3:『レベルが上がりました』
ダンジョンからアルテアの街までは、冒険者ギルドの運営する乗合馬車が走っている。
運賃は冒険者登録をしている者なら基本的に無料で、だから僕でも利用することができる。
ちょうど混み合う時間帯で、ぎゅう詰めの馬車に揺られること30分。日が傾き始める頃、僕はようやくアルテアの街に戻った。
街外れの駅で馬車を降り、少しだけ大通りを歩いてから脇に折れ、どんどんと細い路地を進んでいく。
収入の少ない僕が住む家は、もちろん激安のおんぼろアパートだ。そして当然ながらそんな物件は、奥まったあまり治安の良くない地域にある。
とは言っても僕にとっては歩き慣れた道だ。周囲に気を配りながら、アパートまでの入り組んだ道を早足で歩いていく。
すると正面から、この辺では見たことのない30歳手前くらいの男が歩いてくるのに出会した。
……なんか嫌な雰囲気だ。引き返すべきかな。
「ようガキ。仕事帰りだろ? ちょっと金貸してくれよ」
マズい! 思った通り、路上強盗だ。
しかも僕の装備を見て冒険者だと踏んだ上で襲ってくるなんて、よほど腕に覚えがある証拠だ。冒険者クラスで言えばCってところか。僕なんかじゃ絶対に勝ち目はない。
男がニヤニヤしながら近付いてくるのに対して、僕はすぐに踵を返して駆け出した。たぶん余所者だ、複雑な裏道に逃げ込めばなんとかなる。
……と、思ったのに。
「うわぁっ!?」
いきなり足がもつれ、僕はその場に転んでしまった。
見ると重りの付いた縄のようなものが足に絡まっていて、解けない。
「人の顔を見ていきなり逃げ出すとは、躾のなってねぇガキだな。ちょっと説教してやるからこっちに来い」
「嫌だ! 誰かたす……グェッ!!」
「こんな所で大声上げたって、誰も来やしねぇって。素直に有り金全部吐き出せば、これ以上痛い目にあうこともねぇぞ。どうだ?」
助けを求めようとしたところで、鳩尾を酷く蹴られて息が詰まる。
確かにこの男の言うとおり、こんな場所で悲鳴を上げても誰かが助けに来てくれる見込みなんてほとんどない。
……でも痛いよ、苦しいよ。誰か、誰か助けて!
「やれやれ、仕方ねぇな。こちとら、ガキの体に触ったって嬉しくも何ともねぇんだがな」
「……や、やめっ! がはっ、オェッ!?」
男の手が懐をまさぐろうとするのに抵抗すると、また何度かお腹や喉元を蹴られた。
苦痛で手足が思うように動かなくなったところで、男が僕の革鎧の隠しから財布と小瓶を取り出した。
「なんだよこりゃ、中級傷薬じゃねぇか。いいもん持ってるな、ガキ。……ってぇことは、金もこれっぽっちってわけねぇよな。どこに隠してやがるんだ?」
「や……めろ……その薬……は……」
メリッサが、僕にくれたものなんだ。お願いだから、それだけは……
「うるせぇ! 殺されないだけありがたいと思え、ガキ!」
「ぐはぅっ!?」
頭を蹴られ、すぅっと意識が遠のく。
その時、突然頭の中に声が聞こえてきた。
『スキルを獲得しました』
……えっ?
『属性防御補正:悪人 Lv.1』
『属性攻撃補正:悪人 Lv.1』
『簡易鑑定:カルマ値』
そんな意味不明な声の内容に驚いている間にも、男は僕の体を蹴り続けているけど、不思議なことにさっきまでと比べると全然痛くない。
そうして無抵抗に蹴られている間に偶然足に絡んだ縄が解けたので、僕は男の隙を突いて勢いよく立ち上がる。
「なんだテメェ、今までのはフリか!?」
すると男の顔つきが急に剣呑なものになって、腰の剣を抜き放った。
どうやら、僕が実力を隠して一方的に痛めつけられるフリをしていたと勘違いしたみたいだ。
……って、まずいよ、相手を本気にさせちゃったじゃないか。
そして実を言うと僕も、男の剣を見て反射的に剣を抜いてしまっている。
こんな時だけ5年間冒険者としてやってきた経験が物を言うとか、本当に勘弁して欲しい。
「面白れぇ。やんのか、ああッ!?」
男が剣を構えて凄んできた。
怖い。めちゃくちゃ怖い。いくら止めようと頑張っても足が震える。
相手の男は僕よりはるかに体格が良く、荒事にも慣れている様子で、落ち着いていて、おまけに剣はよく切れそうだ。
だけど、こうなってしまったらもう、逃げることはできない。
足の震えは止まらないけど、覚悟を決めて相手を見据え、剣を構え直した。
『スキルを獲得しました』
『剣術 Lv.1』
「うわああああああぁっ!?」
「おおっ!」
再び頭の中に響いた声に驚いてしまい、僕はもう無我夢中で男に斬りかかって行った。
そこから何度か男と切り結び、体のあちこちを斬られて、斬って、打ち合って。
……そして気が付くと、僕の足元に全身血塗れの男が転がっていた。
「……か、勝て……た……?」
我に返ると、体のあちこちから突き刺さるような痛みが一斉に襲ってくる。僕も相当な怪我を負っているらしい。
……そうだ、メリッサに貰った中級傷薬、取り戻さなきゃ。
「…………ッ!?」
身を屈めて男に手を伸ばそうとすると、僕の手が触れる前に男の体がすぅっと地面に溶け込むようにして消え去ってしまった。
その後に残ったのは、僕の持ち物だった財布と中級傷薬の小瓶、そしておそらくは男の持ち物だっただろう、何枚かの銀貨と銅貨だけだった。
何これ? いったい何がどうなって……
『レベルが上がりました』
…………ええええええええええぇっ!!?
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