第94話 フィーア 後
グィン・ナラールはアインスとフィーアを連れ部屋を出ると、二人の若者が彼らを迎えた。
「ご老公、お急ぎを!」
「敵に気づかれました!」
彼らの足元には2人の人間が倒れている。
アインスはフィーアにナイフを渡し、二人の若者は頷きあう。
屋敷の中は騒がしくなり、怒号と足音が聞こえてきた。
すぐに二人の戦士が狭い通路で切りかかってくるが、若者がその戦士の剣を止めた。
「くっ、この者たち、できるぞ!」
「ご老公! ここは我々に任せ行ってくださ――」
グィンは剣を抜くと、2人の合間に飛び込み二人の戦士を切りつけた。
ドンっ!!
二人の戦士は向かい側の壁に叩きつけられる。
両断され死んだのか、叩きつけられ死んだのか、無残な死骸が壁に残った。
「やれやれ、この程度で」
敵は次々とやってくるが、グィンに慌てる素振りはない。
グィンと同じぐらいの身長の男が打撃武器を手に迫ってきる。
だが、それを受け止め、そのまま力を入れてゆき、男は哀れ地面に触れ伏す。
男は悲鳴を上げながら、そのまま両断されてしまう。
「スケさん、カクさん。鍛えなおしだ。実戦から離れているとはいえ、不甲斐ない」
魔族が侵略した土地と向かい合う領地を任され、若き頃から魔族と戦い、力を示し騎士団の総団長となると、魔族のみならず周辺国からの侵略から帝国を守り、更に数々の国を侵略して名声を上げた生きる伝説。
姿を消した後も、グルメ旅の中でも数々のトラブルを解決し続ける、まさに英雄グィン・ナラール。
その頼もしき姿に、二人の若き騎士、そしてアインス、そしてフィーアでさえも、胸をきゅんとさせてしまう。
グィンを先頭に進み、窓から外に出ると隠してあった馬に跨り逃げ出した。
敵を追ってくることはない。
グィンの暴れっぷりを前に、彼らも腰が引けているのだろう。
「さて、どうしたもんかな」
「お父さんの、ツカサの元へ。彼は、絶対にお父さんの元へ向かうわ」
グィンは頷きそのように計画していると、重い足音が響いてきた。
まるで魔族、馬を止め後方を見ると大男がこちらに向かって来ていた。
「ご老公!」
魔族と比べると二回り以上小さく、肌も白い。
容姿も、とても美しいとは言えない姿だ。
二人の騎士は前に出るが、腕力で投げ飛ばされてしまう。アインスとフィーアも軽々とあしらわれてしまう。
「グィン・ナラール伯爵! くくっ、この最強となった肉体のお披露目ができるな!」
「させるか!」
すぐに体勢を整えた若き騎士が剣を抜き戦いを挑むが、武器も持たぬその男にあっさりとひれ伏す。アインスとフィーアは人間とは思えない身体能力で戦うも、力の差は歴然だ。
グィンは馬から降りると、のんびりとその男の前に出る。
「ふむ、お前さんはクラート・トドという魔法使いか?」
「ほぅ、俺を知っているのか!」
グィンは微笑む。
「他者に不老不死の秘薬を使い、裏切られることを恐れたのだろう? ツカサ卿から聞く人間像は、人々のために力を得るというより、自らが力を得たいという理由であるように思えてな」
「さすがは偉大なるグィン卿ですなぁ」
クラートは筋肉を膨れ上がらせる。
「若い肉体! 溢れる力! 偉大なる力を得たのだ!」
右手に炎を、左手に氷を生み出しグィンに投げつける。
彼は穏やかに魔法を避けて見せる。
「お前たちには理解できまい。これは研鑽のたまものだ」
そのあとすぐに殴りつけてくるが、やはりグィンは軽々と避ける。
されど、彼は顔を曇らせていた。
「なにをした、クラート」
クラートは声を上げて笑った。
「さすがは敏い」
まるで神にでもなったかのように、男は大きく手を広げた。
「事故に見せかけ、ゾンビウィルスを撒いたのさ」
どうだと言うように顔を向けてきた。
「素晴らしい効き目ではないかね? ほんの数日で街がすべて滅んだ。わかるかね? これを敵対国に使えばどうなる? 迫りくる軍隊に使えば? いともたやすく世界を掌握できる力だ」
グィンは論外だと首を振る。
クラートは急に不機嫌そうに変わった。
「あの男も同じような態度であった。確かに、不老不死の研究のために兵器として使うよう進言したのだがな。どうしても数多くの被験者が必要だった。だがどうだ?」
クラートの手が輝きだすと、地面から岩の槍が次々と生まれだす。
グィンは転がりながらそれを避ける。
「見ろ! この力を! 決して無駄ではなかった証ではないかね!!」
転がるグィンに、馬の足に追いつくほどのスピードで接近すると、丸太のような足で蹴り飛ばした。
当たり前のようにグィンは空高く舞い上がる。
「ご老公!」
「おのれ!」
若き騎士は体を引きずりながら襲い掛かるが、両腕の電撃を食らい黒い煙を吐きながら倒れる。
「くっ、魔族にも劣らぬ力・・・」
「お逃げを、ご老公」
老体が地面に叩きつけられる。
とどめだと言うように、巨大な拳を振り下ろす。
「・・・」
グィンは剣を立て、素早く右手を布で巻き剣身に手を置く。
わずかに体を捻らせ拳を避ける。
置かれた剣に、勢いを増した腕は、肘から切断されていく。
流れるような動きで後ろに回り、回転したままクラートの岩のような首を切り落としていた。
「魔族と同じ? よせよせ、ただの獣では魔族の一兵すら倒せんよ」
右手に巻いた布で剣を拭い、収めた。
遅れ、巨体がゆっくりと地面に倒れた。
カッコいい・・・
その姿に痺れてしまう4人。
転がるクラートの生首を見て、アインスは驚き剣を振り上げる。
「こ、こいつまだ生きてやがる!」
グィンは慌て少年を止める。
「まてまて、叩き割ったところでたぶん死なんぞ、こいつは」
生首となったクラートは、肯定するように何度も瞬きをする。
首を振ろうにも体は無く、声を出そうにも肺が無いのだ。
グィンはしゃがみ、クラートの首を地面に立てる。
「肯定なら瞬き2回、否定なら瞬き3回だ。いいな?」
瞬きを二回する。
「死に方は分かるか?」
瞬き3回した。
「だろうな。ツカサ卿はこうなるからやめておけといわれたんじゃないか?」
答えたくないのだろう、何度も瞬きを繰り返す。
「罪を償ってもらうぞ、クラート。それはお前が死ぬ研究だ。それができるまで、未来永劫生き続けることになる。せいぜい賢い頭を使い、結果を出すことだな」
口は「無理だ!」と言っているのが分かったが、殺しようがないのだから仕方がない。
「行こう」
フィーアは焦った声を上げる。
足を折った哀れな馬は彼女の魔法なのだろう、立派に今は立っている。
「確かに急ごう。レディを急かせて失礼だ」
クラートの首を掴み美しく乗馬するグィン。
若い騎士は少し休ませてほしかったが、これ以上みっともない姿も見せられず泣きそうになりながらも馬に跨った。




