第86話 アルフレド 前
後方に伸びる隊列を見て、アルフレドは気が遠くなった。
数千の補給隊が、えっちらおっちらと移動している。
アルフレドは身をかがめ、片目で隊列を崖の上から眺めながら舌打ちをする。
こんなふざけた補給隊があってたまるか!
襲ってくださいと言っているようなものじゃないか!!
「部隊の数の割には補給が少ないと思っていたが、ははは、笑っちまうな」
スレニアはやはり身をかがめながら近寄り、列を見ては口笛を吹いた。
多くを失った戦いで、敵の軍の後方には少数だが兵糧が見えた。
部隊数の割には少ないと思ってはいたが、まさか、こんなバカげた補給隊がのんびりと進んでいるなどとは思いもしなかった。
「ほとんどが兵士じゃねぇな。多少細工はされてるみたいだが、見ろよ正面走ってる鉄の車。あれどうやって動いてるんだ?」
アルフレドは片眼でそれを見下ろしながら、舌打ちをする。
「戦争を舐めやがって。ああいう連中が大っ嫌いなんだ」
奇策はアルフレドの得意とする。
敵の意表を突くためならば自軍の犠牲もいとわない。
本当に軍全員を驚愕させる必要はない。10人中、3人ぐらいを驚かせればいい。大軍になれば、その3人は大人数となり、恐怖は伝染し、動揺が広がり、一気に動きが鈍くなる。
ツカサ軍は、なるほどこちらを驚かせる。
「だが、これはダメだ」
アルフレドの想定している奇策はあくまでも、人間同士の場合によってだ。
人間同士の化かし合いが好きなのだ。
わずかな機微で人間というものは大きく変わる。
どんなに引け腰の敵でも、こちらが少し下がるだけで勇ましく前へ出てくる。
どんなに敵が優位な位置に陣取っていようとも、こちらの部隊を少し崩して見せると好機だと砦から出てくる。
脈々と受け継がれし戦術、多くの実践で結果を残してきた。
「人間同士の戦いに、人間以外の種族を持ち出してはならない。それは、暗黙の了解だ」
四六時中戦争をしているドワーフの戦いに、人間は参加しない。
エルフの大会議に、人間は参加しない。
リングの秘密に対し、人間は無理に暴かない。
多くの異種族が暮らす世界、今までも他種族の戦に加わることは歴史上よくあった。
そのことごとくすべて、悲惨な結末となった。
ドワーフの戦いに参加した場合、長く洞穴暮らしで精神が病み、同士討ちが始まり壊滅することが何度もあった。
エルフの氏族の集まる大会議に人間も参加するも、会議は数百年も続き、その国が滅びてなくなるということもある。
リングの秘密を探ろうとした国は謎の災害が起き、国が必ず滅びると呼ばれている。
こうして人類は長い歴史の中で、他種族が戦争に参加してはいけないというタブーが軍事関係者には広まっているはずなのだ。
だが、奴らはハーピィ、人魚、エルフの姿が見える。
そればかりか、人間の敵である魔族。
悪しき魔術師すら戦場にいる。
「神の名において、奴らは滅びねばならん」
「神はどうかは知らんが、この補給隊は襲ってくださいと言うような隊列だ。お言葉に甘えて、襲わせてもらおうじゃねぇか」
アルフレドとスレニアは崖から下がり、伏せている仲間たちの元に戻る。
ウルフライダーの数は少数、多くは騎兵だ。
戦える兵、機動力を考慮して100程度の数となった。
「数日前は5万の数を指揮していたのになぁ」
「構わないさ、スレニア。少数でも、素人軍団相手なら十分成果が出せる」
どんな大軍も食べなければいけない。
小さな村を襲って略奪したところで、たかが知れている。
故に、街から街へと進路は決まっている。
「さすがは英雄ツカサ、略奪などは致しませんってわけだ。なぁ、アルフレド、どう思う? 補給隊を全滅させれば、あいつらはどうやって食料を調達する?」
「略奪をする以外ないだろう。奴らの進軍は地理的に優位な場所を目的にしていたが、街へと進路を変えることになるだろうな」
スレニアは肩をすくめる。
「俺はそう思ねぇな。英雄ツカサ様だぞ? これはダメだと引き返すと思うな」
「数百で数万を倒す、というわけか?」
この数で、数万の敵を撃退するってわけか」
厳選された100人の兵は、懇切丁寧にこの状況を説明する必要などない。
卑しい笑みを浮かべ、アルフレドの言葉を待つ。
ウルフに跨り、剣を持ち上げる。
「行くぞ! 我々がこの戦の終止符を打つ!」
鬨の声を上げ、アルフレドたちは駆けだした。




