23:ちょうど僕も、そう思ってた
「フィオナ、もうそろそろお昼にしようか」
「もう少し。……あそこに丘がある。あの上で休むと気持ちよさそう」
「えぇー。また街道を逸れるの?」
「大丈夫。歩くのは楽しい。頑張って、アレックス」
……僕たちの初めての旅は、思った以上に順調に進んでいる。
まず、フィオナが予想を遥かに超える健脚だった。
普通、歩き慣れていない人がいきなり長距離を歩くと、靴擦れやマメができたり、膝や足首を痛めたりするものだ。
だけど彼女に限っては、そんな心配はない。いや、たぶんフィオナも歩いている最中にあちこち痛めてはいるんだろうけど、それを自覚する前に全部無意識的な治癒魔法で治してしまっているらしい。
しかもフィオナの【完全治癒】にかかれば、外傷だけじゃなく内臓に原因のある体調不良や疲労まで解消されてしまう。
だからむしろ僕の方が、疲れを抜くために、ときどき彼女の治癒魔法のお世話になっているくらいだ。
次に、街道が安全で歩きやすい。
僕たちが歩いているのは大きな街同士を結ぶ主街道なので、道幅が広く、平らに舗装されていて足元がいい。
おまけに、一日に何度も巡回の騎兵隊にすれ違ったり追い越されたりするくらい警備がしっかりしているので、魔物や盗賊に襲われるような心配も少ない。まあ、全くないとは言いきれないけど。
そして、およそ30km置きにちゃんとした宿を備えた宿場町があるので、野宿や手間のかかる食事の準備をする必要がない。
もちろんそれ以外にも街道沿いの村や集落があって、何かの理由で宿場町まで辿り着けなかったとしても、民家で一泊させてもらうくらいのことはできる。
そんなわけで僕たちは予定通りに3日で、最初の駅馬車の乗降所のある宿場町、リトエイナに到着した。
◇
「二人部屋なら3食つけて一人2500ランになるよ。それでいいかい?」
「はい、お願いします」
「あいよ! マリー、お二人さん、303の部屋に案内して!」
「はぁーい!」
手持ちの少ない僕たちは、毎日安い宿を探して泊まっている。
宿の女将さんの言う3食というのは、明日の昼に食べる弁当も含むってことだ。それでこの値段なら悪くない。
僕は女将さんに中銀貨5枚を支払って、マリーと呼ばれた僕より少し年下くらいの女の子に案内され、部屋に入った。
「食事は今からでも食べられます。この札を持って食堂に下りてください。貴重品は部屋に置きっぱなしにしないで下さいね。それからお風呂はここにはないので、二軒隣の共同浴場を使ってください。料金は別で200ランです。それではごゆっくりどうぞ」
この宿の娘さんなんだろうか、マリーは慣れた様子でテキパキと説明を済ませて、すぐにまた1階へ下りて行った。
そこで僕とフィオナは、とりあえず部屋に荷物を下ろして一息つく。
「今日もお疲れさま、フィオナ」
「アレックスも」
「さて。それじゃ、先にお風呂に行ってからご飯にしようか」
「うん」
少し休んでから公衆浴場で汗と埃を流して、次は晩ご飯を食べに食堂だ。
適当に空いている席に座ると、さっきのマリーがやって来て札を受け取り、すぐに料理を運んで来てくれた。
メニューは安宿では定番の野菜が主体のシチューだけど、蒸かし芋とパンが付いていて量があり、味も値段を考えれば文句なしだ。
「おいしい。……これ、おいしい」
フィオナは何を食べてもおいしいって言うし、実際、食べている姿はとても幸せそうだ。見ているこっちもいい気分になれる。
それに一口が小さいから、ちょこちょこと匙を口に運ぶ仕草がなんだか小動物っぽくて可愛いし。
そうして僕たちが夕食を終えるころ、少し離れたテーブルで食事をしていた3人の男たちが騒ぎ始めた。
そのテーブルの側にはマリーもいて、男たちに絡まれているようだ。
「お前んとこじゃ、こんなモンを客に食わせるのか!?」
「もし俺が気付かずに食って死んでたら、どう責任を取るつもりなんだよ!?」
「す、すみませんっ! ですけど……」
「ですけど、じゃねぇよ! どう落とし前つけるのかって聞いてんだ!」
「なに言い訳しようとしてんだ、ああっ!?」
「いえ、……でも、あの……」
「いい加減にしろよ、この小娘が!」
「こりゃあ、俺たちがイチから礼儀ってもんを教えてやらなきゃなぁ」
「な、なんだいアンタたち、いったい何事だい!?」
男たちの剣幕が上がり、マリーが泣きそうな顔になったところで騒ぎに気がついた女将さんが割って入る。
どうやら男たちは、僕たちが食べているのと同じシチューを食べていて、その中から錆びた釘が出てきたと言っているらしい。それも結構大きな釘だ。あんなの、気付かずに食べられるわけないのに。
女将さんも懸命に謝ってなんとか事を収めようとしているけれど、男たちは聞く耳を持たず、何故かマリーを躾けてやるから一晩貸せ、みたいな話になっている。
何で料理の中に入っていた釘の話から急にそういう展開になるのか、ちょっとよく分からない。
食堂にいた客は関わりあいになるのを恐れてか、ぱらぱらと席を立つ。
さらには宿の主人らしき人も出てきて必死に頭を下げるけど、まったく聞く耳を持たずに連れて行くの一点張り。
あー。これはもう、最初っからマリーが目的なんだろうなぁ。【簡易鑑定】はっと…… カルマ値マイナス200から300ってところか。絵に書いたような小悪人だな。
「アレックス……」
そこで不意に、上着の袖をちょんちょんと引っ張られた。
振り向くと食事を終えたフィオナが、何か言いたげに僕の顔を見上げている。
「シチュー、錆の味はしない。……嘘、ついてる」
「やっぱり、そうだろうね」
「……助けて、あげたい……けど……」
僕は、言い淀むフィオナの頭をぽんと軽く撫でて立ち上がった。
「うん。実はちょうど僕も、そう思ってたところだ。ちょっと行ってくるよ」
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