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第82話 黒衣の軍師


 ジョブ・ロイズは戦前の前夜祭に対して、好意的にとらえていた。


 アイドルが歌い、兵士たちは腹いっぱい食事を取っている。

 奥のテントでは最後の心の洗濯だと、ハーピィや人魚たちと最後の夜を楽しんでいる者たちもいる。


 戦争前に闘争心をそぐような行動は控えるべきなのかもしれないが、それには理由がある。

 街を侵略した時、略奪をできるだけ抑えたかったのだ。


 ステロ卿が反旗を翻したとはいえ、市民からすると変わらず帝国市民であるという意識がある。同じ帝国民であるのに略奪されたとあっては後々面倒なことになりかねない。

 他にも理由がある。

 相当数、記録係を連れてきていることだ。無論、略奪などの記録もしっかりと後世に残されては後世に汚点を残してしまう。


 それも所詮、表向きの理由でしかない。


ジョブは思うのだ。

 元来通り目を血走らせながら戦ったところで、死ぬ者は死ぬ。

 気を高ぶらせているから逃げ出さず戦いができる者もいれば、腹いっぱい食べたからこそ戦える者もいる。

 女を抱かずに死ねるものかと生にしがみ付く者もいれば、女を抱いたおかげで力が湧いてくる者もいる。


 結局、良し悪しだ。


 ならば、戦後に獣のように略奪を始めない方が人間らしくはないだろうか?

 そりゃある程度は略奪する。

 命が惜しくないなら金銀財宝を持ってこいと命令ぐらいはする。

 だが、ここでスッキリしていれば、父親を殺し、母親の目の前で娘を凌辱するなどという行為も減ることだろう。


 戦争はろくでもない。

 何をどうやってもろくでもない結果になる。

 だからこそ、試行錯誤してみる行動に対し協力的なのだ。


 赤く染まった空が、ゆっくりと暗闇に支配されていく。

 空に瞬く星を眺めながら、器に入った酒を飲む。


 賑やかな夜だ。

 主にアイドルを応援する者たちのせいでもあるのだが、明日に備え眠る兵や装備の手入れをしている者もいる。

 忙しそうなのは兵以外の者たちだ。


 学者や絵描きが今と言う時間を切り取ろうとするかのように精密に書き残している。

 吟遊詩人は今と言う時を歌に残そうとし座り込んでリュートを片手に音を鳴らしていた。

 ボサボサ頭の料理人は長距離移動で体調を崩しているようだが、青ざめながら何千人、何万人と言う兵士たちに最高の料理を振舞っている。

 学者たちは魔術師などと円を組みこれから起きる戦争のことでも話しているのだろう。


 そんな賑わいをぼんやりと眺めていると、今は見つけたくなかった人物を発見してしまった。


 大量の物資を運んできたツカサ、そしてツヴァイと黒衣の軍師が話し合っているところだ。


 ジョブはやれやれ悪役を演じねばならんなと苦笑する。


 先にも言ったが、ジョブは新しい挑戦に関して寛容だ。

 はっきり言って、この数万人いる軍の中で最も黒衣の軍師に対して抵抗なく受け入れているのはジョブ・ロイズだけだと断言できた。


 ならばなぜ黒衣の軍師に対して敵意を向けたのかと言えば、まさに一切抵抗がなかったからだ。


 重大な決定を下す時、黒衣の軍師に不満を持っている者も、表立って非難していたジョブが了承したのなら、意見を引っ込めざるえないだろう。

 さらに、どうしても気に入らない、不満だ、叩き切ってやると思っている輩が現れたとして、必ずジョブに協力を求めてくるに違いない。そうなったら、説き伏せるにせよ、叩き切るにせよ、下手に暗躍される前に手が打てるというものだ。


 そのためにも、ジョブはもうしばらく悪役を演じるしかない。


「よぉ、クソったれ。お前に話がある。そこの黒いののことだ」


 ツカサは目をぱちくりとさせ、頷いた。


「ううむ、俺も話に参加したいが、明日の準備がある」


 ツヴァイは無念そうにそう呟くと立ち去っていく。


 ジョブとツカサ、軍師を連れてテントの中に入った。

 武器などを詰め込んだ木箱が積まれた大きなテントで、ツカサはカンテラに火をつけ地面に置いた。


「これは戦争だ、え? そうだろ? 明日には何百人も死ぬ。その後ろで指示するのが、そいつか?」

 ツカサは何でもないように肩をすくめる。

「信じてもらうしかない」

「信じてもらいたい恰好か? え?」


 めんどうくさいオッサンだなぁという目線を受ける。

 それはそう、わざわざめんどうくさいオッサンを演じているのだ。


 露骨に、わかりやすく考え込むフリをする。

 そうして、ツカサは顔を見せる様に軍師に命じた。

 今まで影のように付き従っていた黒衣の軍師が相当慌て始める。


 なるほど、正体を隠していたかったのは、軍師の方だったわけだ。そのわがままをツカサは聞いて、その圧倒的に怪しい姿になっていたわけだ。

 それならば、確かにツカサからすると無理に隠し通し、めんどうくさいオッサンに絡まれるいわれはないわけだ。


 軍師は何度か抵抗するも、覚悟を決めたように顔を隠していたベールを外した。


 綺麗な容姿の男だ。

 スラっとした顔で、長い髪をアップにしていた。

 まるで女のような・・・

「女っ!?」

 さすがのジョブも驚きのあまり声を上げてしまう。


 ジョブはしばらく呆然としてしまう。

 戦場の指揮を女がしていた事にも驚いたが、ジョブは歩き方、動きで人物予想をしていた。

 30から40代の男。

 何度も戦場に出ている下級貴族、膝に矢を受け引退。

 生まれは帝国ではなく、かつて敵として戦っていたがために顔を隠している。


 この娘は、このジョブ・ロイズに思わせていたのだ。


「彼女は劇作家のポー。ホットシータウンでプロレスの筋書きを担当してもらっている人だ」


 そして再び激しいショックを受け、ジョブは意識を失いかけた。

 劇作家?

 軍事関係者ですらないのか!?


 絶句のあまり硬直するジョブを見て、ツカサはしょうがないと説明を続ける。

「ポーは古今東西の戦いに精通している。劇のためらしいけど、その知識は信頼できるよ。まぁ、ここにいる曲者揃いの面々に対して口を出すことはないだろうけどね。ならどうして彼女をここに連れてきたかと言えば、僕は彼女の哲学に非常に共感しているんだ」


「(いかにはじめ)(いかに終えるか)。それが戦争において必要なこと」


 声は小さく、ぼそぼそとした口調だった。

 そのはずなのに、その声は針の穴を通すかのように明確にジョブの耳に届いた。


「人々の記憶に残る英雄だからと言って、華々しい戦ばかりだったわけじゃない。歴史に残る見事な采配を行った将軍が、何もなさず消えて行ったことは多い」


 どこか焦点のあっていない目が、まっすぐとジョブを見た。


「わかるはずです、ジョブ・ロイズ」


 反射的に剣に手を伸ばしていた。

 カッとなったのだ。

 図星、だからだ。


「精霊騎士団。唯一、帝国の剣と呼べる騎士団。地位や名誉など関係ない、ただ国家に忠誠を誓う真の騎士団。しかし、剣とは関係なく戦が始まっており、気が付くと戦に負けていた」


 ジョブ・ロイズは怒りに飲まれると、スッと冷静になる。

 冷たくなった心で、状況を判断する。


 判断した結果、ジョブは剣を抜いた。


 ツカサは慌てて剣を引き抜き、ポーを守ろうとするが、彼女がそれを止めた。


「覚悟の上ですってか? え?」


 精霊騎士団は負けた。

 金、地位、名誉。

そのようなものに取りつかれたドラゴン騎士団、ペガサス騎士団によって精霊騎士団は帝国の恥さらしといわれない陰口により貶められた。

 恥さらしに恥さらしと言われるなど、名誉なことだと笑っていた。

 だが、精霊騎士団は野蛮な集団として、国を追われた。


 戦争屋は戦争をしていればいいと思っていた。

 人殺しは人殺しが上手な奴が貴ばれると思っていた。

 (いかにはじめ)(いかに終えるか)を理解していなかったのだ。


「だったら覚悟を見せてもらうぜ」


 ジョブは剣を突き付ける。

 ポーは、小さく頷いた。


 仰々しく剣を持ち上げ・・・


 そのままポーを切り裂いた。


「ジョブっ!」


 ツカサはポーの前に立つが、やはりポーがそれを止める。


「いや、いい。これでいい」


 胸から腰まで切りつけられ、血が流れ落ちていく。彼女は震えながら傷を押さえながら、小さく震えていた。


 顔は青ざめながらも、笑みが浮かんでいる。


「女だからと言って、剣を止めなかった。物語にあるような、ギリギリで止めて覚悟を見たとか、そんなことはしなかった」


 ポーは頷きながら、笑った。


「ちゃんと切った。切られた」


 苦痛に声は震えているが、それは間違いなく喜んでいた。


「血を流したこともない奴の言葉なんぞ信じられるか。え?」


 血と油を払い、剣を収めて背を向ける。

「傷が残ったら俺が貰ってやるよ」

 そう言ってテントを出た。


~~


 司はジョブがテントから出ていくのを見て、慌ててポーの傷を見る。

 何を考えているのか、相当深くまで切りつけられている。下手をすると命を落としかねないほどだ。

「ふ、ふふふ、傷が残るように、しなきゃ・・・」

 今にも死ぬんじゃないかと言うような彼女は、それでも笑っている。


「え、なにこれ」

 なんとうか、父親が女を口説いている場面に出くわしたかのような、なんとも言えない気持ちの悪さ。


 司はもちろん、チート能力を使って彼女の傷を綺麗に直した。





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