕の右腕がウォレスに切り落とされたところは見てるんだったっけ。
「右腕は治してもらったんだ。他の怪我も全部一緒に。だからもう大丈夫だよ」
「治してもらったって…… 誰に?」
「それは……」
僕はメリッサに、アルテアの娼館に閉じ込められていたフィオナを助け出した話をした。
彼女が神聖魔法【完全治癒】の使い手であることや、その力のために攫われて監禁され、惨い目に遭わされた女の子たちの治療をさせられていたことなどを、ざっくりと。
「それで、そいつらからフィオナを遠ざけるためにランデルビアまでやって来たんだけど、運悪くここでもまた見つかっちゃって、この先どうしようかって考えていたところなんだ。……で、メリッサはどうしてこの街に?」
「えっ? えーっと。あ、あたしは、その……」
「なるほど、分かりました! それでメリッサさんは聖級回復薬を調合できるアイナさんを訪ねて来たわけなんですね? アレックスさんの腕を取り戻すために。そしてこの街での運命的な再会。素晴らしいお話です! 私、感動しちゃいました!」
「……そ、そんなことはわざわざ言わなくてもいいのよっ!」
メリッサは言葉を濁していたけれど、代わりに空気を読まないセシリアがすごく分かりやすく説明してくれた。
でも、そうか。それでわざわざ僕のためにこんな遠くまで来てくれたんだ。幼馴染だからって、こうしていつも僕のことを気にかけてくれている。やっぱりメリッサはいい奴だな。
「そうだったんだ。ありがとうメリッサ」
「こっちこそよ。あの時は助けてくれてありがとう、アル。……来てくれて、嬉しかった」
メリッサが僕の右腕を持ったまま、真っ直ぐに僕を見つめてくる。
その表情はもう、僕の見慣れたいつもの彼女だ。10年前から少しも変わっていない。ちょっと勝気で世話焼きで、でも実は優しくて寂しがり屋の僕の幼馴染だ。
「いい雰囲気のところ恐縮なんですけど、そろそろ突入しませんか?」
「ほんっと空気読まないわね、あんたって」
……うん? 突入って、なに?
◇
「……と、言うわけなのよ」
今度はメリッサが、彼女の方の事情を掻い摘んで説明してくれた。
メリッサは、僕の腕を治すための聖級回復薬を調合してもらうために訪ねた薬師の店で、この娼館の連中の襲撃を受けたらしい。
要するにフィオナがいなくなったから、その代わりに薬師のアイナさんという人が連中に狙われたってわけだ。すると、それはフィオナを助け出した僕にも責任があるってことになる。
それに、この娼館の連中を掃討するというのなら、それは僕にとっても利のある話だ。僕一人では無理だと思うけど、セシリアがやるというのならきっとできるんだろう。
おまけにやる気満々のメリッサのことが心配でもあるし、僕も手伝うことにしよう。
「そう言うことなら僕も一緒に行くよ。戦力は一人でも多い方がいいだろう?」
「失礼ですが、アレックスさんには危険過ぎると思います。私とメリッサさんだけで戦力は十分ですから、アレックスさんはここで待っていて下さい」
ところが手伝うと言ったら、心底心配そうな表情のセシリアに断られてしまった。
別に彼女は僕のことを侮っているわけでも馬鹿にしているわけでもなく、本当に僕の身を案じて言ってくれてるんだろう。
何せぼくの【剣術】スキルはレベル3だからね。対悪人特化型スキルがなければ、ただの駆け出し剣士だ。セシリアやメリッサの強さとは比べ物にもならない。
「何言ってるのよセシリア、アルはすっごく強いのよ! 一緒に行くべきだわ!」
「ええっ? そうは言われましても……うぅーん……」
と思ったらメリッサがそう詰め寄って、セシリアが困ったように眉を寄せる。
メリッサは僕がウォレスたちにボコボコにされているところしか見てないはずなんだけど、どうしてそんなに自信満々なんだろう?
そして結局、セシリアはメリッサの押しに負け、僕も同行することになった。
「さて、それでは早速行きましょうか」
「えっ。行くって、ちょっと……」
「まさか正面から乗り込むつもりなの?」
セシリアが無造作にすたすたと路地から出て行き、僕とメリッサは慌ててそれを追いかける。
そして僕たちの姿はすぐに娼館の玄関前にいる男たちに見咎められた。色街にはあまりにも似つかわしくない取り合わせの3人組だ、そりゃあ目立つだろう。
「何だ、お前らは?」
「ガキの来るところじゃねぇぞ、とっとと帰れ」
「この店の責任者に問い質したいことがあります。案内してください」
「……なんだと?」
「よっぽど痛い目に遭いたいらしいな」
僕の立場から聞いても無茶苦茶なセシリアの要求に、男たちが血色ばむ。
相手が小柄な少女だからと舐めているのか、素手で掴みかかろうとしたところに、目にも留まらない速さの剣閃が走った。
「うばッ!?」
「……なっ、この…… あァッ!?」
喉を切り裂かれた男は短い悲鳴を上げて消え失せ、もう一人の男が慌てて剣を抜こうとする右手を斬られ、あえなく剣を取り落とした。
セシリアは鋭い動きでその男の喉元にビシッと剣を突きつける。
「案内してください」
「……あ……あぁ……うぁ……」
「何だ!?」
「襲撃か!」
問答無用のセシリアの仕打ちに、男は顔色をなくしている。
そのとき、表の異変に気が付いたのか、勢いよく玄関扉が開いて数名の男たちがわらわらと姿を現した。
彼らは既に抜き身の剣を手にしていて、臨戦態勢だ。
「【風刃乱舞】!」
もう詠唱を済ませて準備していたのか、そこへ抜群のタイミングでメリッサの範囲攻撃魔法が発動した。
数十もの見えない空気の刃が一斉に新手の男たちに襲い掛かり、体のあちこちを斬り裂いて行く。一撃必殺ほどの威力はないけれど、同時に幾つもの切創を負った彼らは明らかに怯んで動きを止める。
「やはりお見事です、メリッサさん!」
「ガッ!」
「ぐはっ!?」
「おブッ!」
その隙を逃さず、セシリアが突っ込んで次々に止めを刺していく。
5、6人はいただろう男たちは、僕がその数をはっきりと確認する間もなく、彼女に倒されて消え失せてしまった。
あっという間に敵を全滅させたセシリアは、その場に留まることなく開いたままの扉から建物の中に突入して行った。
「あたしたちも行くわよ、アル!」
「あ。……う、うん」
……やっぱり僕、必要なかったかな?
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