第92話 詭弁
軍が静かな町へと入っていく。
地面には腐乱した無数の死体、バリケードがされた家も数件あった。無駄だと分かりながらも、おーい、おーいと声を上げる。
ついてきた兵士たちも無駄と知りながらおーい、おーいと叫んだ。
やはり、帰ってくる声はなかった。
死体の中をキキカタナが這いまわっている姿を見て、ハーブ茶を飲むように命令する。
それから散会し、物資を集める様に命令する。
街の中心部の広場には、公開処刑をしていたのだろう台が置いてあった。
そこに多くの人間が避難してきたのだろう、多くの死体が転がっていた。死体の中にまだ動く者もあり、首を切り落として止めを差す。
司は第に腰掛け、ため息をつく。
バカみたいな話だが、ゲームや映画とは全然違う事に気が付いていなかった。
ゾンビを殺しても、死体が消えたりしないのだ。
数百の死体が積み重なっただけで、軽々と城壁を越える山となった。
消えない死体は腐敗を続け、気を失うほどの臭気と、病を振りまく。
それに対抗するには、清潔にすることだけだ。
砦の後方には川と森を有して、水と食料の補給には問題がない。
はずだった。
だが、清潔にするために大量に水を使い、川の水だけではとても清潔を保てなくなった。
そこで、ゾンビの群れを突っ切り、ゴーストタウンになっているはずのこの場にやってきた。存分に物資、水を運び込む予定だ。
広場に集まった死体を集め、火をつけるように命令する。
兵士たちは腐り半壊した死骸を、なんの感慨もなく集め始めた。死体に対し、何も感じなくなっているようだ。
突如、火矢が周囲に飛んできた。
兵は虚ろになっていたが、人間の攻撃で正気に戻ったように身構えた。
通りから、軍隊がやってきた。
司は軍の前に立ちふさがった。
意識のある、ゾンビという風体だ。
鎧から見て、セイ国の兵士だろう。人間がゾンビへと変わる瞬間を見たことがなかったが、痩せ細り、肌の色も紫色に変わり、剣を持つ姿すら痛ましい状態だ。
一人の、背の高い男が前に出てきた。
武神ドリュウだろう。
彼もまた痩せ細り今にも死にそうな姿でありながら、その威風堂々とした姿を見せている。
司は竹に似た植物、筒状の水稲を投げて渡した。
ドリュウは筒状のそれを受け取ると、少し考えこみ一気に飲んだ。
「うっ!」
すると巨体は跪き、苦しみもがき始めた。
兵たちは驚きこちらに槍を向けるが、ドリュウがそれを止める。
そのまま激しく嘔吐する。
その嘔吐の中に、多くの虫が入り込み逃げ出していく。
体中、皮膚を破り、目の中から、大量のキキカタナが出ていく。
「物資集め後だ! 招集して、ハーブを集めろ。急いで彼らにハーブ茶を飲ませるんだ!」
「はっ!」
手持ちのハーブでセイ国の兵士たちにも配っていく。中には間に合わずゾンビになった者もいるが、セイ国の兵たちは無慈悲にゾンビとなった戦友を切り刻んで殺していた。
「ツカサ、お前はこうなることを知っていたのか?」
話しかけてきたのは、雷光のアルフレドだ。
彼もまた痩せ細り紫色に変色していたが、ハーブ茶を飲みだいぶ調子を戻している。
「ドリュウと君と三人で話したい」
隣に立っていた大男は頷く。
治療は他の者たちに任せ、司とアルフレド、そしてドリュウと話をすることとなった。
そこは小さな酒場だ。
足元には藁が撒かれており、掃除がしやすくなっているようだ。置かれているタルから勝手に特産の発酵ミルク酒を注ぎ、二人の前に置く。
「僕は、君たちがゾンビになると思っていた」
言葉を飾ることもなく、伝えた。
「準備も、せいぜい5、6万が攻めてくるようにと思って準備をしていた。まさか、街に暮らす人々を全員・・・なんて考えもしなかった」
もちろん選択肢の一つぐらいには考えていた。
それでも、いきなりそんなことをするなんて思いもしなかった。
追い詰められて、やけっぱちで暴挙に出るかもしれない。だからこそスパイを潜り込ませ、タイミングよく止められるだろうと思っていた。
自国の民をこうも簡単に見殺しにするなんて、思いもしなかった。
「我々は半数の兵を失った。我々も時間の問題であった」
「僕たちは戦っている。過剰なまでに準備をしたつもりだったが、それでも崩壊寸前だ」
彼らは酒を飲み、静かなまま時間が過ぎていく。
司は、外で行われている治療が無事すべて終えることができるか不安に思っていた。
虫払いの札にハーブを多めに持ってきているが、軍隊すべてに行きわたるのか微妙なところだ。
「もはや我らもキョンシーとなる身であることは分かっていた。最後の仕事であると、街に火をつけこのようなことにならぬように回っていた」
キョンシー? ああ、何となく中華っぽいからキョンシーなのかな? と思う司であった。
「救われた命、ならば共に戦うことを許してもらいたい」
「いや待てドリュウ。ツカサ、随分準備がいいじゃないか。こうなることを、初めからわかっていたんじゃないのか?」
アルフレドが迫ってくるが、司は何も隠すことはないと頷く。
もちろん、多少はごまかすつもりだが。
「この事態を起こした男は、僕の魔法学園から逃げ出した学者だ。こうなることが分かっていたからこそ、彼の研究を止めた。それが不満だったのだろう、逃げ出したんだ」
ならこうなることは分かるよな?
アルフレドは頷きながらも、納得していないようだ。
「随分素直じゃないか。お前が引き起こした惨劇であるとな」
「感謝してもらいたいね」
司は唇の端を持ち上げる。
「僕だから危険性が分かった。僕だから準備ができた。僕だから戦えている」
司も酒を飲む。
酸味のある、いい酒だ。少し薄めすぎだが、独特の風味となってこれはこれで美味しい。きっとこの店は流行っただろう。
「僕の国では魔法は禁止されていた。故に魔法研究は行われ始めたばかりだ。それにもかかわらず、魔法にはこのような惨劇を引き起こす力を持っていた」
司は肩をすくめる。
「どういうことかわかるか? 僕が手を下すまでもなく、いずれはこのようなことが起きたということだ」
「・・・詭弁だ」
「僕は魔法の危険性を知っている。だからこそ対応できている。だが、もし僕がいなかったらどうだろう? 僕が現役を退いた後に、もしくは年を取って死んだあとにこのような惨劇が起こったら? 今以上の危険が起きていた。下手をすると世界が滅ぶ可能性さえある」
彼らからすると詭弁だろう。
だが、それこそ司の包み隠さぬ気持ちなのだ。
「お前は狂っている」
「自分は英雄だとふんぞり返って、危険性があることを知りながら何もしないでいることはできなかった。それが狂っているというのなら、狂っているのさ」
アルフレドは渋い表情を浮かべた。
司は知らなかったが、アルフレドも同じだった。
乱れる国を制圧した英雄の子としてふんぞり返っていればよかった。だが、マリグ帝国の危険性を知るからこそ、逆臣と言われながらも軍を上げたのだ。
「いずれお前は神の裁きを受けるだろう。だが、今は死者に安らぎを取り戻すことが先決だ」
司は頷く。
「それが人の上に立つ者の定めだ」
すべてを救うことなどできない。
だからといって不平不満を口にするばかりで何もしない、などと卑怯だと思う。
ならば仕方がないのだろう。
司が外を眺めると、曇った空に切れ目が入り、凄惨ながらも救われたセイ国の兵たちが安堵する姿が光に包まれていた。




