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第8話 耐えられない三つのこと。

 正直なところ、これはただのエゴだ。

 無茶だと分かっているし、ただ「僕は頑張りました、でもダメでした」そう言うために努力しているところもある。だからこそユリナには話したくなかった。

 だが、暗闇の中真っ直ぐに見つめられた瞳からは逃れられない。

「どうしても耐えられないことが三つあるんだ」

 彼女は微笑み、先を促すように頷いた。

「奴隷、農奴、僕は、見ているととても辛いんだ」

「・・・・・・」

 彼女は何かを言いたげに口を開くが、ぐっと堪えて口をつぐんだ。

「次に、教育。貴族が受けるような教育を、奴隷のような子もすべてに受けさせたい」

「それは・・・」

 とうとう耐えきれず、ユリナは声を出してしまう。

 あまりに荒唐無稽な話だと分かっていると、司は頷いた。

「やっぱり難しい? 思いつくことを言ってみて」

奴隷は財産、反対する貴族たちが・・・いえ、そういう事ではありませんね。彼女は呟き首を振った。

「食料です。皆が食べるだけの食料がないのです。勝者は富み、敗者は奪われる。褒められたことではありませんが、帝国と名乗る今でさえ崩壊する可能性があるほどに貧しいのです」

「う、うん」

「教育に至っては、危険でしかありません。知性を得た人民が何をするか? 支配者である我々を引きずりおろす事です。・・・なるほど、ツカサはそれに対し恐怖を感じていないのですね」

 頭の回転の速い妻の言葉に生返事を返すぐらいしかできない。

「あなたの世界では、奴隷がいないのですか? 奴隷がいないというのなら、知識を得た国民は反乱などしなかったのですか?」

 知識を総動員して過去の記憶を思い返す。

「ふ、フランス革命、とか」

「革命! やはり国民が貴族を追い払うのですね・・・それでそのフランスはどうなったのですか?」

「え、えぇっと・・・民主化? して? まぁ、その、ちゃんとしてるんじゃないかな」

 彼女は小さく何度もうなずきながら、何かを考え始める。「平民に国を委ねて崩壊していない・・・」「実力者が生き残る、社交界が大きくなるようなもの・・・」などと明後日の方向へ旅立ってしまった。

「時々忘れがちになるのですが、あなたの世界ではただの平民であり、誰もが貴族と同じぐらいの教育を誰でも受けている。だからこそ奴隷は許せないし教育を受けさせたい。なるほど、確かにそのとおりね」

「そんなに難しく考えてるわけじゃないんだ。漠然とふらふらしているだけ、熱く語れるほど明確なビジョンがあるわけでもないし、君に聞かれて恥ずかしいぐらいだよ」

 そんなことないと、ユリナは微笑んだ。

「わたくしの夢なんて、王妃になり、わたくしをバカにしてきた連中に仕返しをしてやろうですよ。夢なんてそんなものじゃありませんか?」

「王妃が夢だったの?」

「そうですね・・・」

 彼女は思ったよりも反応が薄い。

「今では、そうでもないんです。焼けるような怒り、野心がいつも胸に渦巻いていたのに、今はただ、虚しいだけ、馬鹿らしいとすら感じてしまう」

 初めて彼女と顔を合わせた時の衝撃を思い出した。

 まるでゴミでも見るかのような目で見下し、世界をまるでおもちゃ箱ぐらいにしか思っていなさそうな語り口調だった。

 まだまだ片鱗をうかがわせるが、昔に比べてよく笑うようになったように思える。とても綺麗になったし、すっごくエロくなった。

「そう言えば、あと一つは何なのですか?」

 司は真剣な表情になり、頷く。

「これは、どうしても許せない事でありこれだけは絶対に、そして早急に変えなければいけない事なんだ」

 ユリナはごくりとつばを飲み込む。

「下水道を作ることだ」

「・・・え?」

 司は頭を抱えた。

「耐えられない! おまるに排出して窓から捨てるとか信じられない!! どこに行っても糞尿の匂いが付きまとって食事もしたくない! 香水で匂いを掻き消すとか、匂いを匂いで誤魔化そうとすればどうなるかわからないの!? 地獄だよ!」

 そう言って髪をわしゃわしゃと搔き毟る。

「それに半年に一回体を拭くか拭かないかとか信じられないよ! 僕の国じゃ毎日風呂に入るのが普通なんだ! 一週間お風呂に入らないだけでどうにかなりそうだよ! 旅をしていた時は川を見つけて体を洗ってたけど、まさか旅をしなくなって不潔になるなんて思いもしなかったよ!」

 そう言ってユリナの両手を握った。

「わかってる。水がないんだ。もともと痩せた土地で、森もない平地が続くだけだから家もレンガや石でできてる。だから魔法だと思うんだ! 魔法ならとりあえず何でもできる! なんかそんな気がするんだ!」

「そ、そうですね。魔法は魔族が使うものと忌み嫌われていますが、この地ならば発展させられるやもしれません」

 ユリナの言葉に、危うく涙が出そうになった。

 ユリナがそういうなら間違いない! この世界の神様に感謝する。この世界に転生した子は10人いて、うち6人は死亡、1人は精神崩壊、残り二人はエルフとリザードマンで人間性を失ってしまうという「異世界に行って俺TUEEEEE!!」とは思えない状況下で、やっとご都合主義発動! いいじゃんご都合主義! こっちの身にもなってくれよ!

 打ち震えるほど喜ぶ司を見て、ユリナはすっと冷静な表情に変わった。

 そして、彼女は司の胸に手を置いた。

「わたくしがウリュサ、ツカサはここで軍事施設を作る。離れ離れになってしまいますわよね」

「え? ああ、そうだね。どうしても離れてしまう時間はあるんだ。僕のくだらない夢に付き合って負担に思うことはないんだ。君は君の思うとおりに生きて欲しい」

「それでも一緒に射られる時間は減ってしまうわ」

「大差ないよ」

「例えば・・・」

 彼女は言葉を詰まらせる。

「例えば、夢を叶えてほしければ我が子を妻としろと言われたら、ツカサ、あなたはどう答えますか?」

 思いもよらない言葉に驚く司。

「もちろん断るよ。僕の妻は君一人だ」

「今はそう答えてくれるでしょうね」

 だけど例えば・・・

 彼女はブツブツと何かを考え始め、急に青ざめ、そしてキリっと顔を上げる。

「あなたの夢は壮大だわ。あなたの夢を叶えるために、わたくしも尽力します!」

 高らかと宣言した!

「蝕む闇など払って見せますわ!」

「だけど、ユリナ」

「もともと夢を聞き出したのは内に秘めた差別心と闘うためです。立派な夢じゃないですか、一緒に叶えさせてはくれないのですか?」

 そう言って胸に寄りかかった。

「もちろん、頼もしいよ」

「うれしいわ」

 絶対に離れないんだからね。そういう呟きが聞こえた気がした。



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