17:本当のことは話せない。
今日は悪人狩りを休みにして、久しぶりにダンジョンに来ている。
理由は大きく二つ。一つには、冒険者である以上、定期的に冒険者ギルドで依頼を受けるか、魔石の売却をしなければいけないから。
これをあまり長い間サボっているとペナルティを受けたり、最悪の場合は冒険者資格を取り上げられたりしてしまう。それで何が困るかと言えば、冒険者ギルドを通じて得られる様々な特典や補助を受けられなくなってしまうことだ。
例えば今朝、僕がアルテアの街からダンジョンに来るまでに乗ってきた乗合馬車。これは普通に利用すれば小銀貨1枚、500ランの運賃を取られるけど、冒険者登録証を提示すれば無料で乗ることができる。
それに僕の住んでいるおんぼろアパート。これだって、冒険者ギルドの仲介で家賃が割引されている。
冒険者であればそれ以外にもいろんなところで割引が効くので、お金のない僕は冒険者資格を失うわけにはいかない。
そしてもう一つの理由は、単純にお金を稼ぎたいからだ。
悪人を倒しても幾らかの硬貨を得られるけど、実はこれが意外に少ない。最初は倒した悪人の所持金だけがその場に残されているのかと思ったけど、それにしては毎回毎回その額が少なすぎる。
今まで倒してきた悪人の誰一人として、小金貨の1枚すら持ってないってことはまずありえないと思うんだ。いや、そう言う僕も持ってないんだけどね?
まあそんなわけでとにかく、悪人狩りで得られる収入だけでは暮らしていけないというのが実情だ。今はフィオナもいるから余計にね。
だから、時々はこうしてダンジョンに来てガッツリ魔石を集めて、ある程度まとまったお金を手に入れておく必要があるんだ。
「ヤッ!」
「ブギィ!?」
二本足で立ち、僕とそう変わらない背丈の豚に似た魔物、オークの背後から忍び寄り、頸動脈を斬り裂く。その傷口から大量に流れ出る血にも構わず、オークは振り向いて石斧を振りかぶる。
僕はその斧が振り下ろされる前に、オークの心臓を剣で刺し貫いた。その分厚い胴体に半分ほど刀身が埋まったところで素早く引き抜き、身を低くして躱す。
するとブゥン、と唸りを上げて大きな石斧が宙を切り、その重みに引き摺られるようにしてオークの体が石の床に倒れ落ちる。
オークはすぐに地面に吸い込まれるようにして姿を消し、そこには親指ほどの大きさの赤い魔石が残された。
僕はいま、ダンジョンの地下3階で魔物狩りをしている。この階層で出現する主な魔物はゴブリン、巨大アリ、そして今のオークだ。
オークはこの階層では最強のDクラスに属する魔物だけど、【隠密】と【奇襲】スキルのお陰でそれほど危険を冒すこともなく倒すことができている。
そしてDクラスの魔物を単独で倒せるってことは、つまり僕の実力もDクラス並みってことだ。悪人特化型スキルのことはひとまず置いて、レベル16で【剣術】スキルのレベルが3、そして冒険者クラスDと言うのは、僕の年齢からすれば平均的なステータスだろう。
だけどそれでも、ほんの1ヵ月ちょっと前にはFクラスのゴブリンにすら苦戦を強いられていた事を思うと、すごく感慨深いものがある。
この調子で毎日オークを狩っていれば、すぐに僕の冒険者クラスはE、そしてDに上がるだろう。だけど実のところ、上の冒険者クラスを目指そうという気持ちはもうあまり湧いてこない。
何より、今の僕は2日も3日も悪人狩りをサボっていると、レベルダウンしてしまう。こっちの方が冒険者クラスなんかより遥かに重要だ。
◇
「お待たせしました。お持ち込み頂いた魔石55個の合計が518フェットでしたので、買取価格は25900ランになります。討伐お疲れ様でした」
ダンジョンに併設された冒険者ギルドの受付で、集めた魔石を換金する。
営業スマイルの受付嬢さんが差し出したトレーに乗っているのは、10枚ほどの銀貨と銅貨。そのうち5枚が5000ラン大銀貨だ。悪人狩りでは滅多に見かけない高額貨幣なので、同時に5枚も手に取るとちょっと昂奮する。
ちなみにこの5000ラン大銀貨が2枚で小金貨1枚になるんだけど、普段の買い物とかでは銀貨の方が利便性が高いので、余程のことがない限り冒険者ギルドでは金貨を払い出さない。
報酬を金貨で受け取ったりするのは、もっともっと上のクラスの人たちだけだ。それこそ、メリッサたちみたいなAクラスパーティとかね。
……さて、今日はもう十分に稼いだ。
もういい時間だし、フィオナに頼まれた買い物を済ませて早く家に帰ろう。
◇
乗合馬車でアルテアの街に戻り、その足で市場へ向かう。
フィオナには、「魚の干物、安く売っていれば買ってきて」と頼まれている。魚なんて、もし自分で料理をするなら絶対に買わない食材だ。
新鮮な生魚は、僕なんか……と言うより普通の庶民には到底手の届かない贅沢品だし、干物だって僕から見れば高級食材だ。
それが僕にも買えるレベルの値段で売られているということは、それはもうすぐに売り捌かなきゃいけない痛みかけってことなので、かなりキツい臭いがする。
でもフィオナならきっと、そんな干物でも上手に調理して、美味しく食べられるようにしてしまうんだろう。
今日買って帰れば明日の晩御飯になるだろうか。楽しみだな。
「ああっ、アルーっ! 最近ぜんぜん見かけないじゃない、どうしてたのよ!」
市場で魚屋さんを物色していると、突然大声で呼びかけられた。
うん、振り向くまでもない。この遠慮のない大声はメリッサだ。返事をする間もなく、彼女はすぐに僕の側まで駆け寄ってきた。
「久しぶり、メリッサ。そんなに心配してくれなくても、何とかやってるよ」
「……そう? まあ、今日は元気そうね。こんなお店を覗いてるってことは、ちゃんとご飯も食べてるんだろうし」
「まあね。メリッサも買い物?」
「そうよ、ローラとね」
ローラって、誰だっけ? 一瞬首を傾げかけたけど、すぐに思い出した。メリッサのパーティメンバーの女の人だ。ここから4軒ほど向こうの店の前で、こっちに向かって小さく頭を下げているのが見える。
確か回復術士だったと思うけど、なんか影が薄いんだよな、あの人。
「……ねぇ。アルは最近、仕事の方はどうなの? この前も聞いたけど、ここのところあんまり冒険者ギルドで姿を見ないから、その…… ちょっと心配で……」
「気にかけてくれてありがとう。でも大丈夫だよ。今日もダンジョンに行った帰りだしね」
「えっ? ……あ、そう? ……そうなんだ。なぁんだ、じゃあ、ちょっとすれ違っちゃってただけなのね。よかった、安心したわ!」
少し言い難そうに僕の仕事のことを尋ねてきたメリッサだけど、僕の答えを聞いてまた一気に調子を取り戻した。
まあ、今日はたまたまで、実のところは10日に1回くらいしか行ってないんだけどね。嘘をついたわけじゃないんだけど、なんだか騙してるような気がして心苦しいな。
たぶんメリッサは、幼馴染として純粋に僕のことを心配してくれているんだろう。僕が5年も冒険者を続けていながら全く成長しない、「万年レベル1」だから。
それなら、レベルが上がったってことを教えれば、彼女も少しは安心するかな? 全部を包み隠さず、ってのはさすがに無理だけど。
「実はね、メリッサ。最近とうとうレベルが上がったんだ」
「……えっ? ……本当に? ……そ、それで、いま幾つなの?」
「レベルは……5。それに、剣術スキルも覚えた」
「えええぇーっ!? すごい、やったじゃないアル! おめでとう、なんだかあたしもすっごい嬉しいっ! あはは……」
本当はレベル16なんだけど、それを教えるとややこしいことになると思ってかなりサバを読んだ。普通は1ヵ月やそこらでそんなにレベルは上がらないから。
だけど、メリッサはそれでも、僕の方が恥ずかしくなるくらい大袈裟に喜んでくれた。……ちょっと目尻に涙まで浮かべて。
「メリッサ、もういい? ちょっと荷物を手伝って欲しいんだけど」
「あー。ごめーん、ローラ。すぐ行くから待ってて! ……ごめんねアル、ローラを待たせちゃってるからもう行くわ。この続きはまた今度、なにかお祝いさせて。じゃあね!」
「うん、ありがとう。……じゃあまた」
大はしゃぎのメリッサに、僕はまた申し訳ない気持ちになりながら別れを告げた。
……僕は彼女に嘘をついている。でも、本当のことは話せない。
そのことを思うと、少しだけ寂しい気分になった。
◇
メリッサと別れ、目的の魚の干物を買って家路を急ぐ。
市場を離れ、もうそろそろ賑やかな大通りから外れて細い路地に入ろうかとしたあたりで、また知った顔を見かけた。
こちらもメリッサのパーティメンバー、Aクラス冒険者のウォレスに同じくBクラスのデビッドだ。
とは言え別に親しい間柄ってわけじゃない。むしろあまり顔を合わせたくはない人たちなので、そのまま横に折れようかと顔を背ける。
そのとき、僕の【気配察知】スキルが悪人の接近を告げ始めた。
……まさか。
気付かぬフリで路地に身を隠し、【隠密】と【簡易鑑定】を発動。
そっと大通りに目を遣ると、そこに二人の大悪人を見つけてしまった。
……一人はデビッド。カルマ値、マイナス1140。
……もう一人はウォレス。カルマ値、マイナス2380。
どうしようもなく不吉で嫌な予感に駆られて、僕は【隠密】をかけたまま、その二人の後を追った。
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