第95話 高貴なる援軍
砦も、限界に近づいていた。
周辺の死骸の山も横に押しやることが難しくなってきた。
すでに何度も砦に侵入を許しており、丈夫な外壁もガタが来ている。
砦内はどこだろうとべっとりと赤い地面が広がっており、その中に虫が蠢いていようと誰も気にしないようになっていた。
とにかくひどい臭いだ。
腐った肉の臭いは、周辺に腐った肉が積み上がっているのでどうしようもない。
水も食料も、ゾンビ対策も未だ十分ストックはある。
だが、兵士たちの精神がすでに限界だ。
戦争は、相撲のように瞬発的にぶつかって決着をつける。
半日以上、生死のかかった戦いをぶっ通しでやるもんじゃない。
彼らは基本的に重い荷物を背負って移動ができ、連携で戦える訓練をしているだけなのだ。ゾンビ退治は訓練していない。
どうせ同じ素人ならと、学者や吟遊詩人などもすでに戦場に立っている。
すでに想定していたシステムは崩壊している。
安心できるところは、所詮ゾンビであるということだ。
数こそ多いが陣形を整えて突撃してくるわけでもなし、武器を持っているわけでもなし、人間離れした耐久力があるわけでもなし、訓練された兵士なら問題なく次々と殺すことができる。ここに集う戦士たちは、精鋭揃いなのだからなおさらだ。
つまり、撤退が難しくないのだ。
すでに森と川のある場所に新たなる砦を作らせている。
存分にゾンビと戦ったのだ、そのノウハウを生かした最強の砦が作られているはずだ。
しかし、その最強の砦が、最後の防壁となる。
そこを抜けられると一気に町や村が増え、ハーブや札が足りなくなりパンデミックが起きるだろう。
まさしく人類の危機だ。
できればこの砦だけで完結したい。
だが粘り続け多くの犠牲が出ては後の戦いに響く。
見極めがかなり難しい。
ゾンビはそれほど脅威ではないのがまた、この話を難しくしている。
司は砦の外に積み上げられたゾンビの山に油をかけ燃やす。
灰になるまでは相当時間はかかるが、燃やす以外に処理法が思いつかないのだから仕方がない。
砦の外では、堀いっぱいに埋まった死体を足場に騎士たちが青い顔をして淡々とゾンビと戦っている。
後方では傷を負った兵士やゾンビの血で真っ赤になった男たちを、女や戦いに向いていない者たちが治療や水で汚れを落としていた。
まさに地獄のような景色だ。
砦の中では、アイドル達の歌声が聞こえていた。
血、肉躍る刺激的な曲はもう彼女たちは歌っていない。今はゆったりとした曲に変わっている。
帰ろう、帰ろう、うちへ帰ろう。
暖かな丘のあるあの場所へ帰ろう。
おさげの彼女がいる、あの家に帰ろう。
退屈な畑仕事をして、へとへとになって帰ろう。
彼女の料理を食べて、息子と娘を抱きしめよう。また同じ明日のために、今日はもう眠ろう。きっと息子はこんな場所を出ていくと怒鳴り、娘はくだらない男と夜な夜な遊んでいる。あの息の詰まる家に帰ろう。
帰ろう、帰ろう、うちへ帰ろう。
あの日々へ帰ろう。
あの丘のある場所へ。
彼女たちの優しい歌声が心に響く。
気が重くなりながら、特注のテント内へと向かった。
そこでは、血まみれの少女と太った男が怒鳴り合っていた。
「いい加減にしろ! もう限界だと言っているだろ! え!? このままゾンビに食われろってか! え!?」
「まだ駄目! 後退しても同じことになる!」
「だがもう無理だと言っているだろ! そこを何とかするのが軍師なんじゃねぇのかよ! え!?」
「勝たなきゃ意味がない! 勝ち筋を切り開くのが兵の役割!」
太っている男が、精霊騎士団の団長ジョブ・ロイズ。
血まみれの女が、司が軍師として連れてきたポーだ。今は、女であることを隠していた黒衣を脱ぎ、料理人と偽り兵士たちの衣類や武器などの清浄を行っている。
二人は撤退の日程で意見が食い違っていた。
その違いは数日、別にどっちでもいいじゃね? な、司からすると口を挟めない。彼らからすると、どうしてもその数日が譲れないらしい。
「あー、その、お二方。そろそろ日程を決めてもらわないと、こちらとしても準備というものがありまして・・・」
「クソったれ! このクソのような女の口を黙らせろ! このバカは戦場で戦う兵士ってのを何も理解できちゃいねぇ!」
「この山賊を黙らせるべき! 戦いは勝たなければ意味がない! この戦いの意味を山賊は理解できていない!」
こ、こまったなぁ・・・
ジョブは司にとって恩師、ポーは嫌がる彼女を無理やり連れてきた経緯がある。
どちらの肩も持ちづらい。
どうしようかと考えていると、兵士がテントに入ってきた。
「た、大変です! 壁が、城壁が崩れました!」
司たちは青ざめながら外へと出ると、あれほど堅牢だった城壁が崩れ、何百、何千とゾンビが侵入してきていた。
「城へ入れ! 後退しろ!」
司はゾンビ群に飛び込み、デタラメにゾンビたちを切り伏していく。
後ろにいる5、6人は救えるが、周辺の数十名はどうしても手が回らない。
「負けるな! 下がれ! 下がれ!」
司のチート能力は、軍の士気を上げることにある。
傷は治り、戦いに高揚し、疲れが一気に吹っ飛ぶ。この能力を付与するために司は横に移動しながらゾンビたちと戦った。
「クソったれ! どのぐらい戦える!!」
口から火炎放射器のように炎を吹いてゾンビを一掃するジョブが訪ねてきた。
「僕が死ぬまで戦える!」
「なら死ぬな! 後方でバリケードを作っている! それまで何とかしろ!」
「イエッサー!」
司のチート能力は、まさに追い詰められてからの兵の粘り強さ。こういう時にこそ司は輝く。
よく耐えている。
よく耐えているが、それでも城壁が崩れ止めどもなくゾンビが侵入されては・・・
槍が折れ、剣に持ち替え次々と切り捨てるも5、6人に襲い掛かられ噛み殺されている騎士。
逃げ遅れ悲鳴を上げながら首を折られる学者。
司の剣は、どんなに振るっても、一度に倒せる数は1人か2人。
すべてを救うことなどできない。
わかっている。
わかっているのだが・・・
「クソ!」
司が無念の言葉を叫んだ時だった。
後方から騎馬がゾンビへ突撃していく。
「我が精鋭なるナイトたちよ! 我が民を一人として失わせてはならない!!」
司はここにいるはずもない男の姿を見つけ、仰天のあまり声を上げた。
「ゆ、ユリオス皇帝!?」
「おお! 我が友ツカサよ! よくぞ耐え抜いた!」
マリグ帝国、皇帝ユリオス。
剣を上げ馬に乗る姿は、まさしく英雄王という姿であった。




