表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/119

第93話 フィーア 前


 ペッカー・ブランドは、落ち着きなくテーブルを指で叩いていた。

 大きく太った体に合わせた大きな椅子に腰かけ、地面に転がる縛られた人形を見下ろす。


 かつてはホットシータウンの銀行の頭取であった。

 しかし強引なやり口でツカサに目を付けられ、ホットシータウンを追い出される。そしてステロ伯爵に引き抜かれ、彼の領地で銀行を作ることとなった。


 ほんの一年程度で、ペッカーは結果を出した。

 何もない場所から成りあがるのはこれで3回目、バックに権力者がいたこともあるが、何よりも民度の差が如実に出た。


 新しい街であるホットシータウンの市民は誰もが貧乏であったが、甘い話には裏があるとなかなか金を借りたりはしなかった。

 本当に、苦々しい連中ばかりだ。


 だがどうだ、ステロ領では少し金をちらつかせるだけですぐに食いついた。

 歴史があり、今帝国で禁止されつつある奴隷の売買も行っており、貴族は誰よりも裕福であるはずの彼らは、何の疑いもなく金を借りる。なにを考えているのか自ら足を運び、金を借りてくる貴族もいたぐらいだ。

 どうやら本気で、金を無料で配っていると勘違いしていたようだ。


 当然すぐに金が返せなくなり、すべての財産を奪った。


 ペッカーは金で地位を買い男爵となり、ステロ伯爵は正々堂々と貴族の既得権益を自分のものにした。わずか数か月で帝国に一の富豪となったのは間違いなかった。

その金で周辺国を買収し、軍を集めてしっかり準備を整え帝国に反旗を翻すことができたのだ。


 ペッカーも、夢であった貴族の女を毎日のように抱いた。

 年端もゆかぬ娘から、社交界の花形である女性も奴隷のように抱くことができた。

 だが、そのような日々も、思ったよりすぐに飽きてしまう。


 貴族の女など、2流、3流の女ばかりだ。

 そりゃそうだ、何の苦労もなく育てられた女が、いかに自分を高く売るかを考えている娼婦に勝てるはずがないのだ。


 そのことに気づいたペッカーは娼婦を抱くようになるが、どれも2流、3流の娼婦ばかりだ。ホットシータウンの道端で男を引っかけている女よりも劣る。

 どいつもこいつも死んだような目をし、気だるそうで、明日にも首をくくろうというような女ばかりなのだ。


 ペッカーは人生で初めて、女を抱くのが億劫になった。

 女の裸を見て、反応しないことなど今までになかった。


「・・・」


 ペッカーは部屋に香が行きわたったと感じ、立ち上がった。そして人形の近くに近寄ると、指を二度鳴らす。そして「動け」と命令すると、人形の目が開いた。


 人形はしばらく動かなかったが、急に暴れ始める。

 しかし、体を縛るロープを切ることはできなかった。


「許さない」


 憎しみの視線を向けてくる娘に、ペッカーは久しぶりに下半身が熱くなっていく。

 人形の顎を持ち上げる。

「お前は、ホットシータウンの人間だ」


 生気のある目だ。

 人間の目だ。


 ステロ伯爵の屋敷で偶然見かけた時から、激しい疼きがあった。

 短い髪、足に張り付くようなズボン、傍らの男に向ける瞳。

 どうしてもこの女を抱きたい、そのような衝動に襲われた。


 ステロ伯爵は危険な橋を渡ることになると言って来たが、莫大な金を支払う約束をすると、あっさりと女を手に入れることを了承した。


 ペッカーは指を3度鳴らし「命令に従え」と言うと、人形は悔しげに目を伏せる。


 この女に、言葉通り親はない。

 無から作られた人間の兵器。特別な香が満たされた部屋で、指を鳴らして命令すればあらゆる命令に従うだけの人形。


「くっ、彼は、どこ」

「ふふ、お前が死んだと思って置いて行った。捨てられたんだよ」

 この人形は当然人間とは違う。


「お前が運ばれた時は、本当に死んでいると思ったよ」

 心臓が止まり、死者のように冷たく、硬くなっていた。

 だが、そのように作られたのだ。

 運搬がしやすいように、食料を減らす様に、死体と思わせる様に。


「逃げるな、俺に攻撃するな。いいな」

 指を鳴らし命令して、ローブを解く。

 彼女は抵抗しない。

冷たく睨みつけるだけだが、それすらペッカーは打ち震えるほどに嬉しかった。ここの女ならば、死んだ目で、諦めたように身をゆだねるだろう。

 だがこの女は、命令に逆らえず体を震わせながら抵抗しているのだ!


「触るな」

 手を伸ばすと、そのようなことを言ってきた。

 ペッカーはまるで十代に戻ったかのように、胸が高鳴り始めていた。


 娘の後ろに、不意に人影が現れた。

 驚くペッカーは、その人影に蹴り飛ばされる。

 かなりの巨体は、小さな足に蹴り飛ばされ、地面を転がりながら咳き込む。


「汚い手で兄弟に触れないで欲しいな」

「アインス!」

「フィーア、迎えに来たよ」

 白いマントを付けた少年は、無邪気な笑みを浮かべた。


 ペッカーはカッとなりながらも、交渉のプロ、スッと冷静になる。

「よぉ、デブのオッサン。悪いんだけどさ、こいつの命令取り下げてくれないかな」

 少年は回し蹴りで香の入った壺を蹴り飛ばす。

 陶器の壺は、まるで刃物で着られた果物のように切られていた。

「オッサンの腹がこうなりたくないなら命令に従って欲しいな」


 ペッカーは心の中でほくそ笑みながら、怯えたように頷く。

 指を鳴らし、少年に向かって命令した。

「止まれ」


 少年は驚愕して、そして膝をつき、地面に倒れる。

「アインス!」

 ペッカーは、低く笑う。


 綺麗に整った顔、白い肌の少年。

 それは、人形と酷似した特徴が多くあった。

 それは確信に近かった。


「お前も、人形か」

 少年を何度も蹴り飛ばす。

 そして頭を踏みつけようとした時、娘が少年に覆いかぶさり守る。


「そいつを救いたいなら、命令に従うことだ」

 約束は守る。

 約束は神聖なものだ。


 それが通じたのか、娘は憎しみの視線を向け、服を脱ぎ始める。抵抗するようにゆっくりと脱いでいくが、ペッカーからすればそれも十分娯楽であった。


 と、ドアがノックされる。

「後にしろ!」

 ペッカーは冷静に声を上げたつもりだったが、思ったよりも声が高くなった。

 だがドアは、無神経に開いた。


「いやいや、失礼」

 背の高い、好々爺がひょこっと入ってきた。


 今度ばかりはカッとなった怒りは抑えきれず何かで殴りつけてやろうと燭台を掴むが、その男を見て一気に青ざめる。


「ぐっ、グィン・ナラール伯爵?」

「おお、よくご存じで」

 彼は美しく礼をした。


 知らないわけがない。

 英雄ツカサたちが現れる前の、帝国の英雄だ。


 かつての総騎士団長であり、魔族との境界領地の領主。長年魔族と戦い続け、帝国を守り続けた。あらゆる男の模範となる騎士である。

 数年前にいきなり出奔して姿をくらませていたはずだ。


「ふむ、アインスの言う通りになってしまっているな」

 彼はボロボロの旅装束に身を包んでいるが、気品と力を感じさせる。

 彼こそ本物の紳士。

 ペッカーですら心弾まずにはいられないほどに。


「さて、ペッカー・ブランド男爵。この少年と少女を自由にしてもらえないかな」

 そう言って腰の剣を引き抜いた。

 貴族が持つ装飾ばかりの剣とは無縁の、武骨で、肉厚で、長い剣だ。


 ペッカーは、引き笑いをする。

「なぜ?」

 交渉のプロ、くだらない脅しには屈しない。


 彼は微笑みながら手を広げる。

「彼らを担いで移動するのは面倒だからですよ」

 そう言って、少し考えこむ。


 手にした剣は、くるりと、ペッカーの股間に充てられる。

 ペッカーは、冷たい汗が流れる。

「男色というのも好いものだと聞きますぞ」

 彼は無垢な笑い声を上げる。

「女性に化粧のやり方を教わるといい。男というものは容姿のいいオナゴがいいですからな」

 ペッカーは、笑えない。


 グィン卿は、ペッカーを人間などとは思っていない。

 薪を割るかのように、ペッカーを切り殺すだろう。

 腕を切り落とされようとも、首を切り落とされようとも思い通りになどさせるものかという意志があった。

 だが・・・


「わ、わかった。お前の勝ちだ」

 グィン卿の気が変わらぬうちに、二人を自由にした。


 自由になった人形と少年は復讐しようとペッカーに迫るが、グィン卿が止める。

「気持ちはわかるが、彼は約束を守った。彼に危害を加えようと言うのなら、私が彼を守らねばならない」

 二人は不満そうだったが、素直に身を引く。そして部屋を出て行った。


 約束は神聖なもの。

 彼は約束を守った。


 負けた。

 グィン・ナラール卿にすべてに負けた。

 しばらく呆然とその場で動くことができなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ