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第96話 皇帝ユリオス


 皇帝ユリオスの騎士たちは雪崩れ込んでいたゾンビたちを次々と倒し崩れた城壁の外へと押しやると、城壁外で陣取った。

 魔族たちを総動員し崩れた城壁を元通りに直し、何とか難を逃れた。


 皇帝を前に司たちは膝をつき出迎えるが、二人の将軍は膝をつくことができない。

「セイ国のドリュウ、それにリコン国のアルフレドだな!」

 そんな二人に、皇帝は気さくに話しかけた。


 まさに二人は皇帝の命を狙う敵国の将だというのに、彼は友人を迎える様に肩を叩き力強い握手をする。

「我が国の危機に、いや人類の危機によくぞ協力してくれた」

「ううむ、だが我々は・・・」

 罰の悪そうなドリュウに、ユリオスは笑って答える。


「それはそれ、これはこれだ。精強なるセイ国の兵、だが余の国は揺らぎもせん! そして愚行の代償は支払ってもらう! だがな、人類の危機を共に戦ったセイ国の将ドリュウよ! その義は我が国が滅ぶまで、つまり未来永劫語られることとなろう!」


 ドリュウの目がギラりと輝くと、びりっと背筋を伸ばす。

 ユリオスの度量に震えたのか、それとも未来永劫語られる英雄となれることに喜んでいるのか、どちらにせよ揺るがぬ男が刮目したのは間違いない。


 ユリオスは次にアルフレドに向く。


「リコン国から伝達が来た! リコンは攻撃の意志はなし! アルフレドの単独の行動であり、どのような対処をしようと構わないとな! お前は見捨てられたのだ」

 アルフレドは動揺もせず頷く。

 もともと理解したうえであり、セイ国に保護される約束もつけている。


「よし! ならば我がマリグ帝国へと来い!」


 笑顔で皇帝は勧誘した。

「帝国は今、真に優れた者を求めている! 君だ、アルフレド! マリグ帝国は戦が絶えんぞ!」

 皇帝は、それは楽しげに笑った。


「残念だが、ドリュウに救われた。セイ国へと行くことになっている」

「む、むむむ・・・それは困るな。ドリュウにアルフレドだと? ドリュウ、どうか譲ってはもらえんか?」

「申し訳ないが、それは譲れません」

「うーむ。こりゃセイ国は無視できん国になるな」


 アルフレドの副官であり親友でもあるスレニアが傍に寄ってきた。

「祖国には帰れそうにないな、アルフレド」

「未練はない」

「これも神の思し召しかもしれなんな?」

 アルフレドはやめてくれと顔をしかめた。


 ユリオスの登場で、落ちかけていた士気が一気に上がった。

 ここから逃げ出したいと思っていた兵も、皇帝の明るさに勇気づけられ気合を入れなおしたものも多い。


 ユリオスは、まさしく戦場の皇帝だ。

 声が大きく、よく笑い、人を惹きつける魅力がある。

「ユリオス、どうしてこっちに来たんだ?」

 ユリオスを中央砦に案内しながら、司は訊ねずにはいられなかった。

「臨機応変だよ、我が友よ。助かっただろ?」

 司は苦笑しながらも、頷いた。


 司はユリオスを兄のように慕っていた。

 頭の回転も速く、勘もいいので他者から見れば突飛ともいえる行動を時としてする。優秀な相談役がいるのなら、ユリオスは誰にも負けぬほど優秀な男だ。

「俺の担当の戦場は、まぁ、何とかなる。ある程度奪われようとも、こっちに来るべきだと思ってな」

 今、帝国は二つの戦争を行っている。

 一つはこの場所、ゾンビ対策。

 そしてもう一つが、周辺国の連合軍の進軍を止める。


 連合軍は別段問題じゃなかった。

 来るだろうと待ち構えていたので、華々しい勝利を皇帝であるユリオスの登場で飾る予定だったのだ。


「あちらは予定よりも善戦している。こちらは予定よりも苦戦している。苦戦している場所に現れた方が目立つだろ?」

 そう言って笑った。

 兄であるユリウスは、ユリオスが本気で臨むのならばと、自ら皇帝の地位を譲ったほど無能ではない男だった。


 事実、魔族進軍や軍の解体、現在に至っても帝国が揺るぎないのはユリウスのカリスマあってのことだ。


「助かったよ、これなら3交代から5交代で戦える。手すきも増えれば色々勝手に行動するメンバーばかりだから、一気に楽になってくるはずだ」

「らしくないな、ツカサ! 声が疲れているではないか!」

「正直へとへとですよ」

 司はユリオスに呼ばれ、砦の屋上へで二人きりとなった。


 すると、ユリオスは不意に胸ぐらを掴んできた。

「嘘は不要だ、親友。これは、お前が招いたことだな」

「・・・」

 ユリオスには細かな内容は説明していない。

 あくまでも、魔術学園から逃亡した魔術師が引き起こした事態だと報告している。

「襲い掛かるゾンビも、すべてが! 我が子だ! 今ここで! 死んでいるのは! すべて我が国民である! ツカサよ! これは本当に必要なことだったのか!!!」


 司の知る、お茶らけた兄ちゃんではない。

 皇帝たる、威圧のある視線だ。


「ユリオス、ここにいる英雄たちをどう思う?」


 司は手を払い、砦の屋上から下界を見下ろす。

「並みの連中なら、とっくに瓦解している。ここには本当の英雄がいる。僕とは違ってね。海千山千の英雄たちばかりだ。だからこそ戦えている」

 ユリオスに尋ねる。


「だったら、あのゾンビたちの中には英雄がいなかったのかな?」


 せいぜい3階ぐらいの高さだが、ここからでも砦内の兵たちが息を吹き返しているのが分かる。

「それはない、そんなわけがない。ゾンビとなった者たちの中にも、英雄がいた。きっとここにいる英雄たちにも負けないほどの英雄がいたに違いない。だがどうだ?」


 司は壁の向こうから歩み寄ってくるゾンビを見た。

「このありさまだ」

 大きくため息をつく。

「ユリオス、僕はね、ホッとしているんだ」

「なんだと?」

「ほら見ろ、見たことか、こうなった」


 司は改めて仲間たちを見渡す。

「僕は人を信じていないです。僕は備え、この場にいるはずもなかった英雄たちを揃えることができた。あちらは、備えなかったから英雄たちはゾンビとなった」


 ユリオスは司を殴りつけた。

 司はのけぞりもせず、鼻血の一つも流さない。

「傲慢だ。お前は神にでもなったつもりか?」

「神? 神は何もしてくれない」


 司は、剣を抜いた。

 ユリオス驚きながらも、恐れることなく睨みつける。


「歩まぬ者を救う者は、神ではなく悪魔と呼ぶ。彼らは悪魔に魅入られ、身を滅ぼした」


 司は剣を持ち上げる。


 そこに、砦の下から人間が飛び上がってきて、司に剣を振り下ろした。


「貴様が! 貴様が貴さまがきさまが!!!」

 司は剣を受け止めるも、その力に砦の足場は歪み沈んでいく。

 砦を貫通し、司と襲撃者は地面に叩きつけられた。


「それが、僕に下された評価・・・」

 司は立ち上がり、砦の欠片を払う。


 青いクリスタルの剣を持つ少年は、憎しみの目を向け叫ぶ。

「今、この時を生きている資格はない!」


 司は微笑む。

「そうだな、その通りだ。僕は今、ひどく後悔をしているんだ」

 ジョルジュの後ろでは、砦がゆっくりと崩壊していく。

「あの時、あの場であの男を殺しておけば、こんなことにならなかった。悪魔に魅入られ、手を抜いた。そのせいで、多くの間違いが生まれた」


 少年を敵と定め、剣を向ける。

「後悔はここまでだ。やっちまったもんはしょうがない、当初の目的通りしっかりと整える。ジョルジュ、君はそれを止めに来たんだろ?」

 少年は、肯定するように睨みつけてきた。




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