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第87話 アルフレド 後


 補給隊は長い列にして、できるだけ舗装された道を選んで進んでいた。

 大荷物の移動、訓練を受けた軍人ではなく一般人ばかりなので無理ができなかったのだ。


 それは開けた道を進んでいる時だった。

 後方から野盗とは違う、訓練された動きの騎兵が後方から迫ってきた。


 彼らは舐める様に隊列の横を走っていく。


 アルフレドは見通しのいい場所で襲った。

 一般人ならば、襲われているという恐怖心だけで逃亡する可能性がある。それに、森の中でエルフたちに手痛い反撃を食らったトラウマもあるからだ。


 しかし、アルフレドが想定していなかったことが起きた。


 ここだという箇所に向かって近寄っていくと、無数の小石が飛んできた。

 相当距離があるはずなのに、これでもかと飛んでくるのだ。

 石つぶてに当たり次々と兵たちが脱落していく。


「奴ら、三脚で支えた道具で石を投げてきている!」

 盾で石を止めながらスレニアが叫んだ。

「恐れてないな! はは! こりゃビビらせるのは無理そうだぜ!」


 憎しみが込められたつぶては当たる。


 数学者が設計し、ドワーフが組み立てた石投げ機。

 手短な石を投げ飛ばすことができる機械なのだが、石の大きさが決まっており、沢山の石を背負って移動しなければいけなかった。


 補給隊の想定だと、3回から4回は襲われる想定だった。

 だがアルフレドはあまりに馬鹿げた進軍を見落としていたために、3、4回襲われる想定の石を背負ってここまで移動していた。


 怒りと悲しみの、石つぶてなのだ。


「早急に奴らの列に突入するぞ! 分断すれば一気に崩れる!」

「おう!」


 石を盾で受け止めながら敵の列に近づいていく。

 すると、隊列から長い槍が次々と伸びてきた。


 長い木製の槍。

 先を尖らせただけの、槍とも言えないとにかく長い木だ。

 長いゆえに脆いのだが、走っている勢いがあり、騎兵が落馬、最悪槍が顔に刺さり絶命していく。


 エルフ、そして精霊騎士団が精霊魔法を使い、木の芽を一気に成長させ長い棒を生み出し、先を尖らせた。それだけの単純な槍だ。

 それを一般人たちに渡してゆき、立派な槍ぶすまの完成させていた。

 相当長いので、訓練されていない一般人ばかりでも恐怖心を押さられている。


 更に、言葉にならない恐怖がアルフレドに走る。

「被害上等で突撃しろ! 盾を前に! 剣で切ろ!」

「おい無茶言うなよ!」


 飛び交う石つぶてに紛れて、矢が飛んできた。

 恐ろしい、あり得ないほどの精度で次々と兵が貫かれていく。


「頭を盾で隠せ! 完全に隠すんだ!」

「それだと前が見えん!」

「それでもだ!」


 悪名高きエルフの矢。

 恐ろしいほどの精密さで仲間の頭を貫いていく。

 頭を狙えないとなると、ウルフ、もしくは馬を撃ちバランスを崩した瞬間に頭を貫く。


 列にあまり多くのエルフはまぎれていないのだろう、それほど一気に殺されたりはしない。しかし、最低一発、完全に防衛しても二発で殺されてはたまったものではない。


「無駄に兵を失うだけだ! アルフレド! 下がろう!」

「冗談じゃねぇぜっ!」

 その言葉を聞いた一人の兵が、吠えながら敵の列へと突撃していった。


 長いだけの木の槍を払い、石を無視し、正確に飛んでくるが故に予想しやすい矢を払って突撃した。


 ウルフは無数の槍で貫かれるも、その兵は列の中にどうにか入り込んだ。

 千載一遇のチャンス!


 騎乗していたウルフは失ったが、見渡せば若い娘や老人もいる。

 このような連中、何人か殺せば一気に崩れる――


「ドワーフめ、わしの設計図通りには作らなかったな。気に入らん」


 老人は、杭の入った筒を飛び込んできた兵の額に押し付けた。

 破裂音と共に、その兵は地面に倒れ込む。

 勢いよく飛び出した杭が、兵の頭を貫いたのだ。


「石投げ機も、この杭出し機も、実用可能な工夫がされておる。気に入らん。細かな箇所に気づけなんだ自分自身が気に食わん」


 呟きながら、更に杭を再装填する。


「崩れん・・・何故だ」

 アルフレドは常識はずれな状況に錯乱していた。


 兵たちは自らの死骸を道せんと、数十と突撃していった。

 訓練された兵であろうともすぐに崩れ、列は両断されるはずだ。

 しかも相手は訓練も受けていないはずの一般人、中には若い娘の姿すら見える。


 だが、槍ぶすまは乱れることなく突撃しようとする騎兵を貫いていく。

 何とか列に突入していった騎兵も多くいるはずなのに、列に飲まれ帰ってこない。


「何故だ、何が起きているんだ!?」


 アルフレドが理解できるはずもない。

 彼らは招集され、無理やり連れてこられた者たちではないということを。


「俺は兵士じゃない!」「どうして軍隊になんか参加しなければいけないんだ!」「冗談じゃない! 俺はやるべきことがあるのだ!」「こんなところで死んでたまるか!」

 などと思う人間ならば、すぐにでも逃げ出しただろう。

 だが、彼らは違う。


「頼む参加させてくれ!」「どうしても戦争に参加しなければいけないんだ!」「頼む! 俺はやるべきことがあるのだ!」「こんなところで死んでたまるか!」

 と思う人間は、逃げない。


 自ら志願して戦場に参加する者たちは、歴戦の兵よりもずっと肝が据わっている。

 そんなことなど、支配するか、支配されるかしかない世界で生きてきたアルフレドが理解できようはずもないのだ。


 ガロ・・・・・・


 鎧が擦れる音が、唐突に、ひどく身近で聞こえた。


 顔を上げると、そこには男がいた。


 全身を包む鎧。

 幼く見える容姿。

 物理法則を無視したかのような、浮遊。


「英雄、ツカサ」


 何がどうしてこんなことになったのか、

 そんなことを考える間もなく、アルフレドは剣を引き抜こうとした。


 だが、何テンポも遅すぎる。


 ツカサの剣は容赦なくアルフレドを切り裂いた。


「アルフレド!!」


 スレニアは崩れるアルフレドの体を引っ張りよせ、自分のウルフの後ろに乗せる。

「後退だ! 盾で顔を隠し後退しろ!!」

 友人の背に持たれながら、ツカサを睨みつけた。


 ~~


 スレニアは豪快に笑った。

「まだ神は我々を見捨ててはいないようだな! 命があるだけ御の字だ!!」


 友人の背中で、アルフレドは呻く。

「わざと、だ」

「ん?」

「十分、奴は、俺を殺せた。だが、奴は、殺さなかった。わざと、殺さなかったのだ」


 悲しみ、無力感、錯乱と共に涙が流れた。


 神に誓った。

 父は志半ばで命を落とした。

 数えきれないほどの戦場に立ち、数えきれないほど命を落としかけた。

 金勘定しか頭にない貴族たちに、何度も帝国の危険性を訴え、そして危機感のない連中に幾度も罵倒され、野蛮人だと嘲笑わらわれた。

 それでも、悪名を残そうとも祖国のためにこの戦いに参加した。


 それなのにどうだ?


 自分を信じついてきた精鋭たちを失っていき、一般人だらけの補給隊を崩すこともできず、敵の総大将に情けを掛けられる。


 あんまりじゃないか。

 こんなの、あんまりじゃないか。


 声を殺し背で泣く友人を気遣い、スレニアは黙っていた。




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