3.食堂じゅうはち(1)
今日は,暑くもなく,寒くもなく。建物と建物の間に吹く風も,多少の砂埃さえ我慢すれば,心地良いくらい。
ここは,カウンターとテーブルが3つという,小さめの食堂。店員は私 ルキと,父親の亀爺。爺とはいうものの,決して,そんな年配な訳ではないんだけど。ちょっと無愛想,でも「旨味」のスキルは高い,と私は思っている。正直,スキルは自分で体感するもので,外から見て判るものではないけどね。でも,「旨味」スキルに関しては,料理を食べてみれば判るよ。
お店を10の刻に開けられるよう,店内の準備をする。椅子をキレイに並べなおし,テーブルの上を拭く。そして,テーブルの上と,カウンターの両脇に,八重草を活けた花瓶を置いておく。薄い黄色の小さな花が咲いているけれど,匂いは弱めなので,料理の邪魔にはならないはず。
最後に,入り口脇に看板を出してスタンバイオッケー!
[食堂 じゅうはち オープン]
「おーい,ルキ。今日のお茶は何にするつもりなんだ」
奥から,父さんが聞いてくる。
「今日は,気持ちの良い一日になるように,粋歩の葉にするつもりー」
柔かい陽気を感じさせる香りも良いし,机に飾った八重草のように黄色がかっているのも良いし。
「そうか。ちょうど鮮度の良い肉も入ったし,これから煮込んでみるか。味付けは薄味にして,素材が感じられるようにしよう。ちょっと手間はかかるけど,きっと美味しい昼ご飯ができるはず。まして、こんな天気の良い日は,お客が店に来るのが少し遅くなるだろうしな」
この食堂では,お父さんが作る料理と私が入れるお茶を出している。といっても,私のお茶は,基本,食後に出すだけ。手頃な値段で,美味しい料理が食べられるので,凄く混雑するほどではないけれど,いつもそれなりにお客さんは来ている。
まだ,10の刻までは早いんだけれど,どうせ店にいるなら,と入り口を開けた。そして、カウンターの端に座り、お茶の準備を始める。葉っぱを軽く炒ったものを,陽の光にあてて2~3日置く。少し青っぽさを残しながらも,草の持つ香りを生かしたお茶を出している。
粋歩の葉は,香り自体はそんなに強くないものの,鼻の奥に抜けるような爽やかさを感じさせてくれる。今日は,あえて草を軽く手で揉み解することで,今日は葉を浸す時間を短めにしようと思う。
カランカラーン
まだ,お客さんが来る時間には早いなと思っていたのに,シオさんが入ってきた。
「亀爺さん。ちょっと早いんだけど良いかな。亀爺さんの料理,食べたくなって、寄ってみたんだけど」
それから,粋歩の葉を揉んでいた私に気が付く。
「あー,ルキ,おはよう。今日のお茶は何?」
「今日は,粋歩の葉よ。いつもより,香りを軽くしようかと思っているの。料理が出るまで、少し時間がかかるから,お茶を飲んで待ってて」
「じゃあ,今日は、料理の前に一杯いただこうかな」
シオさんはニッコリ笑う。
シオさんは、ここで「ひと」として現れて、まだそんなに長くはない。でも、食堂の常連のみんなとも、すぐ仲良くなったし、お父さんの料理も美味しいと通ってくれている。
笑顔が素敵なんだけど、彼が物思いに耽っているときに、ふと目を合わせてしまうと、その奥に覗いてはいけないようなものがあるようで、ドキリとしてしまう。
◆◇◇◇◇◇◇
この店は、高くはないけれど、一手間加えた感じのある、おやじ料理を出してくれる。そして、ルキの笑顔とお茶もある。この店に通う多くの客は、その両方が目当てなんじゃないかと、俺は睨んでいる。
ルキは黄金色の軽くウェーブがかった髪を軽く後ろで結んでいることが多い。瞳の色は、少し茶色がかった黒。大きく笑う口からは、ちょっとハスキーな感じの声が聞こえる。彼女が扱うお茶の葉は5~6種類なんだけど、ブレンドしてみたり、葉の加工を変えたりしてみたりで、同じような見た目のお茶でも香りが全然違うことがあるのはビックリだ。俺も好きな粋歩の葉だなんて、今日の「悪運」スキルは、さっき使い果たしたのかもしれない。
ルキとあいさつを交わして,席に座る。隣にいるルキが,砕いていた葉にお湯を注ぐ。ん~,なんか良い香りがたってくる。爽やかなのに,深みがある香りがしてくる。
「シオ,お茶飲んで待っていて」
「ありがとう。今日のルキのお茶も,良い香りだね。亀爺には,急がなくても良いよって伝えておいて」