16:もっともっと強くならなきゃ。
「……おはよう。アレックスのおなか、気持ちよかった」
「そ、そう? それは良かった。あはは……」
目を覚ましたフィオナの第一声がそれだった。
どうやら、僕が寝ぼけて彼女のかなり際どいところに顔を押し付けて深呼吸してしまったことは、バレていないらしい。ふぅ、助かった……
「……元気になった?」
「えっ!? ……あ、うん。もうすっかり良くなったよ。ありがとう、フィオナ」
「アレックスの役に立てたなら、嬉しい」
彼女はそう言って、まだ少しだけぎこちない笑顔を見せてくれた。
それから、昨日は結局また晩御飯を食べずに寝てしまったので、何か買ってこようかと思って出かける準備をしていると、フィオナが遠慮気味に僕を呼び止めた。
「昨日作ったご飯があるから、アレックスはゆっくりしてて」
見ると、フィオナが料理の乗った2枚のお皿を持っている。
深皿にこんもりと盛られたそれは、芋と玉ねぎの炒め物のようだ。
「晩御飯、作ってくれてたんだね。フィオナは食べなかったの?」
「うん。アレックスと食べたかったから。……待ってて、温めてくる」
フィオナがちょっと頬を赤らめてそんなことを言い、パタパタと早足で階下へ降りていった。
それを呆然と見送った僕も、ちょっとだけ顔が火照っているのを感じていた。
そして彼女がすぐに火を入れ直して持ってきてくれた料理は、さっき見た通り芋と玉ねぎの炒め物で、それに細かく刻んだ塩漬け肉と香草が入っている。
昨日僕が作ったスープと材料はほぼ同じなのに、断然こっちの方が美味しいよ!
フィオナの料理の腕前に驚いたので素直にそう伝えると、
「久しぶりだったから。失敗しなくてよかった」
と言ってまた少し赤くなっていた。
ところで、この炒め物に入っている香草。僕はこんな食材は買い置きしていないし、フィオナはお金を持っていないはずだから買ってきたわけでもないだろう。
不思議に思ったのでどこから手に入れたのかと尋ねてみると、なんと井戸の周りの草むらに自生していたらしい。知らなかった……
朝食を食べ終わってから、僕はフィオナに昨日の話をした。
例の建物がもぬけの殻になっていたこと、そこで待ち伏せの襲撃を受けたこと、彼らがフィオナの行方を探していたこと、などだ。
「だから安全だと確信できるまで、フィオナは外を出歩かない方がいいと思う。どこにアイツらの目があるか分からないから」
「わかった。アレックスの言うとおりにする。……でも」
「どうしたの?」
そこでフィオナが何やら言いにくそうに口ごもったので、その先を促してみると、
「……ご飯のための買い物を頼んでもいい?」
「もちろんいいよ。フィオナの作る料理は楽しみだ」
「うん。がんばる」
これまで僕はお金もないのに外食ばっかりだったから、フィオナが家で自炊をしてくれるのは正直言ってすごく助かる。
それに、彼女の作ってくれるご飯は美味しいしね。
さて、そして次は僕の番だ。
予想はしていたことだったけど、やっぱり奴らはフィオナを取り戻そうと躍起になっている。
だけどもちろん、僕はそんなことを許すつもりはない。経緯はどうあれ僕が彼女をあそこから連れ出したんだ。僕は他に行くあてのない彼女を守る責任がある。
……いや、違う。そうじゃないな。責任がどうこうじゃない、僕はフィオナを守りたいんだ。あんな奴らにはもう二度と、絶対に彼女は渡せない。
でも、彼女を守り通すだけの力が、まだまだ僕には足りていない。
今日だって、たとえ5対1だろうとあんな三下相手に苦戦しているようじゃ、この先が不安だ。
フィオナのために、もっともっと強くならなきゃ。
◇◆◇
それから20日ほどの間、僕はまた治安の悪い裏通りでコツコツと悪人狩りを続けた。
できる限り先手を取らないように気をつけているのと、毎晩寝る前にフィオナが治癒魔法をかけてくれるので、これまでのようにカルマ値の低下による体調不良も起きていない。
僕の今のステータスは、こんな感じだ。
アレックス 人間族 男 15歳
Lv.16
Kr.97
スキル
剣術 Lv.3
格闘 Lv.1
隠密 Lv.2
奇襲 Lv.2
属性攻撃補正:悪人 Lv.5
属性防御補正:悪人 Lv.3
属性敏捷補正:悪人 Lv.2
属性幸運補正:悪人 Lv.1
気配察知:悪人 Lv.4
簡易鑑定:カルマ値
まず大きなところでは、【剣術】スキルが3になった。これでようやく初級者を卒業だ。
新しく獲得したスキルは【格闘】と【属性敏捷補正:悪人】、【属性幸運補正:悪人】だ。敏捷補正はいいとして、対悪人限定の幸運補正というのはいったい何だろう? この先、上げていいのか悪いのかもよく分からない。謎だ。
あとは全体的に、【剣術】や【隠密】などの通常スキルよりも、対悪人特化型スキルの方がレベルが上がりやすいようだ。
特に【属性攻撃補正:悪人】なんか、もうあと少しで上級者の域に入ろうとしてるからね。
それともう一つ、どうやらこの対悪人特化型スキルは、相手のカルマ値が低ければ低いほど効果を発揮するらしいってことが分かった。
逆に言えば、カルマ値マイナス100や200の小悪人には効きにくい。
するとひょっとして僕は、善人に対しては実際のステータスより弱くなるのかも? ……まあ、善人と戦うことなんてないから関係ないけどね。
フィオナは毎日、部屋で僕の帰りを待っててくれている。
外に出られないのは退屈だろうけど、まだ安全とは言い切れないのでもう少し我慢してもらうしかない。
そしてフィオナの料理は、相変わらず何を食べても美味しい。
とは言っても別にプロ並みの腕前だとか、高級料理店にも劣らないとか言うわけじゃない。いや、高級料理店なんて入ったこともないけどね。
ただ彼女の手にかかると、塩辛くてちょっと臭いの気になる安物の塩漬け肉が、まるで生肉みたいに柔らかくて癖のない料理になるんだ。
その秘訣を彼女に尋ねると、アパートの周りの草むらで摘んだ香草のお陰だって言うんだけど、それも僕の目には他の雑草と全然区別がつかない。
フィオナがそういった香草をたくさん窓際で干しているので、僕の部屋はとてもいい匂いがする。掃除も行き届いていて、もう自分の部屋じゃないみたいだ。
「……んんぅ…… っん」
「おはよう、フィオナ」
「んんー。……おはよう。……すぐ起きる、もうちょっと待って」
今朝もフィオナは僕のお腹を枕にして寝ていた。二日目以来、その寝心地が気に入ってしまったらしい。
寝る時には、毎晩フィオナの掛けてくれる治癒魔法がとても気持ちよくてすぐに熟睡してしまうから別に問題はないんだけど、朝起きた時にこうして密着されているのに気づくといつもドキッとしてしまう。
おまけにちゃんと食事を採るようになったせいか、ここのところフィオナの体つきもちょっと女の子らしくふっくらとしてきたりしていて、もう色々なことがヤバい。
……自制心、自制心……
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