29:見つけましたっ!
狭い路地に突然響いてきたのは、女の子の高い声だ。だけど、姿はどこにも見えないし気配も感じない。
僕も驚いたけど二人の悪人もかなり狼狽えていて、きょろきょろと周囲を見回している。
「ここですっ!」
再び、今度ははっきりと頭上から声が聞こえて視線を上に向けると、二階建ての家の屋根に、マントに身を包んで立っている少女の姿が見えた。
悪人たちも呆気にとられたように、その姿を見上げている。
「とうっ!!」
「わっ!?」
「ぅおっ!?」
すると少女はまた突然に、掛け声とともに躊躇なく屋根から飛び降りた。
二階の屋根と言えば、その高さは7mほどもある。しかも地面は硬い石畳だ。良くて脱臼や骨折、下手をすれば死ぬかもしれない。その突飛な行動に、僕も悪人たちも揃って驚きの声を上げた。
ところが少女は僕たちの心配を余所に、ほとんど音を立てることもなく僕と悪人たちのちょうど中間地点あたりに着地する。
そして地面に踞るような低い姿勢から、勢いよくばさりとマントを翻しつつ立ち上がり、同時に腰の剣を抜き放った。
そこに現れたのは、サラサラとした真っ直ぐな銀髪に紫色の瞳を持つ少女だった。歳は、僕よりも少しだけ上に見える。
少女は5mほどの間合いで悪人たちにビシッと剣先を向けていたが、不意にその足元が半歩ほどよろめいた。
「……立ちくらみがします」
「……っこ、このガキ、馬鹿にしやがって!」
「死にやがれ!」
あまりの予想外な展開の連続に硬直していた悪人たちが、その少女の呟きで金縛りが解けたように襲いかかってきた。
ところが悪人たちの剣が振り下ろされる寸前、少女の姿が一瞬だけブレたかと思うと、彼らは二人とも剣を持つ手を斬り飛ばされ、頸動脈を切断されて盛大に血を噴き出しながら倒れて行く。
そして驚いたことに、彼らの体はまるで地面に吸い込まれるように、すぅっと消え去ってしまった。
……まさか、僕と同じ能力の持ち主か!?
しかも、その剣技の冴えは並大抵じゃない。Aクラス冒険者のウォレスにも匹敵するほどの腕前だ。僕なんかとは比べ物にならない。
「……あ、しまった。殺しちゃったら尋問できないじゃないですか」
……でもなんか、ちょっと変な人みたいだけど。
予想外のことにどう対応していいのか分からず呆然と眺めていると、少女は剣を納め、こちらを振り向いて柔らかな笑みを浮かべた。
ただ、まだちょっと貧血気味なのか額に手を当て、顔色はやや青ざめている。
「驚かせてしまってすみません。お二人はご無事でしたか?」
「ええ、お陰様で助かりました……けど、そちらは大丈夫ですか?」
「あはは。高い所から飛び降りてすぐ立ち上がっちゃったもので。今度からはもう少し待ってから立ち上がるようにします」
どうやら、高い所から飛び降りるのをやめるという選択肢はないようだ。けどまあ、それは人好き好きだし、僕が口出しすることでもない。
そうだ。彼女のカルマ値を確認しておこう。こうして人助けをするくらいなんだから悪人ではないだろうけど、一応ね。
【簡易鑑定】で見た少女のカルマ値は…… 青字の5780!?
フィオナ以外では見たことのない、その高い数値に僕が驚いていると、少女の方も僕を見て大きく目を見開き、驚愕に顎を落としていた。
……いや、彼女が見ているのは僕じゃない。僕の後ろにいるフィオナだ。
「……すごい。こんなに大きな聖光、初めて見ます」
聖光? カルマ値じゃなくて?
フィオナのカルマ値は、出会った頃よりさらに上がって、今では35000を超えている。銀髪の少女が驚いている原因は、フィオナのこの桁違いなカルマ値で間違いはないと思うんだけど……
もしかすると彼女は、僕とは違った方法でカルマ値を見ているんだろうか。
いや、それよりも、フィオナの異常に高いカルマ値が他人にバレて、何か問題はないか? ……くそ、今までこんなこと考えた事もなかったな。迂闊だった。
とりあえず、銀髪の少女にはフィオナに対する悪意はなさそうだ。それどころか逆に、その表情からは畏敬のようなものすら感じる。
でも、だからと言って安全とは限らないぞ。悪意はなくても、フィオナを何かに利用するために連れ去ろうとするかも知れない。何せ相手はとびっきりの善人だ。僕の対悪人特化型スキルは通用しないだろう。もし彼女が敵に回れば、僕には対抗する手段がない。
フィオナは銀髪の少女から身を隠すように、僕の左腕を抱いたまま後ろにいる。
いざとなればフィオナを連れて逃げるしかない。ウォレス並みの強さを持つこの銀髪の少女から逃げ切れるかどうかは別として。
僕の今のカルマ値は120。彼女がもし僕と同じように悪人しか殺さないとすれば、僕のことも殺しはしないはず。それなら、多少の足止めくらいはできるか?
……いや、それは楽観的すぎる。僕と同じ能力を持っているからと言っても、それは彼女が善人を殺さないという根拠にはならないじゃないか。そうするとやっぱり……
……しまった!
これからどう行動を起こすべきか迷っていると、銀髪の少女が突然目にも止まらない動きで僕の背後に回りこんできた。
まずい、やっぱりフィオナを攫うつもりか!?
「見つけましたっ! あなたが力天使ですねっ!?」
「ふぇっ? ……ち、ちがう。……わたしはフィオナ」
「力天使のお名前はフィオナさんと仰るんですね! 私はセシリア。能天使のセシリア・グッドシーダーです! いざ、共に悪を打ち滅ぼしましょうっ!」
「あ、あのっ、……わたし、ちがっ…… アレックス、なんとかして……」
慌てて振り返った僕の目の前にあったのは、満面の笑みでフィオナの手を取り、それをぶんぶんと振り回しながら何やら痛々しいセリフを叫んでいる銀髪少女の姿と、困り果てた表情のフィオナだった。
えーっと、そりゃあ僕も何とかしてあげたいとは思うんだけど…… どうしたもんかな?
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