第83話 武神 前
軍を進めると、斥候の情報通りドリュウの軍が待ち構えていた。
ハーピィが陣形を調べるが、横一列に並んでいるだけであり、伏兵を隠せる地形でもない。
ツヴァイは覚悟を決めた。
「このままいくぞ!」
ハーピィたちは飛び上がり、伝令へと向かった。
ドリュウの陣形は横一列の、純粋な力比べ。
これではハーピィが空を飛んで相手の策を探り、それに対し対処するという必殺は使えない。
乱れた国で戦い国を統一し、魔族との戦いで名を上げた精鋭なのかもしれない。
だが、こちらも負けてはいない。
父であるツカサが見出した、英雄たちなのだ。
このような力と力のぶつかり合いの場合、気後れした軍が負ける。
ツヴァイは、故に後方に下がり陣を構えることに気乗りしなかったのだ。思い切って全力で組みあう、その方が被害を減らせる場合もある。
戦いはまだ続く。
いや、むしろこの後の戦いこそが本番なのだ。
軍の号令を聞きながら、自らを奮い立たせた。
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進軍を始めると、ドリュウの軍も動き始める。
正しくまっすぐ進むドリュウ軍に比べ、ツヴァイ軍の足並みはそろってはいなかった。
左軍は精霊騎士団、聖騎士団の足並みは速い。しかし、それ以外の軍の足並みは遅く、隊列が伸びていく。
すぐさま精霊騎士団、聖騎士団は衝突する。
同時に、巨大な岩、雷が貫きドリュウ軍の兵が乱れる。数の少ない魔族と、魔術師が身を潜めていたのだ。
しかし、ドリュウ軍の兵は崩れ切らない。魔族進行大戦を戦い抜いた軍、この程度では崩れなかった。
しかし、乱れる程度で十分。
精霊騎士団、聖騎士団一気に押し込んでいく。
さすがのドリュウ軍も後退していく。ドリュウ軍の中央部隊はカバーに入るべきなのだが、遅れて中央部隊と接敵するため援助することができない。
中央、右の部隊が遅れ戦いが始まる。
左が下がり、中央、右が前進し接敵する。
後退する左、前進する中央。
横一列の陣形に、隙間が生まれた。
そのわずかな隙間を縫うように、騎兵隊が抜けていく!
ツヴァイが指揮する騎兵隊。
隊列を抜けた先、大将ドリュウのいる部隊へと突撃する!
通常ならば大将の軍は予備軍、その場で対峙する。
もしくは、おおよそこちらを選ぶと思うが、恐れをなして戦場から逃げ出す。自らの命の危険があり、とっとと逃げ出すのも間違いではない。
だが、武神ドリュウはどれでもなかった。
まるで待っていましたと言うようにツヴァイの騎兵隊に突撃してきたのだ。
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ツヴァイは騎兵隊の先頭を走り、討ち取ろうとする兵たちを切り殺していく。
やはり強兵、なれどツヴァイを止めることは誰にもできない。
正面から迫ってくる敵の部隊の最前線で馬にまたがる男の姿を見た。
赤毛の巨大な馬にまたがる男は、それもまた巨大。
手には大男にしても巨大な槍が握られていた。
ツヴァイは武神ドリュウだと確信した。
ドリュウもまた、勇ましき若者が敵の大将だと見極めた。
図らずも互いに先頭を走る大将同士、惹かれあうように二人は槍を身構える。
当然のように、一騎打ちとなる。
二人は獣のような声を上げ、筋肉は膨れ上がり、顔は沸騰したかのように赤くなり、高らかに槍を持ち上げた。
突きではなく、薙ぐのかっっ!!!
ツヴァイは戦慄しながら、迫る巨体に合わせることにした。
突きなら一撃必殺になりやすい。だが、避けられる可能性がある。
薙ぐならば、避けづらい。だが、鉄の鎧を着ているので致命傷にはなりにくい。腕を落とせれば上々、落馬でも構わない。下手をすると無傷になる可能性すらある。
だが、ドリュウの気合は確実に殺しに来ている。
あの巨大な槍ならば容赦なく体を両断するだろ。
ツヴァイは人間の上限を上回る身体能力を持ち合わせている。
力比べにおいて負けようはずもない!
槍先が衝突する!
ドリュウの兵、ツヴァイの兵たちは時間が止まったかのような錯覚に捕らわれた。
ほんの数秒、されど、まるで数時間は時間が止まったかのように感じたのだ。
そして、想像を上回る結末に息を飲む。
ツヴァイが、馬ごと宙を飛んでいた。
ツヴァイと馬が地面に叩きつけられる。
すぐに身を起こす馬の首に触れ、ツヴァイは笑みを浮かべる。
「強い子だ」
全身痛む体をゆっくりと起こし、剣を引き抜き歪んでいる槍を合わせて身構える。
この槍と剣はドワーフの機密技術で作られたわけではないが、人間の名だたる鍛冶屋が作り出した槍と剣。言い訳など聞かない。
大きな馬が向きを変え、こちらに向かってくる。
命をもぎ取ろうと槍を再び持ち上る。
赤毛の馬は兎のように小さく跳ね、振り下ろされた。
「ふんっ!」
地面に足を踏みしめ、腰を落とし、両腕で武器を掲げた。
激しい火花と共にぶつかり合う。
やはり数秒。
だが、周囲はまるで数日間そのように動きが止まったかのように感じられた。
「ふぅぅんっぬっ!」
先ほどと違い飛ばされることはなかったが、あのドリュウが落馬し地面を転がった。
驚いたのはドリュウの兵だけではなく、ツヴァイの兵ですらそのようの状況に驚きの息を漏らす。
ツヴァイは歪んだ槍を投げ捨て、剣を身構える。
ドリュウも何でもないかのように立ち上がり、槍を身構えた。




