第89話 罪
司は心のどこかで、こんなことは起きないと思っていた。
いつだって最悪の状況を考えて行動しているつもりではあるのだが、それにしたってこんなことは起きないと思っていた。
だが、それは普通に起きてしまった。
それはまるで映画、まるで漫画、まるでアニメ。
大地を埋め尽くすほどのゾンビが、進軍している。
速度は恐ろしく襲いが、これほどの数となれば大地が揺れているようだ。
「間違っても僕を恨まないでくれよ」
司は空中からゾンビの群れの中に飛び込んだ。
剣を抜き周囲のゾンビを一気に切り倒した。
「5人、ぐらいかな」
胴を切られたゾンビは下半身が無くなったことなど気にせず、地面を這っている。
セオリー通り首を切り落とすと、セオリー通りにゾンビはすぐに動かなくなった。
手元にステータス画面を浮かび上がらせる。
「ゾンビ菌を撒き散らしているわけじゃないようだ」
毒などの感知は、司の特殊能力だ。
チート能力で司自身はどんな毒も無効化できるのだが、何かあるのなら調べることができる。色々と調べてみるが、何もないようだ。
司はそれを確認すると、腕を上げ迫ってくるゾンビの手首を掴み腕だけを切り落とした。そして胴を蹴り飛ばし距離を取る。
切り取った腕を観察する。
しばらく暴れていたが、動かなくなる。
「腕だけになって独立して行動する、ことはないみたいだ。右腕だけか? それとも左腕もか? 足は? 頭を切り落とすと頭も動かなくなる」
もう片方の腕を切り落とすと、やはり腕はしばらくして動かなくなった。右足を切り落としてもそうだった。左足もそうだった。這おうとするゾンビの腰を切り落とすと、腰から下は動かなくなる。
「やはり頭か?」
顎、耳、いろいろ切り落としていくが、やはり動き続ける。
最後に脳に剣を突き立てると、とうとう動かなくなる。
「弱点は脳でいいのかな? 彼だけが特別なのかな?」
司は研究するように、ゾンビたちを切り刻み殺していく。
しばらくそんなことを続け、司は重たいため息をつく。
「やっぱり、ゲームや映画のようにはいかないな」
当たり前だが、男だけじゃなく、女もいる。
子供もいる。
老人もいる。
一人ひとり服装も違う。
商人なんだろうゾンビ。
主婦なんだろう、ゾンビ。
関係性も見えてくる。親子連れだったのだろう、ゾンビ。
女友達同士で集まっていたのだろう、ゾンビ。
手と手を縛り歩いている恋人同士なのだろうゾンビもいる。
彼らは死体となって長く歩いているのだろう、体が腐敗し手足が崩れている者もいる。そんな姿になってでも、司には生前の姿がありありと見ることができた。
嫌な気分だ。
本当に嫌な気分だ。
「恨まないでよ」
小さな生き物が飛び出してきた。
幼い、小さな、女の子のゾンビだ。
司は拳で頭を殴りつけ地面に叩きつけると、その小さな頭を甲冑の足で踏みつぶした。
女の子の頭は、スイカのように砕け散った。
「・・・今更か」
母親らしきゾンビが、奇声を上げながら襲い掛かってきた。
知性などない。
だが、まるで娘を殺されたことに狂ったかのように襲い掛かる母親の頭を切り捨てた。
「僕のミスだ。こんなことになるとは思っていなかった。こんなひどいことになるなんて思っていなかった。僕を恨め。誰でもない、この僕を恨め」
司は走りながら次々とゾンビを切り殺していく。
明確な弱点を理解した。
次はすべてのゾンビに当てはまるか、調べることにした。
司は全力で、このゾンビの大群に立ち向かった。
剣を振るえば首が飛び、殴りつければ体が飛び散り、体当たりをすれば何体も巻き込み倒れていく。
そのようなことを何時間も繰り返した。
司はため息をつき、剣を下す。
何人殺しただろう?
数十人、いや数百人か?
周囲のゾンビは倒れているが、大地を揺らすほどのゾンビの歩みはまるで止まってない。
この剣を一度振るい殺せる数は、せいぜい2人か、3人だ。うまく固まってくれていれば5、6人殺せるかもしれないが、整列して進んでいるわけでもなし、どうしてもテンポよく殺してはいけない。
それでは、この圧倒的すぎる数を殺しきることなど不可能だ。
チート能力を持っていた仲間たちは、殲滅力のある力を持っていた。
風の刃、無数に操る植物の根、電撃、炎、氷、彼らがいたのなら、数日かければこの大群も制圧できただろう。
だが、司は唯一、そのような殲滅力は持っていなかった。
司の持っているチート能力では、これほどの数を前に、剣を片手に振り回す事しかできないのだ。
ゾンビに囲まれ無力さを感じながら、再び剣を振るった。




