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10:変だよ、おかしいよ、こんなの。

 マイナス1530という破格のカルマ値を持った商人風の男を追って、僕はいかがわしい雰囲気の店が立ち並ぶ区域に足を踏み入れた。

 そこでその男が一軒の、なんの看板も上がっていない建物の扉を潜るところを見たものの、扉の前には見張り番らしきカルマ値200程度の小悪人が二人居座っていて、どうもそれ以上の追跡は難しそうだ。


 そしてそれ以前に、僕みたいな子供がこんな色街をうろついているのは、どうしたって目立ってしまう。

 いちおうこれでもギリギリ成人の年齢だから、難癖つけられたり摘み出されたりってことはないだろうけど。


 ともあれそんなわけで僕は、商人風の男が入って行った建物の玄関が見通せる狭い路地に隠れて、再び出てくるのを待つことにした。



 ◇



「……嘘だろ……またマイナス1200台だ……」


 追跡のため細い路地に身を隠していることも忘れて、思わず呟きが漏れる。


 商人風の男が入って行った建物を見張り始めて3時間(ジーン)ほど。次第に周囲が薄暗くなってきている。

 いったい中で何をしているのか、目的の男はまだ出てこないけど、ここまででなんと他に3人ものカルマ値マイナス1000超えの悪人が同じ建物に入って行くのを見た。


 ……つまり今、少なくとも4人の大悪人があの建物の中にいる。

 そう考えるともう居ても立ってもいられなくなって、僕はその建物に忍び込むことに決めた。




 見張り番の隙を見て、その建物と隣の建物の隙間に滑り込む。


 どこかに忍び込めそうな場所はないかと見渡せば、最上階の3階の窓が一ヵ所、少しだけ開いているのを見つけた。そしてそこから少し離れたところに雨樋が通っている。

 この雨樋を使って上まで登り、壁の出っ張りを伝っていけば、何とかあの窓まで届きそうだ。

 僕はできるだけ大きな音を立てないよう慎重に、壁を登り始めた。




 しばらくして辿り着いたその窓は、両側に等間隔にドアの並ぶ廊下の突き当たりにある通気窓だった。

 廊下に人影がないのを確認してから中に入る。両側に並んでいる部屋からは、物音ひとつ聞こえてこない。だけど、そこが無人じゃないことは分かっている。僕のスキル【気配察知:悪人】に反応があるからだ。

 ぼくはその悪人たちの気配の中から、あの商人風の男、カルマ値マイナス1350の反応を探った。


「……いた。この部屋だ」


 小さく呟いて、ひとつの扉の前で足を止める。標的は間違いなくこの中だ。

 あの男がこの部屋の中で何をしているのか、それはこの周辺の店構えを見ればだいたい見当はつく。僕自身には経験はないけど、ここはお金を払って女の人と……そういう行為をする場所に違いない。

 今、もしあの男がその行為の真っ最中だとすれば、隙を突くのは簡単だろう。


 呼吸を整え、試しにドアノブをゆっくりと回してみる。

 すると意外にも鍵は掛かっておらず、ドアは音もなく開いた。


「……ハッ、ハァッ、ハァッ、ハッ、……ヒヒッ。いいぞ……ああぁ……いいィ臭いだァ……」


 部屋はよほどしっかりと防音されていたらしく、薄くドアを開いただけで、荒い息遣いと恍惚とした男の声が盛れ出してくる。

 それと……なにか、変な臭いが……


「…………ッ!!?」


 中の様子が窺えるほどに扉が開くと、僕の視界に入ってきたのは…… 想像もしなかった、おぞましい光景だった。

 床の上で、裸の男が同じく裸の女の子を組み敷いている。……ここまでなら予想の範囲内だ。直に見るのは初めてだけど特に驚くことでもない。


 だけど…… 血があんなに飛び散って…… 内臓が…… あぁ、顔も…… なんなんだよ、変だよ、おかしいよ、こんなの。

 ……なぁお前、なんでそんなふうに笑ってられるんだよ?


「うああああああああぁぁぁっ!」

「イひヒィいいぃ!?」


 僕は今の状況も忘れて、無我夢中で男に飛びかかる。

 男は血塗れのナイフを持っていたけど、抵抗する間もなく僕の剣に頭を割られて消え去った。

 そして、血溜まりの中で肉片と汚物にまみれた女の子……は、もう生きていなかった。


「……っぷ」


 僕はその場に膝をつき、お腹の中のものを全部吐き出した。




「何だ、何の騒ぎだ!?」

「男の悲鳴だ!」

「ドアが開いてるぞ、あの部屋か!?」


 それからすぐに、廊下から騒がしい声と足音が聞こえてきた。

 僕は急いで立ち上がって扉口へ移動すると、部屋に駆け込んできて目の前の無惨な光景に思わず立ち竦む二人の男に斬りかかった。


「あガッ!?」

「……な、何だこのガキ!」


 首尾よく一人を不意打ちで倒し、残る一人も動揺から立ち直る前になんとか片付ける。

 男たちが消えてから廊下に出ると、ちょうど侵入して来た通気窓の手前にある部屋の扉が開きかけたところだったので、僕は反射的にその反対側へと走った。

 その突き当りには、下の階へ降りる階段がある。迷わずそれを1階まで駆け下りた。


「おい、今、上から何か声がしなかったか?」

「どうせまた扉の閉め忘れだろ。上にはダンとテリーがいるんだ、任せときゃいいさ」

「そんなこと言って、ボスの留守中にもし何かあったら全員タダじゃすまねぇぞ?」

「よし、そんじゃ俺とボブが行く。お前らはここを見張ってろ」

「なんで俺だよ? 俺は行かねぇぞ」

「よっしゃ、サイコロで決めようぜ」

「もう、誰でもいいから早く行けってばよぉ」


 階段から廊下へと飛び出す寸前、大勢の声が聞こえてきたので慌てて姿を隠す。

 気配を探ると、1階には少なくとも5人の悪人がいるみたいだ。それに加えて表に二人か、これじゃ強行突破は難しいぞ。いったん2階に戻って、そこの通気窓から脱出する方がいい。


 ……くそっ、こんな大事な時にまた頭が痛くなってきた。


 1階の連中が揉めている今がチャンスだ。足音を殺して2階に上がり、廊下に誰もいないことを確認してから突き当たりの通気窓へと急ぐ。


 ガチャッ。


 そのとき不意に、今まさに僕が通り過ぎようとしている廊下の左側のドアが開き始めた。

 考えるより先に勝手に体が動き、僕はそのドアの隙間へと剣を突き入れる。ドア越しにくぐもった呻き声が聞こえ、手には肉を貫く感触が伝わってきた。


「……くっ……!?」


 ズキン、と頭痛が強くなる。脈打つような痛みと、胸のむかつきも酷い。

 僕は歯を食いしばりながらドアの隙間に体をねじ込み、その向こう側で僕の剣に脇腹を貫かれていた男に止めを刺した。


 ……いや、まだだ。


 その部屋にいたのはその男だけじゃなかった。殺風景な部屋の壁際に、もう一人の姿が見える。……見られたのなら、殺さなきゃ。

 頭がガンガン痛んで視界が滲む。だけど相手に動きはない。どうも床の上に座っているようだ。武器は持っていないし、助けを呼ぶ様子もない。これなら楽勝だ。


 僕は剣を構えて、その人影に近付いていく。


 もう少しで剣が届く。


 そのとき、


「わたしを殺しにきたの? ……それなら、早くして」


 ……静かな少女の声がした。

お読みいただき、ありがとうございます!

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