19:だけど、やるしかない。
「見失った? ……尾行に気付かれたかな?」
しっかりと【隠密】を発動させてウォレスたちを追跡していた僕だけど、ある角を曲がったところで突然彼らの姿が見えなくなった。
さすがはAクラス冒険者。レベル2の【隠密】じゃ力不足ってことか。
だけど、まだそう遠くまでは行っていないはず。
すぐに【気配察知:悪人】に意識を集中して、さっきまで追っていたウォレスたちの悪の気配を探る。何しろマイナス2380ものカルマ値だ。そうそう他の気配に埋もれるものじゃない。
僕は地道に、その辺の建物一軒一軒をくまなく探って行くことにした。
「……いた。このアパートの3階だな」
そこは、僕の住んでいるおんぼろアパートなんかとは比べものにならないくらい立派な、3階建てのアパートだった。
ウォレスたちの強烈な悪の気配は、間違いなくその最上階の一室から漂ってきている。
階段を駆け上り、目的の部屋の玄関扉の前で立ち止まる。
ドアノブに手を掛けてそっと回してみると、意外にも施錠はされておらず、ドアはすんなり開いた。
部屋はとても広いワンルームで、手前がリビング、奥側にチェストや書き物机、ベッドなどが置かれている。
そのベッドの周りに、3人の人影があった。ウォレス、デビッド、……そしてローラ。彼女の姿を目にした瞬間、僕の中で嫌な予感が膨れ上がった。
無惨な傷口から流れ落ちる血。その血に濡れた口元に浮かぶ嫌らしい笑み。……そしてベッドに寝かされ、身動きしない少女。
僕の脳裏に、あの日見た血と肉片と汚物塗れの少女の姿が蘇る。
「やめろ! メリッサから離れろ、極悪人どもっ!!」
そのとき、僕は後先考えずにそう叫んでいた。
「何だぁ? 万年最低レベルのガキじゃねぇか。おいローラ、結界はどうしやがったんだ、あぁっ!?」
「け、結界はちゃんと機能してる…… なのに、どうして?」
「ははぁん。さてはさっき尾けてきていたのも君か、アレックス。さしずめ守護騎士様の登場と言うわけだ。これは面白い趣向だね、メリッサ。彼にはぜひ特等席で君が汚される姿を見てもらうとしよう」
「……やらぁ……あゆぅ、らふへえぇ……」
ウォレスが愉しそうにニヤニヤと笑いながら、ベッドの上の少女……メリッサに顔を近づけて話しかけている。
メリッサは動かない。……動けないのか? 呂律も回っていない。
……彼女に薬でも盛ったのか、このゲス野郎ども!
「……お前らは、人間じゃない……」
「ああ、そうだね。俺は君なんかとはまるで違う種類の人間だ。君たちのような常人の上に立つ力を持っている、特別な存在だからね。……デビッド、やれ。手足は切り落としてもいいが、2時間は生きていられるように加減しろ」
「分かった。すぐ済ませるから、それまでメリッサの味見は待ってくれよ、ウォレス」
ウォレスの指示で、デビッドが剣を抜いて僕に近づいてきた。
彼はBクラス冒険者、そして上級剣士だ。【剣術】スキルのレベルは7か、それとも8か。僕がこれまで倒してきた悪人たちなんかとは、格がまるで違う。
それに、もしもデビッドを僕がどうにかできたとしても、その次にはAクラス冒険者のウォレスが控えている。こっちはさらに上の【剣術】レベル9か、ひょっとすると10だ。
状況は絶望的。……だけど、やるしかない。
デビッドは抜いた剣を構えるでもなく、無造作に歩み寄ってくる。
自然体、と言えばそうかもしれないけど、これは明らかに僕をナメて油断している。僕にとって有利な点はそこだけ。そして、チャンスは一回きり。
……さあ、来い。
「……ふッ!」
「うぉわっ……っと!?」
レベル2の【隠密】プラス【奇襲】、それに対悪人特化型スキルの補正を上乗せした、僕の渾身の突き!
しかしそれはデビッドの間一髪の防御に阻まれて、脇腹を多少斬っただけに留まった。……ダメだ、届かなかった。
「……のガキ、やりやがったなぁっ!?」
「うぐァっ!?」
直後に強烈な横薙ぎの一撃をもらって、僕は壁まで吹っ飛んだ。
どうにか剣で防いで斬られはしなかったけれど、激しく打ち付けられた痛みに身体中が悲鳴を上げている。
「死にやがれェっ!」
「うわああぁっ!」
「……ちっ、この……」
「あああぁっ!!」
「うっぜェんだよっ!」
「……らああッ!!」
自分でも驚いたことに、僕はデビッドの一撃では終わらなかった。
対悪人スキル任せのデタラメな剣だけど、一応なんとか打ち合いの形に持ち込んでいる。
とは言うものの、こっちが1斬れば向こうからは2か3くらい返ってくるので、勝ち目はまったく見えてこない。もうあちこち裂傷だらけだ。
しかも敵はまだこのデビッド以上に強いウォレスに、回復術士のローラまでいる。
……でも、今はそんなことは考えるな。目の前の敵だけに集中しろ。そうすれば、ひょっとして……
ヒュッ。
「……ッ……があアァッ!?」
「限界だ。もうこれ以上は待てないよ。さっさと大人しくなれ、この蛆虫め」
その時、突然なんの気配も感じさせずに間近に現れたウォレスが、軽い一薙ぎであっさりと僕の右腕を斬り飛ばした。
その鋭さに僕は一瞬何が起こったのか把握できず、右肘から先が無くなったことを理解してからようやく、脳天まで痺れるような激痛が襲いかかってくる。
「ああ……うあああぁ……あぐぅ……ッ」
「無価値な虫けらの癖に、デビッドとここまで戦えることには驚いたよ。けれど余興は愉しくなければ意味がない。待たされるのにはもう飽きた。俺は早くメリッサの柔らかい肉を喰いたいんだ。君は、俺がメリッサをより良く愉しむための、ちょっとした調味料なんだよ。分かるかい?」
「あッ……ぎヒッ……ああぅ……」
その間にも、僕はウォレスの剣でメッタ刺しにされている。腕も足も胴も胸も、身体中のあらゆる場所が刺し傷だらけだ。
だけど恐ろしいことに、その攻撃はどれ一つとして急所を突いていない。これほど耐え難い激痛に襲われ続けているのに、意識を手放せない。
そしてこんなに手加減されておきながら、僕は手も足も出せないんだ。無理だよ、いくらスキルがあるからと言っても、やっぱりAクラス冒険者は格が違いすぎた。
……ごめん、メリッサ。僕は君を助けられなかった。
……ごめん、フィオナ。もう家には帰れそうにないよ。
『スキルを獲得しました』
……いまさら、少しくらい強くなったところで……
『懲罰の炎』
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