第91話 手記
キンバス・ゾーン 吟遊詩人の手記より
砦にたどり着き、
7日
砦の堀の外側に、4つの塔が建てられた。
夜の食事時に知り合った騎士の一人が言っていたのだが、明日には入り組んだ通路を作り一方通行にして敵を迎え撃つそうだ。
騎士たちは敵が10倍以上の敵に囲まれても決して陥落しない最強の砦だと笑って話している。頼もしいことだ。
8日
騎士団の中から精鋭部隊を作り、砦の先に更に小さな砦を作り迎え撃つことになったらしい。
友人たち、吟遊詩人や学者たちも急いで彼らの後を追うことになった。彼ら精鋭たちだけで、ゾンビというモンスターを倒しきってしまうだろう口々に上がっている。
自分は行こうとは思わない。
残念だが、私はそれほど優れた吟遊詩人ではない。真実を見て歌う気概もない。ただ、流行りの歌が好きで、人々が喜ぶ歌が好きなだけの、しがない吟遊詩人なのだ。
12日
砦内が騒がしかった。
どうしたのかと話を聞くと、精鋭部隊と共に向かった吟遊詩人や学者たちが逃げてきたのだと分かった。
中に友人もいたので話を聞きに行くと、彼は震えながら狂ったように集まった人たちに叫んでいた。
死の軍団が迫ってくる!
逃げるんだ! 人間が勝てるわけがない!
精鋭部隊は敗北した!
彼らは我々を救うために足止めをしてくれた!
殺される! 逃げるんだ!
彼は、友人でもあり、吟遊詩人としてのプライドを折った、真の吟遊詩人だ。彼のように美しい言葉も、真実を訴えたいという情熱も持てないと分かった。だからこそ、王宮ではなく酒場で歌う吟遊詩人になろうと思ったのだ。
その彼が、惨めな姿を晒していた。
私は彼に声を掛けることができなかった。
14日
精鋭の騎士団たちが帰ってきた。
驚くことに、誰一人死者はいなかったようだ。
だが、彼らは死んでいたと言っていい。全身血と泥で汚れ、敗戦兵のように覇気がない。あれほど強靭な戦士たちが恐怖に泣き、震え、立ち上がることができないでいたのだ。
死の軍団は、迫っている。
16日
地面が揺れていた。
地震ではない。
小さく、不規則に、だが確実に揺れていた。
仲良くなった騎士の一人に、特別に塔の上に登らせてもらい敵を見た。
死の軍団。
確か10倍ぐらいの敵だろうと平気だと言っていたのを思い出した。
なら100倍なら? 1000倍なら? 10000倍ならどうなのだろう?
地平線、見渡す限りすべてが敵であった。
17日
山のように積みあがっていた石つぶてが、昼頃にはすべてなくなっていた。
砦に腐臭が漂い始め、エルフたちは札やハーブの入った水を振りかけ始めた。私は恐ろしくなり、そのハーブの水を何度もかけてもらった。
砦内に怒号が響く。
3交代で戦う! 休める者は体を休めろ! 傷を負ったものはすぐさま治療しろ! 無為な戦死は許さん!
混乱はなく、滞りなく戦いが始まった。
しかし、言葉にしづらい緊迫感に包まれていた。
言葉にならぬ緊張感、この状態で兵士たちは神経をすり減らす事だろう。私のような眠気を誘う吟遊詩人の役目だ。
18日
夜になろうとも戦いは続いている。
かがり火が焚かれ、暗闇を払っている。戦い終えた兵士たちは、中央の砦で休ませることとなった。テントではうるさいし、明るいし、何より身近で戦いが起きていると眠れるわけがないからだ。
戦士たちはずっと戦い続けているが、我々も目が回るような忙しさだ。
剣や鎧の手入れを、我々が行うこととなった。
戦場であっても剣を合わせる時間はそれほど長くはない。だが、ここでの戦いならば半日以上が戦い続けることとなる。
交代の時間なった戦士たちは意識が朦朧となり、全身血と肉でグズグズになる。彼らから鎧を脱がせ、布で体を拭いてやりハーブのお茶を無理やりにでも飲ましてハーブの水で体を拭く必要があった。
それは、戦っていない我々の仕事だ。
それでもなお、あれほどの数を前に善戦しているのは分かった。
騎士団たちや、魔術師やエルフたちの魔法、数は少ないが魔族たちの暴れっぷりは砦内にいても伝わってきた。
精霊騎士団団長は口に酒を含み、口から火を吐いてゾンビを薙ぎ払うと騎士たちから歓声が上がったものだ。
しかし、それでもどこかで一気に決壊する。
そのような予感を、誰もが感じていた。
19日
ゾンビが城壁を超え、砦内へと侵入してきた。
私は手入れをしていた槍を手にして、始めてゾンビと戦う必要があった。
若い娘だったのだろう、死体。
腐敗したゾンビの頭に槍を突き出した。
硬い。
人間とはこれほど硬いのか、何度も槍を突き出すが刺さってくれない。
若い娘の顔が崩れるほど突き出し、やっと刺さった。最悪の気分だ。なるほど、このぐらいの力で、瞬発力で突き出さなければ刺さってくれないんだと、いらない知識を得てしまった。
ゾンビは次々と城壁を越えてくる。
死体が積みあがり堀を埋め、城壁を上回るほどになってしまったのだ。
すると、あの鉄の車がゾンビたちを引きつぶしながら外へと出て行った。
鉄の車は積み上がった死体を押し崩し、そのまま周囲の積み重なったゾンビの山を潰して再び砦へと帰ってきた。
驚くべきことに、車を操作していたのはアイドルたちだった。
私は興奮してしまい彼女たちに何故こんなことをしたのか尋ねると、思いついた途端何も考えず行動してしまった。と言っている。
彼女たちは血肉に塗れた、おぞましい姿に変わっていた。
しかし、私の目からは彼女たちが聖女のように美しく清らかにに映った。
どうしても彼女たちを題材にした詩を作らねばならない、そう決心した。
20日
人々の心が限界に達しようとしていた。
戦いによる疲れ、砦に包まれる腐臭。
夜であろうと闇を作ってはいけないとかがり火を付けていたが、それでは物資がもったいないと、ゾンビを焼いて明りにしてしまった。
悲しいことに、そのおぞましい光景を前に、私も何も感じなくなっていた。
戦死する兵も増えてゆき、わずかな休みでは兵士たちは疲れが取れなくなりつつある。
それでも今は我々が歌い、十分な食料、そして睡眠がとれるおかげで戦えている。
この状態が、ゾンビのいなくなる日まで続けられるとは、誰も思っていなかった。




