2:住んでいる世界が、違うんだ……
手持ちの薬草で軽く傷の手当てをし、痛む体を引きずってダンジョンを出る。
とは言っても、僕はダンジョンのほんの入口付近をうろついていただけだから、出るのは簡単だ。
そしてダンジョンに併設されている冒険者ギルドの受付で、今日ゴブリンを倒して手に入れた魔石を換金する。
「お待たせしました。魔石8個の重さが40フェットですので、買取価格は2000ランになります。討伐お疲れ様でした」
明るい営業スマイルの受付嬢さんが、トレーの上に2枚の中銀貨を乗せて僕に差し出した。
僕の3日分の食費くらいの金額だ。……ただし、最低ランクの。
もし普通の食堂でちょっといい食事を頼めば、1食で中銀貨1枚かそれ以上取られる。
命懸けで戦って、傷だらけになって、たったのそれだけ。
横目で隣の受付を見れば、トレーの上には大銀貨が積まれている。いま僕が受け取った報酬の、何十倍もの金額。羨ましい。
でも、それが普通なんだ。異常なのは僕の方だ。
目の前の受付嬢さんだって、優しそうな営業スマイルの奥では僕のことを馬鹿にしているのかも知れない。死にそうになるまで戦って、やっと中銀貨2枚の万年レベル1冒険者だって。
……いや、そんなことを考えるのは良くないな。
今日は何日かぶりで本当に死にかけたから、ちょっと気分が滅入ってるんだ。
少し奮発して何か美味しいものでも食べて、気持ちを切り替えよう。
「ちょっ、アル!? どうしたの、傷だらけじゃない! 大丈夫!?」
冒険者ギルドを出ようとすると、大声で呼び止められた。
声の主は、ちょっと癖のある真っ赤な髪の女の子。幼馴染のメリッサだ。
彼女の近くには彼女のパーティメンバーである二十歳くらいの二人の男、ウォレスとデビッド、あと名前は忘れたけど僕より少し年上くらいの女の人が一人いて、全員が驚いたように僕の方を見ている。
と言うより、メリッサがあんまり大声を出すものだから、他にも結構な数の人が訝しげにこっちを窺っている。嫌だなぁ……
「薬草で手当てはしたからもう大丈夫だよ。じゃあ」
「そんなこと言ったって、まだ血が出てるわよ! ほら、こことか」
メリッサが僕の額に手を伸ばしてくるので、無意識に体を引いてそれを避ける。
すると彼女の表情が、より一層気遣わしげなものになった。
「……やっぱり。まだ痛いの?」
「そんなことないよ、大丈夫だってば」
「なんだ、誰かと思えば万年レベル1のアレックスじゃねぇか。ずいぶん派手にやられたようだが、オーガとでも戦ったのか? まさかゴブリンじゃないよなぁ?」
ガラの悪い大男のデビッドが、メリッサを押し退けるようにして前に出てきた。
オーガと言えばBクラスの魔物だ。どう間違ったってFクラス冒険者の僕が戦える相手じゃない。……もちろん彼は、それを知っててそう言ってるんだろうけど。
「デビッド、やめろ。彼はメリッサの友人だ。そんなことを言うもんじゃない」
「……うっ。なんだよウォレス、ちょっと挨拶代わりにからかっただけじゃねぇか」
「それをやめろと言ったんだ! すまなかったな、アレックス君」
パーティのリーダーでAクラス冒険者であるウォレスがぴしゃりとそう言うと、大男のデビッドが縮こまって大人しくなった。
彼を睨んで何か言いかけていたメリッサも、それで口を閉じる。
Aクラス冒険者は、普通の人が辿り着ける強さの最高峰と言ってもいい。一応、その上にSクラスと言うのがあるけど、その域に上り詰めるには常人離れした素質と努力が必要だと言われている。
まあ、そんなのはごく一部の才能ある人の話で、数多いる冒険者のほとんどが、BクラスかCクラスで人生を終えるんだ。
そして10代のうちにAクラスとなったウォレスは、いずれそのSクラスにすら手が届くかも知れない逸材だと評されているらしい。
僕なんかから見れば、もう完全に雲の上の存在だな。
「いえ、いいんです。本当のことですから。……それじゃ、僕はここで」
「あっ、待ってよアル。……ほら、これ。傷口はキレイにして、ちゃんと治すのよ、じゃあね!」
立ち去りかけた僕の手を取って、メリッサが何かを押し付けて行った。
逆方向に歩きながらもチラチラとこちらを気にする彼女に手を振って、僕は冒険者ギルドの外に出る。
それからようやく、手の中の硬い感触に目を遣ると、そこにあったのは中級傷薬の小瓶だった。
「……ははっ」
思わず、乾いた笑い声が漏れる。
中級傷薬を買おうと思えば一瓶で小金貨1枚、つまり1万ランが必要だ。
2000ランを稼ぐために受けた傷を1万ランの薬で治療するなんて、馬鹿げてる。大赤字じゃないか。
「メリッサはBクラス冒険者だもんな……」
僕には到底手の届かない高級品を、こんなに簡単に手渡せるなんて。
彼女は僕と同い歳、たった15才でBクラスになった天才魔術士。さすがに格が…… いや、もう住んでいる世界が違うんだな。
5年前、二人で冒険者になろうって孤児院を出た時には、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
最初は確か、8歳のころ。彼女が初めての魔法、【炎の矢】を覚えた時だ。
『うわぁっ、本物の魔法だ! すごい、すごいよメル!』
『えへへー。ねぇアル、あたし大きくなったら冒険者になりたい! あたしが魔術士でアルが剣士。それで二人でパーティを組んでいっぱい活躍して、Sクラスになるの。どう?』
『えっ、メルと二人だけで?』
『そうよ。……ひょっとしてイヤなの?』
『うーん…… 嫌とかじゃないけど、できれば剣士がもう一人と、回復術士が欲しいかなぁ』
『治癒くらいなら、そのうちあたしが覚えるわよ! それでアルがいーっぱい強くなって、二人分がんばるの!』
『ええーっ?』
『はい、それじゃ決まりね!』
……それからメリッサは中級や上級の大魔法を次々に使いこなせるようになって、どんどんレベルと冒険者クラスが上がっていって。
そしてレベル1でFクラスの僕とは、ギルドの規定上、パーティを組めなくなった。
今や彼女は、このアルテアでも数少ないAクラス冒険者パーティの、火力の主役を担う存在だ。
「……住んでいる世界が、違うんだ……」
そんなふうに呟いて、僕は乗合馬車の駅に向かった。
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