18:たすけにきて
不快な表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
今日はとってもいい日だ。久しぶりに偶然アルと出会って話ができて、元気そうな姿を見て、彼が冒険者を辞めるつもりじゃないってことが分かった。
しかもそれだけじゃなくて、なんとアルはついにレベルアップしたらしい。
これはあたしにとって、とてもとても大事なことだ。
今のあたしの冒険者クラスはB。だから、一緒にパーティを組む相手はDクラス以上でなければならないと決められちゃっている。
だけどアルは冒険者になってから今まで一度もレベルが上がらなかったから、冒険者クラスもずっと最低のFのままだった。
その彼が、とうとうレベルアップした。そうなれば人一倍真面目で努力家のアルのことだ、すぐにDクラスくらいには到達するだろう。
そうしたらあたしは今のパーティを抜けて、アルに「あなたのパーティに入れて欲しい」って言うの。……驚くかな?
これまでずっとお世話になったウォレスやローラには申し訳ないけれど、これが昔からのあたしの望みで、そのために冒険者になったんだから。
二人は強くて優しくて尊敬できる先輩たちだから、きっと話せば分かってくれると思う。……デビッド? 彼はだめ。デリカシーがないから。
アルはあの約束、覚えていてくれるかなぁ。
「どうしたのメリッサ、考えこんじゃって。悩み事なら相談に乗るわよ」
「ううん、何でもないわ。ローラの手料理、楽しみだなぁって思ってただけ」
「なに言ってるの、メリッサも手伝うのよ。女の子なんだから、簡単な料理くらいは覚えなきゃ」
「あはは……」
明日と明後日はパーティの活動がお休みなので、今夜はローラのアパートにお泊まりだ。
料理上手な彼女の作るご飯を食べて、二人でゆっくりお喋りをして過ごす。さっき今夜の食材と一緒に甘いお菓子もたくさん買い込んだので、それも楽しみのひとつ。
ああー、今日はほんとうにいい日だ。
◇
大荷物を抱えてローラの部屋にお邪魔し、テキパキと動く彼女の指示に従って料理のお手伝いをする。
あたしは料理はあんまり得意じゃない……ううん、正直言うと苦手なんだけど、確かに彼女の言う通り、できるようになっておいて損はないとは思う。
だってもし、アルとパーティを組んだら、あたしが彼にご飯を作ってあげることだってあるかも知れないじゃない。……そうよ、頑張らなきゃ。
「おおっ、今日は気合入ってるじゃない、メリッサ。……でも残念ながらそれは塩じゃなくてお砂糖なんだけどね」
「えっ? ……ああああぁぁっ!? ど、どうしようローラ?」
「大丈夫大丈夫、ここから大胆にメニュー変更!」
「あうぅ」
そんな感じでローラに迷惑をかけながらも、夕食の準備は無事に整った。料理はどれもあたしが手伝ったとは思えないくらい、とても美味しそう。
二人でテーブルにお皿を並べ、席に就く。するとローラが、私の前に綺麗なグラスを滑らせてきた。
彼女はワインの瓶を手にしてニコニコしている。
「今日はメリッサも飲んでみる? もう15歳なんでしょ?」
「えっ。でもあたし、お酒は飲んだことなくて……」
「何事も経験よ。ここにはメリッサと私だけなんだから、何かあっても大丈夫。ちょっとだけ付き合ってよ」
うーん、でもお酒かぁ。
……そう言えばあたしが15歳ってことは、当然アルも15歳なのよね。アルもお酒を飲んだりするのかなぁ。そしてあたしも、ひょっとするとアルと二人で……?
も、もしそうなった時にあたしだけお酒の飲み方を知らずに酔いつぶれちゃったりしたら、いろいろ大変じゃない?
……じゃあ、ほんのちょっとだけ。
そう答えてグラスを差し出すと、ローラが嬉しそうにワインの瓶を傾けた。
「はい、メリッサにはちょっぴりね。それじゃ、乾杯ー」
あたしのグラスにほんの少し、そして自分のグラスにはなみなみと赤いワインを注ぐと、ローラはそれを一息で飲み干した。
そして満足そうにグラスを置くと、ふぅと幸せそうな吐息を漏らす。すごく美味しそう。……やっぱり美味しいのかな?
「さぁ、メリッサも」
「うん」
ローラに勧められて、あたしも同じようにグラスの中身を呷る。
刺激のある液体が喉へ流れ込み、むせそうになるのを何とか耐えて飲み込んだ。……うえぇ。なにこれ苦いよ。熱が出た時に飲む薬みたい。
「おっ、いい飲みっぷり。お味はどう?」
「うーん。……あんまり好きではない……かも」
「そうね、まあ最初はそんなものよ。はい、お水」
「ありがとう」
分かってたのなら飲ませないでよ、という文句を口の中の苦味と一緒に水で流し込み、お口直しの料理に手をつける。
今日のメインは奮発した白身魚のクリーム煮だ。ウキウキした気分でお皿の横のフォークを取ろうとして、けれどあたしの右手は狙いを大きく外し、空のワイングラスを突き飛ばした。ガシャン、と器のぶつかる音がする。
「あらら。たったあれだけで酔っちゃった?」
「ろーやぁ。あらひ、らんはひぇん」
変だ。思ったように言葉が出てこない。頭の芯が重い。目の前の景色がぐにゃぐにゃ歪む。体に力が入らない。
何よこれ、嫌だ。怖い。
意思に反してあたしの体はずるずると椅子から滑り落ち、床に倒れた。
それをローラが引っ張りあげて…… 違う、これはローラじゃない。誰?
「おい、こりゃあクスリの飲ませすぎじゃねぇのか?」
背中の方から太い声が聞こえて、あたしの体はベッドに投げ出された。
……デビッドだ。なんでデビッドがローラの部屋にいるのよ。
「……だって、魔法を使われたら困るから……」
「とは言っても、少しは抵抗できるようにしておいてくれないと面白くないんだけどな、ローラ?」
ウォレスもいる? ……何? みんな何の話をしてるの!?
「その点、ロバートの店は良かったよなぁ。どんだけ無茶やっても、金さえ払えばそれで済んだしよ」
「それはそうだが、なくなったものはしょうがないさ」
「……らい? ……らんろはやひ……」
「ごめんねメリッサ。本当はこんな事したくないけど……私はウォレスたちの命令には逆らえないの」
「ま、お前もすぐにそうなるけどな、メリッサ。これが何だか分かるか?」
デビッドがそう言ってあたしの顔の前にちらつかせたのは、拳ほどの大きさの黒い筒だ。
もちろん、それが何なのかあたしには見当もつかない。
「知らねぇだろ。これはな、隷属紋を刻む魔道具だ。人を奴隷にするための道具だよ」
デビッドが得意そうな顔でニヤニヤ笑っている。
何なの、みんなさっきから何言ってるの? あたしをどうするつもりなの!?
ローラもウォレスもデビッドも、まるっきり知らない別人になってしまったみたいな感じがして、怖くて悲しくて、あたしは泣きそうになる。
すると今度はウォレスが、ローラの腕を掴んで顔を近づけてきた。
「さて、それじゃあ今から、君の身に何が起こるか教えてあげよう。よく見ておいで」
優しく紳士的で正義感が強いはずのウォレスが、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべ、大きく舌を出してローラの二の腕を舐めた。
嫌だ。気持ち悪い。そんなの見たくない。もうやめてよ!
がぶり。
ウォレスがローラの腕に噛み付いた。
それは悪ふざけだとか、あるいは相手に苦痛を与えるためにするようなものではなく、ただただ単純に、食べるための行為だった。
ウォレスの歯は容赦なくローラの白い腕に食いこんで、肉を引きちぎった。大きな傷口から血が流れ出して、ローラは押し殺した苦痛の呻きを漏らす。
くっちゃ、くっちゃ。……ごくり。
口の周りを真っ赤に染めたウォレスが、ついさっきまでローラの一部だったものを咀嚼し、飲み込んだ。うっとりとした表情で。信じられない。
さらにはデビッドも、ローラの反対側の腕に噛み付いている。
……人じゃない。化け物だ。みんな化け物になってしまった。
「……だ、大丈夫よ。痛いのはすぐに慣れるし、傷は残らないようにちゃんと私が治すから。ね?」
「安心しな、何もただ齧って終わりじゃねぇ。そのあとはたっぷりと可愛がってお前も気持ちよくさせてやるぜ、メリッサ」
……そんなの嫌だよ。やめて、お願いだから。みんな正気に戻って。
「さて、まずは一口味見をしてから奴隷化しようか。ローラみたいにね」
……嫌っ! 怖いよ! 助けて! お願いっ、たすけにきて、アレックスっ!!
………………………………っ!!
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