13:とっても暖かい
空色の髪の女の子、フィオナの治癒魔法のおかげで、すっかり体調は元に戻った。
いや、ここ何日かずっとスッキリしなかった頭痛や不快感もなくなっているので、元の状態以上に調子がいい。
ふと気になってステータスを確認してみると、昨晩マイナス162だった僕のカルマ値が、プラスの60にまで回復している。もちろんあの『悪人』表示も消えていた。
もしかするとこれもフィオナのお陰なのかな?
今から思えば、僕の体調不良はカルマ値がゼロに近づいたあたりから始まっていた。昨日あれほど苦しかったのは、短時間に大幅にカルマ値が下がってしまったためなのかも知れない。
僕はこれまで、悪人狩りをする時には、相手を誘い出して絡まれたり脅されたりしてから倒していた。
だけど昨日はさすがにそんなことをする余裕はなく、先手を取って不意打ちをしたり、無防備な相手を倒したりもした。たぶんそれが、一気にカルマ値の下がった理由だろう。
そのあたり、今後はもうちょっと気をつけていかなきゃな。
それはそうと、体調が良くなると急にお腹がすいてきた。そう言えば昨日の朝食を食べたきり、その後は一切何も口に入れていない。
その朝食だって、あのとき全部吐いちゃったもんな。
「お腹がすいたから、とりあえず何か買ってくるよ。フィオナも食べる?」
「ううん、いい。わたしは……」
くきゅうるるるるぅっ。
遠慮でもしたのか、断りかけたフィオナだけど、体の方は正直だ。
彼女は自分のお腹を不思議そうな顔で見下ろしている。
「よし分かった。できるだけ急ぐから待っててよ」
「うん、ありがとう。……あの、アレックス、お水はどこ?」
「水汲み場? それなら炊事場の裏手に井戸があるよ。汲んでこようか?」
「ううん、自分でするから、大丈夫」
「そう? じゃあ行ってくるよ。階段の縁は滑るから気をつけて」
「うん、行ってらっしゃい」
扉口でフィオナの見送りを受けて、僕は朝ごはんを買いに出かけた。
行ってらっしゃい、だって。……へへっ。何かいいなぁ。
◇
朝早いこの時間の市場は、仕事に出かける人たちのために手軽に食べられて腹に溜まり、おまけに安い食事を提供する店がたくさん出ている。
僕はその中の一つを選んで列に並び、切り込みを入れたパンに炙った肉の薄切りと野菜を詰めこんだものを二つ買った。一つが300ランもするのは少し高いと思うけど、今日くらいはちょっと贅沢してもいいよね。
そのパンを抱えて帰る道すがら、ふと道端の古着屋に目が留まる。
そう言えばフィオナの着ていた服は、まるでまだ真夏みたいな薄着だった。今はもう秋口なので、昼間はいいけど朝晩はあの格好じゃ寒そうだ。
あんまりお金に余裕はないけど、治癒魔法をかけてもらった恩もある。ちょっと奮発して暖かそうな服を一着、買って帰ろう。
「ただいま、フィオナ。朝ごはんを買ってきたよ。それから……」
「……あ」
勢いよくドアを開けて部屋の中に入ろうとすると、床の上に置いたタライの前にしゃがんでいるフィオナと目が合った。
彼女はたぶん、着ていた服を洗濯しているところで、一着しかない服を洗濯してるってことは、その服は今はもう脱いじゃってタライの中ってことで、つまり、その……
「……ご、ごっごごごごっご、ごめんっ!」
慌ててドアを閉めなおす。
は、裸だった! 洗濯の前には行水をしていたのか、空色の長い髪はしっとりしてて、真っ白な背中とか太ももとか、お、おしりとか、もう完全に丸見えだった!
胸は残念ながら隠れてて見えなかったけど…… いや残念とか言ってる場合じゃなくて! と、とにかく…… どうしよう?
「ごめん、間に合わなかった。もうちょっと待ってて」
僕がパニクっていると、ドア越しにフィオナの少し慌てたような声が聞こえてくる。
あれっ、意外に普通? 少なくとも怒ってたりはしてないみたい。
「こっちこそ、ノックもしないで悪かった。着替えが終わるまで外で待ってるから」
「……あっ。……そうだ、着替えがない……」
うん、そりゃそうだ。今洗ってる服が乾くまで、着るものがないよね。
……っと。そういえばさっき、フィオナのために古着を買ってきたんだった。さっそくこれが役に立つじゃないか。買っててよかった。
「ちょうどフィオナに服を買ってきたんだ。もし良かったら、これを着てみてよ」
「服…… わたしに……? いいの?」
「うん。フィオナの着てた服はこれからの季節、少し寒そうだったから。サイズが合うといいんだけど」
そう言って僕は、部屋の中を見ないように気をつけながら、さっき買ってきた服を少しだけ開けたドアの隙間から押し込む。
するとさっそく、閉じたドアのすぐ側でごそごそと物音がし始めた。
いや何もそこで着替え始めなくたって…… さっき見ちゃったばかりだし、変な想像しちゃうじゃないか。
できるだけ頭の中を空っぽにするべく悪戦苦闘しながらしばらく待つと、向こうからカチャリとドアが開く。
そのドアに半分隠れるようにして姿を見せたフィオナは、今更ながらに頬を赤くして、ちょっとモジモジしていた。
「…………」
「…………」
き、気まずい。なにか喋らなきゃ。
「あー、うん。サイズは良いみたいだね。よく似合ってる」
「うん、ぴったり。ありがとう、アレックス。……とっても暖かい」
実際、服のサイズが合ってるかどうかなんて、僕には見ただけじゃ分からないんだけどね。
でもそうして沈黙が破られるとそのぶん緊張も薄れたようで、フィオナはまだ半分ドアに隠れたまま、少し気恥しそうに微笑んだ。
それはちょっとぎこちない笑顔だったけど、ドキッとするくらいに可愛かった。
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