表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/47

19:だけど、やるしかない。

「見失った? ……尾行に気付かれたかな?」


 しっかりと【隠密】を発動させてウォレスたちを追跡していた僕だけど、ある角を曲がったところで突然彼らの姿が見えなくなった。

 さすがはAクラス冒険者。レベル2の【隠密】じゃ力不足ってことか。


 だけど、まだそう遠くまでは行っていないはず。

 すぐに【気配察知:悪人】に意識を集中して、さっきまで追っていたウォレスたちの悪の気配を探る。何しろマイナス2380ものカルマ値だ。そうそう他の気配に埋もれるものじゃない。

 僕は地道に、その辺の建物一軒一軒をくまなく探って行くことにした。




「……いた。このアパートの3階だな」


 そこは、僕の住んでいるおんぼろアパートなんかとは比べものにならないくらい立派な、3階建てのアパートだった。

 ウォレスたちの強烈な悪の気配は、間違いなくその最上階の一室から漂ってきている。


 階段を駆け上り、目的の部屋の玄関扉の前で立ち止まる。

 ドアノブに手を掛けてそっと回してみると、意外にも施錠はされておらず、ドアはすんなり開いた。


 部屋はとても広いワンルームで、手前がリビング、奥側にチェストや書き物机、ベッドなどが置かれている。

 そのベッドの周りに、3人の人影があった。ウォレス、デビッド、……そしてローラ。彼女の姿を目にした瞬間、僕の中で嫌な予感が膨れ上がった。


 無惨な傷口から流れ落ちる血。その血に濡れた口元に浮かぶ嫌らしい笑み。……そしてベッドに寝かされ、身動きしない少女。

 僕の脳裏に、あの日見た血と肉片と汚物塗れの少女の姿が蘇る。


「やめろ! メリッサから離れろ、極悪人どもっ!!」


 そのとき、僕は後先考えずにそう叫んでいた。




「何だぁ? 万年最低レベルのガキじゃねぇか。おいローラ、結界はどうしやがったんだ、あぁっ!?」


「け、結界はちゃんと機能してる…… なのに、どうして?」


「ははぁん。さてはさっき尾けてきていたのも君か、アレックス。さしずめ守護騎士様の登場と言うわけだ。これは面白い趣向だね、メリッサ。彼にはぜひ特等席で君が汚される姿を見てもらうとしよう」


「……やらぁ……あゆぅ、らふへえぇ……」


 ウォレスが愉しそうにニヤニヤと笑いながら、ベッドの上の少女……メリッサに顔を近づけて話しかけている。

 メリッサは動かない。……動けないのか? 呂律も回っていない。

 ……彼女に薬でも盛ったのか、このゲス野郎ども!


「……お前らは、人間じゃない……」


「ああ、そうだね。俺は君なんかとはまるで違う種類の人間だ。君たちのような常人の上に立つ力を持っている、特別な存在だからね。……デビッド、やれ。手足は切り落としてもいいが、2時間(ジーン)は生きていられるように加減しろ」


「分かった。すぐ済ませるから、それまでメリッサの味見は待ってくれよ、ウォレス」


 ウォレスの指示で、デビッドが剣を抜いて僕に近づいてきた。

 彼はBクラス冒険者、そして上級剣士だ。【剣術】スキルのレベルは7か、それとも8か。僕がこれまで倒してきた悪人たちなんかとは、格がまるで違う。

 それに、もしもデビッドを僕がどうにかできたとしても、その次にはAクラス冒険者のウォレスが控えている。こっちはさらに上の【剣術】レベル9か、ひょっとすると10だ。


 状況は絶望的。……だけど、やるしかない。


 デビッドは抜いた剣を構えるでもなく、無造作に歩み寄ってくる。

 自然体、と言えばそうかもしれないけど、これは明らかに僕をナメて油断している。僕にとって有利な点はそこだけ。そして、チャンスは一回きり。


 ……さあ、来い。


「……ふッ!」

「うぉわっ……っと!?」


 レベル2の【隠密】プラス【奇襲】、それに対悪人特化型スキルの補正を上乗せした、僕の渾身の突き!

 しかしそれはデビッドの間一髪の防御に阻まれて、脇腹を多少斬っただけに留まった。……ダメだ、届かなかった。


「……のガキ、やりやがったなぁっ!?」

「うぐァっ!?」


 直後に強烈な横薙ぎの一撃をもらって、僕は壁まで吹っ飛んだ。

 どうにか剣で防いで斬られはしなかったけれど、激しく打ち付けられた痛みに身体中が悲鳴を上げている。


「死にやがれェっ!」

「うわああぁっ!」

「……ちっ、この……」

「あああぁっ!!」

「うっぜェんだよっ!」

「……らああッ!!」


 自分でも驚いたことに、僕はデビッドの一撃では終わらなかった。

 対悪人スキル任せのデタラメな剣だけど、一応なんとか打ち合いの形に持ち込んでいる。

 とは言うものの、こっちが1斬れば向こうからは2か3くらい返ってくるので、勝ち目はまったく見えてこない。もうあちこち裂傷だらけだ。


 しかも敵はまだこのデビッド以上に強いウォレスに、回復術士のローラまでいる。

 ……でも、今はそんなことは考えるな。目の前の敵だけに集中しろ。そうすれば、ひょっとして……


 ヒュッ。


「……ッ……があアァッ!?」


「限界だ。もうこれ以上は待てないよ。さっさと大人しくなれ、この蛆虫め」


 その時、突然なんの気配も感じさせずに間近に現れたウォレスが、軽い一薙ぎであっさりと僕の右腕を斬り飛ばした。

 その鋭さに僕は一瞬何が起こったのか把握できず、右肘から先が無くなったことを理解してからようやく、脳天まで痺れるような激痛が襲いかかってくる。


「ああ……うあああぁ……あぐぅ……ッ」


「無価値な虫けらの癖に、デビッドとここまで戦えることには驚いたよ。けれど余興は愉しくなければ意味がない。待たされるのにはもう飽きた。俺は早くメリッサの柔らかい肉を喰いたいんだ。君は、俺がメリッサをより良く愉しむための、ちょっとした調味料なんだよ。分かるかい?」


「あッ……ぎヒッ……ああぅ……」


 その間にも、僕はウォレスの剣でメッタ刺しにされている。腕も足も胴も胸も、身体中のあらゆる場所が刺し傷だらけだ。

 だけど恐ろしいことに、その攻撃はどれ一つとして急所を突いていない。これほど耐え難い激痛に襲われ続けているのに、意識を手放せない。

 そしてこんなに手加減されておきながら、僕は手も足も出せないんだ。無理だよ、いくらスキルがあるからと言っても、やっぱりAクラス冒険者は格が違いすぎた。




 ……ごめん、メリッサ。僕は君を助けられなかった。


 ……ごめん、フィオナ。もう家には帰れそうにないよ。




『スキルを獲得しました』


 ……いまさら、少しくらい強くなったところで……


懲罰の炎パニッシュメントフレイム

お読みいただき、ありがとうございます!

もしもこの作品を読んで面白そう、と思われた方は、

ブックマークやこの下の★★★★★マークで応援して下さい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ