15:我慢できない、やっちゃおう。
人がすれ違うのもやっとというほどの狭い路地で、5人の悪人に左右を挟まれた。逃げ道はない。
外で待ち伏せを受けるとは思わなかった。迂闊だった。
悪人たちのカルマ値は200から800と言ったところで、大物はいない。昨日、3階で倒した男たちと同程度だ。
身のこなしから見てもそんなに強そうではないけれど、相手は人数が多いし囲まれてもいる。かなり厄介な状況だ。
「答えろ! 誰に頼まれてここへ来た!?」
「オデット商会のホランドだろ、分かってんだぞ!? あいつはどこに隠れてる!?」
「ここから攫って行った青い髪の娘も、そこに一緒にいるんだろ!?」
「こっちはあの変態野郎のお陰で店を畳まなきゃいけなくなったんだ! 奴を庇えばお前も命はないぞ!」
「おうよ。あいつの家族と同じように、生きたまま火に投げ込んでやる!」
「知らなきゃ教えてやるが、この店の常連にゃ偉いお貴族様や名の知れたAクラス冒険者も……」
「お前ら、ペラペラと余計なこと喋ってんじゃねぇ!」
ちょっとよく分からないけど、どうやら僕が昨日この建物を襲撃してフィオナを助け出した張本人だとは思われていないらしい。
僕は襲撃犯に雇われて様子を見に来ただけの下っ端、ってところか。でもまあ、もしそうだとしても、この男たちが僕をこのまま見逃してくれるわけもない。自力でこの状況を切り抜けなきゃいけないって事に変わりはないな。
僕は男たちの質問には一切答えず、黙って剣を抜いた。
「上等だ、小僧!」
「この状況で勝てるとでも思ってやがんのか!?」
「ふざけやがって、じっくりとなぶり殺しにしてやる!」
「馬鹿野郎、口を割る前に殺すんじゃねぇぞ!」
「オラ小僧、やれるもんならやって……ガハァアァッ!?」
大騒ぎしながら剣を抜く男たちの僕から見て右側、二人いるうちの一人を斬り倒す。こんな簡単に先手を許すなんて、そっちも油断しすぎだよ。
僕の素の【剣術】スキルはレベル2でまだまだ初級者レベルだけど、【属性攻撃補正:悪人】レベル3のおかげで悪人に対してだけは中級剣士並みの腕前を発揮できる。おまけに【奇襲】スキルの活躍もあっての成功だ。
そして倒れた男の奥にいるもう一人を空振りで牽制し、素早く振り返る。するとちょうど左側の先頭にいた男が剣を振り下ろしてきたところだったので、その右腕に斬りつけた。
「つぁっ!」
「うおっ!?」
躱しそこねた男の剣が僕の左肩を浅く切って行く。これも【属性防御補正:悪人】の効果で軽傷で済んでいるけど、そうでなければこの一撃でもう僕は戦闘継続不能だ。
そして逆に僕の剣は男の右腕を捉え、深い傷を負わせる。男は剣を取り落として腕の傷口を押さえた。この細い路地では痛みに狼狽えるその男が邪魔になって、二人いる後続が前に出られない。
そこで僕はまた振り返り、さっき牽制して接近を止めておいた右側の残り一人と切り結ぶ。何合か打ち合い、お互いにあちこち傷を作った末に何とかこの男も倒し、これで残ったのは左側の3人だけだ。もう挟み撃ちされる危険もない。
頭の片隅でステータスを確認してみると、二人を倒した時点で僕のカルマ値は22まで減っていた。これほど大幅に減ったのは、最初の一人を奇襲で倒したからかも。
だけど残りは3人、うち二人は剣を構えて戦意を漲らせている。このまま全員倒してもそれほど酷いマイナスにはならないだろう。
それに何より、僕の姿を見られたからには生かしておくわけにいかない。
……そこから敵の全滅までには、3分も掛からなかった。
◇
……頭が痛い。軽く吐き気もする。
戦闘後には結局、僕のカルマ値はマイナス8まで落ちた。
だけど世の中には、マイナス1000を下回るカルマ値でも平気でいられるヤツがいるってのに、たったのマイナス8でこんなに気分が悪くなるなんて納得がいかない。
僕は低いカルマ値に耐性がないのかなぁ……?
狭い路地で待ち伏せしていた5人を倒したあと、追跡の可能性も考えて、僕は【隠密】を使って入り組んだ路地をあちこち歩き回った。
その遠回りで時間がかかったこともあって、日が落ちて家に着いた頃には、僕はもうフラフラの状態になっていた。
ああ、フィオナに晩御飯を買ってくるのを忘れちゃった……
「……ただいま……」
「アレックス? たいへん、ひどい怪我」
「ごめん、フィオナ…… 晩御飯を買い忘れて……」
「ご飯なんていい。早く横になって。治療する」
部屋に入り、酷く心配そうな顔のフィオナに体を支えられると、そこで一気に力が抜けた。
フィオナの小さな体に寄り掛かりながら、どうにかベッドまで辿り着き、その上に倒れ込む。
「ありがとうフィオナ、もう大丈夫だ。一晩寝れば、きっと……」
「だめ。わたしがアレックスを治療したいの。じっとしてて」
ベッドで仰向けになって目を閉じていると、ごそごそと物音がして頭を持ち上げられ、その下に何か柔らかなものが差し込まれる。
続いて額にひんやりとした小さな手の置かれる感触があって、それだけで急激に体が軽くなったような気がした。
本当にそれはとても心地よくて、温かくて、さっきまでの不快感が嘘のように、僕は穏やかな気持ちで眠りに落ちていった。
◇◆◇
……朝だ。すごく気分がいい。痛むところもない。
それに、今日のベッドも昨日に増して気持ちがいい。
枕はちょうどいい高さと弾力で、さらさらした不思議な触感だ。それに僕の胸からお腹のあたりにかけて、ふわふわと柔らかくて温かいものが掛けられている。
それは毛布とはまた違った重量感があって、なんだかいい匂いがして、触っていると思わずぎゅうっとしがみつきたくなってしまう。……我慢できない、やっちゃおう。
僕はその柔らかいものを抱き寄せてそこに顔をうずめ、大きく深呼吸した。
……ぎゅううぅーっ。すううぅーっ、んふぅぅーっ。
「……んぅ……っ…… ふぁぅ……」
な、なに、今の!?
慌てて目を開けて、状況を確認する。寝起きでハッキリしない頭で考えた末に出した結論は、こうだ。
まず、僕が枕だと思っていたもの。これはフィオナの太ももだ。そして僕のお腹の上にあるのは、彼女の上半身。頭が向こう側にあるので、顔は隠れていて見えない。
どうやら彼女は僕に膝枕をしたまま、僕に覆い被さるようにして寝てしまったらしい。昨日の朝とはまるきり正反対の体勢だな。
……と言うことは、さっき僕がぎゅうってして匂いを嗅いだのは……フィオナの……? うわわわわっ!?
お読みいただき、ありがとうございます!
もしもこの作品を読んで面白そう、と思われた方は、
ブックマークやこの下の★★★★★マークで応援して下さい!




